第42話 祭壇が見せる幻(エリアル視点)
祭壇が何を仕掛けてくるのか。前世でプレイしていたから、大体の想像はついていた。
ユニティからは、本当のヒロインと同じ状況じゃないんだから、ゲームと同じような考えで挑むな、と忠告を受けていたのもある。それを差し引いても、この幻は辛い。
「現実の私はどうなっているのかな」
覚えているのは、祭壇が光り出し、私の体を突き抜けていった瞬間のことだった。気がつくと私は、見知らぬ場所にいた。
何も知らなければ、慌てていたと思う。傍にいてくれたギルバートがいないんだもの。いや、いなくてよかった、と思うべきかもしれない。なぜなら今の私の姿は、エリアルじゃない。前世の冴えない私だ。
物語のヒロインでもなければ、誰からも愛されない、惨めな私。甘い言葉に騙されて、お金を渡して、都合のいい女扱いをされた挙句、捨てられた。
私が頑張って働いたお金は、全部全部、彼とあの女が楽しむために消えていったのだ。
頭で分かっていても、彼が好きだった。周りから「もう止めなよ」とか「騙されているんだよ」とか散々バカにされたけど、彼だけが心の支えだった。素直になれない私を必要としてくれる。優しくしてくれる。それが偽りであっても構わなかった。
あの時の愚かな自分を、私は今でも許せない。許せないからこそ、戻りたくなかった。見たくなかった。
すると突然、目の前に鏡が現れ、全身を映した。
「や、やめてー!! 醜い私を映さないで!」
その私の気持ちに応えるかのように、今度は私ではなく、別のものが映し出された。
『ねぇ、あれ欲しいなぁ~。買ってよ』
『ダ~メ。金ないんだよ。あの女が死んだから』
『死んだって、まさかっ!』
『違う! 俺じゃないぞ。事故に巻き込まれたって聞いたんだよ』
そうだ。あの女が私を「ATM」って言ったから、彼とは縁を切ろうとしたんだ。それで気持ちを切り替える目的で、乙女ゲームを始めたんだっけ。気分転換にもなるしって、進められて。気がついたら最中でプレイしていた。近くで事故が起きたことにも気づかないくらい……。
彼とは正反対のギルバートに、今度は夢中になっていた。嘘が下手で、不器用で。優柔不断なギルバート。欲しい言葉も、行動もちぐはぐなところはあるけど、すべて心が籠っていた。彼みたいに、上辺だけのものじゃない。
「会いたいよ……」
乙女ゲームの通りなら、現実の私の近くにいるんでしょう?
私は鏡に手を伸ばした。ううん。そんな手ぬるいことなんてしない。これが幻なら、思いっきり叩いても痛くないはず。むしろその痛みで戻れるかもしれない。
「見たくないものしか映さない鏡に、用はないのよ!」
叩き割ってやる勢いで、私は組んだ両手を振り上げた。
ガシャン!
***
意識が戻った瞬間、強い風を感じた。左を向くと、会いたかったギルバートがいて、思わず涙が出そうだった。
だってギルバートが嬉しそうに微笑んでくれたから。戻って来られて良かったって、心底そう思えたの。
そのギルバートに、ユニティが何か言っている。幻に打ち勝って戻って来たのは分かるけど、どういう状況なのか、聞くのは難しかった。今だって、立っているのがやっとなのだ。
それでも横にいるギルバートの雰囲気から、悪い状況ではないことが窺えた。
「行こう、エリアル。ユニティ殿が道を開けてくれた」
ユニティ……ありがとう。ギルバートと一緒に、祭壇を壊しに行くよ。幻の世界で鏡を叩き割ったように。
そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、ギルバートが少しだけ体勢を変えてくれた。お陰でユニティの顔が見える。勝気で頼もしい顔が、一瞬、和らいだように感じた。
「……辛いだろうけど、祭壇が弱った今がチャンスなんだ」
ギルバートが再び私の体を支え直す。すると、後ろから強い風が吹き、祭壇までの道のりにあったバラの茎が一掃された。これを好機と見たギルバートは、私の体を支えることをやめ、横抱きにして一気に駆け抜けた。
その間にも茎は私を捕えようと向かってくる。怖い。でも愚かだった私を救ってくれたギルバートや、過酷な幼少期を回避してくれたユニティ。それが心強くて、弱気になっていた私の背中を押す。
まだ頑張れる。無駄にしたくない。私の努力を無駄にした、あの二人のようになりたくないからっ!
「ありがとう、ギルバート」
「エリアル?」
私を抱えているのに、ギルバートは軽やかに祭壇の上へと昇っていく。カーマイン公爵家の騎士団で鍛えられた成果なのかは分からないけれど、今はそれが有り難い。
息一つ切れていないんだもの。今の私は満身創痍の状態に近いから。
とはいえ、いつまでもギルバートに抱っこされたままでは先に進めない。
「私は大丈夫だから、下ろして」
「だけど……」
私を重んじてくれているのが愛おしい。おそらく事前に段取りを聞いてくれなかったら、すぐに下ろしてはくれなかっただろう。それでも渋々、といった態度である。
ギルバートの優しさは嬉しいけど、眼下にあるコレをどうにかしなければ、何も解決しない。
「……棺」
そう、祭壇の上にあるのは、長方形の棺。贄になったものが中に入り、この国を守る神様とやらに捧げられる。
よく見ると、棺の蓋には、私の右手の甲にある痣と同じバラの絵が描かれていた。これを消し去らなければ、私はずっと贄のまま。そっと白い手袋を外して、棺の上に右手を乗せた。
「ギルバート……説明した通り、私がこの模様に右手を重ねるから、剣で一思いに刺して」
「っ!」
嫌な役をやらせている自覚はある。
「棺だけを破壊しても、痣だけが残ってしまうの。痣を取り除くためには、私の……贄の血が必要なの。だから……!」
「分かってる。分かってる、けど……」
躊躇うギルバートの姿に、私は笑顔を向けた。幻で見たあの二人なら、躊躇いなく剣を刺すだろう。自分たちのために、誰かが傷ついても何とも思わない。
けれどギルバートは違う。私のために苦しんでくれている。躊躇ってくれている。それは私のことを思ってくれているから。
「好きだからギルバートにお願いしているの。他の誰かに刺されるのは嫌。ギルバートだから、救ってほしいの」
「エリアル……そうだね。俺もエリアルが好きだから助けたい」
ギルバートはそういうと、鞘から剣を抜き、棺に近づいた。そして、一気に貫く。溢れる血と共に、右手の甲からバラが足搔くように出て、花びらを散らす。
血の赤なのか、元々のバラの色なのかは分からない。ただ……私の血が棺を覆っていった。





