第43話 王城にいる強味(ブルーノ視点)
バキッと木の割れた音が、祭壇から少し離れた場所にいる俺の耳にまで届く。その瞬間、ギルバートが刺したのだと悟った。
ユニティから祭壇を壊すには、その上に置かれている棺と共に、エリアルの痣を同時に剣で刺すのだと聞いた。当然ギルバートは、他の方法を訪ねたが、ユニティもエリアルも首を横に振るだけで、答えなかった。
それしか方法がない。ギルバートにとっては、好きな女を、手とはいえ刺すのだ。苦渋の決断だっただろう。
表向きは騎士団で扱かれていたから、となっているが、本当は気持ちの整理がなかなかできなかったため、祭壇の間へ行くのが遅れたのだ。
そんなギルバートが果たした。ならばこちらも、次の段階に移らなければ。おそらく祭壇の上は大変なことになっているだろう。
「ユニティ!」
背を向けていたユニティに声をかける。すると、すでに箒に乗っていたユニティが俺の腕を取り、後ろに乗せてくれた。
流れるように舞い上がる。落ちないようにと、ユニティが俺の腕を自身の腰に回してくれているから大丈夫なのだが……実際はそれどころではなかった。ユニティの体に触れているという緊張感よりも、箒のスピードに圧倒され、振り落とされないようにするだけで精一杯だったのだ。
お陰で祭壇の上に到着した時は、足がふらふらになっている、という情けない姿になっていた。
その間にユニティは、棺の横で倒れているエリアルに、一直線に向かっていく。ふらふらになっている俺など、目もくれずに。
「ユニティ殿。エリアルは、どうなってしまったのでしょうか」
「棺は問題なく破壊されているし、バラの茎も発生していない。ボクたちが乗っているのにもかかわらず、祭壇に反応がないから、目的は達成したと思っていいよ」
「で、ですが、エリアルの意識が……」
ギルバートの視線がエリアルの右手へ向けられる。俺も視線を辿ってみたが、血だらけで贄の痣の有無が確認できなかった。ユニティはそれを躊躇うことなく、魔法で洗い流す。
「贄の痣も、ちゃんとなくなっている。大丈夫。エリアルは今、血を流し過ぎたのと、幻の精神攻撃で意識を失っているだけだ」
「では……もう贄になることは」
「うん。ないね。でも一つだけ問題がある」
「なんでしょうか」
「……本気で言っているの? 今のエリアルは、大きな怪我はしていないから、貧血みたいな状態だけど、治療が必要な状態だということには変わらないんだよ! 回復魔法をかけながら、別の魔法を使うことはできるけど、今のエリアルを見ていると、そんな余裕はないし……」
困ったなぁ、とブツブツいうユニティの言葉で、俺とギルバートは、今も尚、緊急事態であることを悟った。
「まずはエリアルを安全なところに移す必要があるな」
「えっ、あぁ、そうだね」
「俺が先に下に降りて、誰か読んで来よう。その間にギルバートは、エリアルを抱えて下に降りるんだ。それくらいの衝撃は大丈夫なんだろう、ユニティ」
「……ボクがその間も、回復魔法をかけているからね」
さっき大きな怪我はしていない、と言っていたから、問題なさそうだとは思っていた。案の定、ユニティからの許可を得ることができた。そうとなれば早速、と動こうとした瞬間、後ろから呼び止められた。
「ブルーノ。できれば公爵を呼んで来てくれ。おそらく王城に来ているはずだ」
「分かった」
こんな時も、ユニティが頼るのは公爵なのか、と複雑な感情を抱いたが、すぐに振り払った。違う、と。ユニティが公爵を呼ぶように言ったのは、エリアルのためだ。
それに王城の内部なら、俺が一番動き易い。だからユニティもそう思って、最適な判断を下したのだ。
俺は邪念を振り払うように、祭壇から飛び降り、扉に向かって走り出した。
***
「ブルーノ、王子様?」
廊下を走ってしばらく経ってからのことだった。脇道から、聞き覚えのある声がしたのだ。慌てて立ち止まり、声のした方へと戻る。
やはり聞き間違いではなかったらしい。探していた人物の手掛かりとなる人物が、立っていたのだ。
「ミルドレッド。いや、カーマイン公爵令嬢。いいところにいた」
「えっ、それはどういうことですか?」
俺は状況を説明し、公爵を探していることを告げた。
「祭壇の間への立ち入りは、この際、咎められないだろう。公爵は今、どこにいるんだ!」
「父は宰相様と一緒に、国王様の部屋にいらっしゃいます。エリアルがどのような状態になるか、ユニティさんから事前に聞いていましたので、私は外にいる従者たちを呼んできます」
「そうだな。ここは手分けした方がいいだろう。頼む」
「はい!」
そうだ。ユニティはそういう奴だ。ミルドレッドの時も、事前に乳母を公爵家に向かわせていた。だから今度も、エリアルのために、できることをしていたのだ。
「まだまだ俺は、詰めが甘いな。公爵のような力がないのなら、もっと先を読まなくては……ユニティが真っ先に頼る相手に……なるんだ」
だが今は、公爵を呼びに行くのが先決だ。
***
ミルドレッドと役割分担をしたお陰で、公爵と祭壇の間に入った時、すでにエリアルは担架に乗せられているところだった。
「エリアル!」
「大丈夫だ、公爵。今は眠っているだけだから」
「し、しかしだな」
公爵が心配するのも無理はなかった。眠っているとユニティは言っていたが、当のエリアルの表情は青い。血を流し過ぎた、とも言っていたな。
「公爵。我々は、我々にできることをしよう。ここはユニティとギルバートに任せて」
「ブルーノ王子……そうだな。エリアルはこのまま公爵邸に連れて帰りたいのだが、可能だろうか」
「ミルドレッドの時と違って、今のエリアルは血が足りないんだ。できれば安静にさせた方がいい」
「ならば、ここから近い客間を使ってくれ。いや、俺が先導した方が早いな」
今は緊急事態だ。使用許可などは後から出せばいい。
「それから侍医と女官を数名、手配するようにも言っておこう」
「あ、あぁ。ブルーノ王子、感謝する」
「公爵。それはエリアルが回復してからだ」
「そうだな」
ふらふらとエリアルに近づく公爵を見た後、ユニティと目が合った。俺が公爵を呼びに行く前から、ずっと回復魔法をかけていたのだ。エリアルの傍にいることなど、当たり前だというのに……なんだか、その視線がむず痒かった。
生温かい、というか。でも嫌な気分ではない。俺はユニティに向かって頷いた後、一息先に祭壇の間から出ていった。
扉の近くで、ミルドレッドが俺たちのやり取りを見ていることなど気がつかずに。





