第41話 贄を欲する祭壇
公爵の入れ知恵のお陰で、国王との交渉はスムーズにいった。
これは偏に、国王が婚姻前の公爵夫人にアプローチをしていたとか、子ども同士を婚約させるなど、妙な執着があったからだろう。お陰で公爵が、国王の扱いが上手くなってしまっただけのような気がした。
もしくは乙女ゲームのシステムが絡んでいる、と思うのは深読みだろうか。ともかく交渉が上手くいってくれたお陰で、翌日、ボクたちは祭壇の間へ入ることができた。
「エリアル。大丈夫?」
ギルバートの声に、ボクは後ろを振り返った。カーマイン公爵家の騎士団の恰好をしているギルバートが、ドレス姿ではないが、貴族令嬢の恰好をしているエリアルに話しかけていると、妙に様になっていた。数週間前まで平民だったと思えない程である。
けれど今はそんな呑気に眺めている場合ではない。エリアルの顔色が悪くなっていたのだ。祭壇の間に入る時、ボクはエリアルに「準備はいい?」と尋ねた。その時は平然としていたのに……。
「私のことより……祭壇を……」
壊して、と言いたいのだろう。気持ちは分かる。具合の悪い原因が目の前にあるのだ。病気のように目に見えないものではない。怪我のようにすぐ治らないものでもない。
祭壇を壊せば、壊しさえすれば良くなるのだ。他力本願になるのも理解できる。
「ダメだよ。これはエリアルのイベントだ。国王との交渉を覚えている? あれはエリアルだったから、スムーズにいったんだと、ボクは思っているんだよ」
普通なら大聖堂と対立したくないとか、一公爵令嬢のために祭壇を犠牲にできないとか。贄など虚言だ、と言われてもおかしくはなかった。
「だから、エリアルが行かないと。ギルバートと共に」
「ユニ、ティ……そうよね。ありがとう。私はヒロインなんだもの。弱音を吐くべきじゃないよね」
「ううん、ダメじゃないよ。弱音ならギルバートにたくさん言いな。きっと支えてくれるから」
そうだろう? とギルバートの方を向くと、力強く頷かれた。
「ギルバートは、エリアルを祭壇まで連れて行くんだ。ボクとブルーノはサポートをする。いいね」
「あぁ、任せろ」
事前に段取りを説明していたとはいえ、ブルーノの返事を心強く思った。約二カ月前だったら、「返事だけは一人前だね」と軽口を叩いていたのではないか、と思うと人の子の成長は早い。
さらにいうと『贄姫になっても恋はしたい』の最大のイベントである、祭壇の破壊に立ち会うのだから、不思議なものである。
煌びやかな祭壇がエリアルに反応して、光を放つ。祭壇自体が大きいせいか、部屋全体に光が行き届いていて、眩しく感じるくらいだ。
何も知らなければ、建国祭にしか使われない木偶の坊の癖に、と舌打ちしていたことだろう。だけどあの祭壇は、人を生贄にしていた時から使われていたものだ。
「本物の贄が来て、はしゃいでいるんじゃないよ!」
「ユニティ。気持ちは分かるが、攻撃するのはまだ早い」
「わ、分かっているよ。でも……」
ブルーノに指摘されるほど、ボクは頭に血がのぼっていたらしい。さっきエリアルに言ったばかりだというのに。
ボクは一つ息を吐き、視線をエリアルたちに向けた。
するとエリアルの姿が揺らぎ、支えているギルバートが必死に何かを言っている。
祭壇から放たれている光は、贄であるエリアルにとっては毒なのだ。この世の未練を無くすために、あらゆる映像を見せる。
現実が過酷なら幸せな幻を。逆に充実している場合は……その幸せが崩れる未来を贄に見せる。そうして神経をすり減らし、楽な方へを誘い、現実への未練を断ち切らせているのだ。
「あんなえげつないことをする祭壇なんて、今すぐに壊してやりたいよ」
何が大聖堂だ。大司教だ。自分の力で困難に立ち向かわずに、ただ祈り、信仰を集める奴ら。そんな奴らが生み出した、悪しき風習に苦しめられているエリアルを見て、ボクは黙ってなんていられなかった。
そんなうずうずした感情が祭壇に伝わったのか、ようやく動き出してくれた。荘厳で煌びやかな祭壇から、あり得ないものが出てきたのだ。
「来た! やっぱりバラの茎だね。エリアルを捕らえに来た。行くよ、ブルーノ!」
「あぁ!」
すでにギルバートが襲い掛かるバラの茎から、エリアルを守っている。だけど茎は、切られた所からすぐに再生して、狙った獲物へと一直線に伸びていく。
まるで童話だな。動けない姫を守る騎士。立ち向かっている相手が、魔女であるボクじゃない点を除けば、の話だけど。
「ユニティ! 集中しろ!」
ブルーノがボクに向かって来た茎を叩き切る。その間にも、祭壇は邪魔をするボクたちも敵だと認識し、茎をさらに増やしていた。
「ごめんごめん。詫びに大きいのぶっ放すから離れていて」
ボクは箒を取り出し、上空へ飛ぶ。祭壇の間は吹き抜けになっていて、案外飛びやすかった。お陰で容易く祭壇の真上へ行くことができた。
「風刃魔法」
無数の風の刃を発生させ、根元から切り刻んだ。できれば燃やしてやりたいが、それだとブルーノたちを撒き込んでしまう。特にエリアルはほぼ動けない身。危なくてできやしない。
だけど何度か風刃魔法を叩き込んでいる内に、祭壇の方も音を上げてきて来たようだった。大聖堂への言い訳として用意していたものだったが、古いというのは本当らしい。この程度でバテるとは。
好機と見たボクは、急降下し、エリアルたちと離れた距離にいるブルーノに近づいた。腕を取り、その勢いでボクの後ろに座らせる。
「ゆ、ユニティ!?」
「黙って。舌を噛むよ」
「っ!」
次の瞬間、勢いよく上空へと飛び、追いかけてくる茎を風刃魔法でやり過ごす。それは再び急下降する時も変わらない。ボクは一気にエリアルとギルバートに近づいた。
「旋風魔法」
本来なら、強力な風の渦を敵に攻撃する魔法だが、今回はそれを応用して、自分たちを中心に風の渦を巻き起こした。ギルバートが切ったバラの茎が、一斉に部屋の隅へと追いやられ、ボクたちの周りだけ、スッキリした状態になった。
「ギルバート。祭壇の勢いが衰えている。エリアルは今、自分のことで精一杯だから……分かっているね」
「はい、事前に段取りを聞いていたので、大丈夫です!」
「いい返事だ。祭壇から新たに向かってくる茎は、ボクがなんとかする。だからそのまま進むんだ」
「ありがとうございます!」
その時だった。ギルバートに体を預けていたエリアルが、ボクの方を向いたのは。まるで「行ってくるね」というような表情に、ボクは安堵した。
まだ大丈夫。エリアルは負けていない。祭壇の見せる幻は人それぞれだ。乙女ゲームのヒロインが見ていたのだって、攻略対象者毎に違うのだ。今のエリアルだって……。
「風刃魔法」
ギルバートとエリアルの前方に向かって、再び風の刃を向ける。さぁ、乙女ゲーム『贄姫になっても恋はしたい』のクライマックスだ。





