第40話 公爵の執念
王城に向かったのは、それから一週間後のことだった。
公爵の話を聞けば、早い方がいいことは分かりきっている。それなのにもかかわらず、なぜ遅くなってしまったのか、というとギルバートだ。
カーマイン公爵家の騎士団にギルバートが入ったのはいいものの、団員たちは代々公爵家に仕えている者たちが多い。だからエリアルが公爵家にいたことや、ボクがミルドレッドの姿に変えていたことなど、事情を知っていた。お陰で、随分と扱かれたらしい。
幼い頃のエリアルは、ミルドレッドの姿をしていたわけではないから、古参の団員には思い入れがあるのだろう。訓練以外にも、エリアルの昔話を聞いたとか聞いていないとかで、痴話喧嘩をしている二人を何度か見た。
おそらく遅れた理由の中の一つなのだろう。
そんな経緯があって、やっと王城にやって来たのに、今度は国王の説得で足止めを食らった。
王城にある祭壇は、ほぼ建国祭でしか使われないため、かなりの年数を誇る代物なのだ。国宝級といってもいいだろう。だからこそ、贄を欲したのかもしれない。
ここは異世界だが、乙女ゲームの舞台だ。前世で、古い物には命が宿る、という迷信を引き継いだのだろう。その力が王都の郊外にある街の豊穣祭にまで及んだ、とは考え辛いが、それ以外、思いつかなかった。
ボクたちはまず、祭壇のある部屋へ通る許可を、国王に求めた。けれどそこは一国の王。簡単に返事をしてくれなかった。
「まず、理由を聞こうか。ただ見学したい、というわけではないのだろう?」
「カーマイン公爵令嬢が、王都の郊外にある小さな街の祭りで、贄に選ばれたんだ」
国王はボクの言葉を聞き、顔色を変えた。これがブルーノの言葉だったら一蹴されていたかもしれない。もしくは世迷言だと笑われていた可能性だってある。
だけどボクは魔女だ。わざわざ国王を混乱させる悪戯を仕掛けることはしない。魔女だって暇じゃないんだ。
「……郊外、というと豊穣祭のことか? そんな近くにカーマイン公爵令嬢がいたとはな」
「最近戻って来た、ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢のことじゃないよ。その前に公爵家の養女となっていた、エリアル・カーマイン公爵令嬢の方だ」
「エリアル……あぁ、ひと月前に魔女殿が言っていた人物か」
そう、ここ謁見の間で、国王がボクにブルーノの子守を頼んだあの日に語った、カーマイン公爵令嬢の入れ替え話。国王が覚えていてくれてよかった。
エリアルは一歩前に出て、国王に挨拶をした。ピンクの髪によく似合う、アイボリーのドレスを身に纏ったエリアル。数年間、郊外にいたとはいえ、長いこと公爵家で淑女教育を受けてきたのだ。その所作は、一週間前まで平民だったとは思わせないほどだった。
「この姿ではお初にお目にかかります。カーマイン公爵家の次女、エリアルと申します」
「ほぉ。そのような可愛らしい姿だったとは。始めからその姿で会いたかったな」
「過分なお言葉、痛み入ります」
「そのような堅苦しい言葉はせんでいい。姿は違えど、幼き頃のそなたを知っているのでな。だが、魔女ユニティほど砕けられると困る」
「さすがにそこまでは……けれど、ありがとうございます」
目の前にボクがいるというのにいい度胸だな、二人とも、と思ったが、今はそれに構ってはいられなかった。
「話を戻すけど、このエリアルの右手の甲を見てもらえるかい?」
早速ボクは、エリアルを国王の傍まで寄せ、白い手袋を外させた。一週間前、カーマイン公爵邸で見た時とあまり変わらない、バラの大きさだった。
ホッとしたボクとは逆に、国王の顔は険しくなった。
「魔女ユニティの言葉なのだから、真実なのだろうと思っていたが……本当だったとはな。このことはカーマイン公爵も知っているのか?」
「無論だ。そして解決方法は祭壇の破壊。だけど祭壇は王城にあるし、国王の所有物だ……協力を得たい」
シンプルで且つ、直球で要求してみた。これが正しいのかは分からない。下手したら国王だけでなく、この場にいる宰相たちから怒りを買うだろう。
だけどそれ以外の方法が思い浮かばなかった。あるとすれば……強行突破だろうか。
「破壊……随分と過激だな。穏便な方法はないのか。祭壇は確かに私の管轄下だが、祭事を執り行っているのは大司教だ。破壊すると言ったら、大聖堂と対立することになる」
「そこで私から提案があるのですが、よろしいでしょうか」
白い手袋を付け直したエリアルが進言した。贄の証を見せた直後だというのに、堂々とした振る舞いを見せるエリアル。それが好印象だったのか、はたまた目を奪われたのか、皆の視線がエリアルに集まる。
「まさかそなたからあるとはな。申して見よ」
「ありがとうございます。まず、国王様は古いものと新しいもの、どちらがお好きですか?」
「ん? そうだな。やはり新しいものの方が好きだな。古いものは脆く、壊れやすい……なるほど、そういうことか」
「これだけでお分かりになるとは、さすがです。そう、古いものはいずれ壊れます。私たちが壊さずとも。ですから、事故に見せかけてしまえばよろしいかと」
実はこの提案は、公爵から授かったものだった。だから……。
「新たな祭壇をこちらで用意する、といえば、大司教様も文句は言わないでしょう」
「だが、資金はどうする? そんな余裕など……」
国王の視線が、宰相へ向けられる。「絶対に通すな、許可するな」という圧力が、こちらにも伝わってくるほど睨んでいた。
「ご心配なく。資金は養父が出す、と申していますので」
「なんとっ! さすがはカーマイン公爵だな」
「その代わり、妻に近づくことも、娘たちの婚姻に口出すこともやめていただきたい。そう養父から伝言を預かっています」
つまり、その条件が飲めなければ資金は出さない、と言っているのだ。そして「娘たち」の中にはエリアルも入っている。祭壇を壊さずに見殺しにしたらどうなるか、とここにはいないが、無言の圧力もかけるという、二段構えだった。
この伝言を聞く限り、国王はまだ公爵夫人に未練があったようだ。それを断ち切らせるために、使えるものはなんでも使う公爵もまた、公爵である。
「……分かった。その要求は呑もう。家族を守るために、公爵はそこまでするのだ。後始末の方も、また。宰相、構わぬな」
「はい。もしも問題が起これば、魔女様。お手伝いくださいますよね」
「いいよ。一度、どちらが上か、教えてやろうと思っていたところだから」
あの生意気な大司教にね。ボクがニヤリと笑って見せると、宰相も笑顔で応えてくれた。すると周りが少し引いているような気がしたが、ボクは意を介さなかった。
だって本当のことを言っただけなんだからさぁ。さっさと祭壇を壊しに行こうよ。





