第39話 二人の公爵令嬢
「あの……私を受け入れてくださり、ありがとうございます。それで、改めて彼を紹介したいのですが、いいでしょうか」
さすがにここはボクがお膳立てをするわけにはいかない、と見守っていたら、エリアルが切り出した。ワクワクしている夫人とは対照的に、眉間に皺を寄せる公爵。
想定内の反応だったお陰か、エリアルの緊張が取れたらしい。普通の足取りでギルバートへ近づいた。
「私がお世話になっている街で仲良くなった、ギルバート・オーダムさんです」
エリアルよ。そんな紹介でいいのか、と思ったら、爆弾発言が飛び出した。
「お付き合いしたいと思っている人です。いえ、もうお付き合いしているのかな、と思っている人です」
「え、エリアル!? 俺たちはまだ――……」
「付き合っていないのに、我が家にやって来たのか?」
ギルバート……先ほどのやり取りを見ていなかったのか? 公爵は愛娘のようにエリアルを可愛がっているんだよ? そんな相手を前に否定するのは、命取りというものだ。
「いえ、俺もそのつもりです」
よくぞ言った、ギルバート! 行け! やれ!
気づけば、すっかり観客気分になっていた。
「だからエリアルを傍で守りたいんです。どうか、俺にも力を貸してください」
「そういうが、私は君の実力を知らない。言っている意味は分かるね」
「も、勿論です。エリアルに会うまでは、騎士になりたくて、特訓をしていました。今は自警団で訓練を受けています」
直立不動で公爵と対面するギルバート。今度は面接を見ているかのような心持ちになった。けれど、ある意味合っているのだろう。
公爵のお眼鏡に叶わなければ、エリアルと結ばれることは夢のまた夢。
「俺からもいいか?」
「ブルーノ王子……いいでしょう。領地では世話になりましたから」
「感謝する。公爵が、ギルバート殿の腕を気にしているようなのでな。補足させてほしい」
「構いません。ブルーノ王子から見て、彼の腕前はどうですか?」
「正直に言うと、公爵を納得させられるだけの目を、俺は持ち合わせていない。だが、エリアルがゴロツキに絡まれているところを、躊躇いなく突っ込んでいき、自警団に突き出した。判断材料としては、これで十分ではないか?」
「……ふむ」
あのゴロツキが、どの程度強かったかなど、公爵に説明はできない。それ以外のエピソードもない。けれど公爵を納得させるには、十分だった。それでもすぐに承諾しなかったのは、義父としての意地なのだろう。
「だが、公爵家の騎士団の名前を使うのだ。他の団員たちへの示しがつかん。しばらく、ウチの騎士団で腕を磨いてから行きなさい。騎士になりたい、というのであれば――……」
「いいんですか!?」
「ギルバート! お父様の言葉を遮っちゃダメよ」
「ご、ごめん」
「お父様に限らず、身分が上の人の言葉を遮るのは、失礼に値するんだから」
エリアルの言うことも最もだ。公爵の好意で騎士団の訓練に加わるというのであれば、ルールやマナーは覚えておいて損はない。
けれど意外にもこのやり取りに、公爵が満足した顔を向けていた。おそらくギルバートが、エリアルの尻に敷かれている姿が良かったらしい。
ともあれ、ギルバートの騎士団所属という身分は得られた。それも肩書だけではなく、訓練も共にできるおまけ付きである。騎士志望のギルバートにとっては、一度諦めた夢が仮とはいえ、実現した形になったのだ。この上ない成果だろう。
「そうだ。ユニティちゃん、ミルドレッドもこの邸宅に戻って来たのよ。折角だから会って行ってくれないかしら。ミルドレッドにとっては、初めての王都で、緊張しているみたいなの」
「生まれは王都だけど、さすがに覚えていない年齢か」
「そうなのよ。だから……」
公爵夫人の頼みだし、ボクは構わないが、エリアルはどうだろうか。すると、エリアルの方から顔を近づけてきた。
「さすがに乙女ゲームのヒロインの私が、悪役令嬢に会うのはマズいんじゃないかな。ちょうどイベントが発生している最中だし」
確かに。ミルドレッドはブルーノと婚約できなくて、ショックを受けていたから、何かしらゲームの影響を受けているのだろう。
「今日はやめておくよ。ボクはともかく、エリアルがいるからね。いきなり義妹が現れた、なんて知ったら、嫌なことを思い出すんじゃないかな」
「あっ……そうね。エリアルちゃんと会えて嬉しいあまり、自分勝手になってしまったわ」
「公爵夫人にとっては、エリアルもミルドレッドも、等しく大事なんだろうけどさ。今はミルドレッドに集中してあげて。エリアルにはほら、立派な彼がいることだし」
「ふふふっ、そうね」
そんなボクと公爵夫人が話している間、エリアルとギルバートがアタフタしていたのは言うまでもない。
和やかな雰囲気の中、ボクたちは執務室を出て、エントランスへ向かった。すぐに王城に行くことはできないけれど、これで準備はできた。あとはどうやって祭壇まで行くか、だけど……。
「ブルーノ王子様!」
エントランスに着き、メイドが扉を開けようとした瞬間だった。階段の上から声がしたのだ。皆が振り返ると、そこには見違えるほどに美しく着飾ったミルドレッドの姿があった。
けれどミルドレッドが見つめるのは一点のみ。呼び止めた人物に向かって、一直線に駆け寄った。まるでボクやエリアル、ギルバートの姿など見えていないかのように。
その仕草に、呼ばれたブルーノも戸惑っている様子だった。
「あの、さっき来ているって聞いて」
「公爵夫妻に用事があって来たんだ。無事に王都の屋敷に戻れてよかったな」
「はい。それで……その、あの時のお礼がしたくて、受け取ってもらえないでしょうか」
ミルドレッドはそう言って、恥ずかしそうにブルーノへ向かって、ある物を差し出した。
「ハンカチです。あれからまた刺繡をすることができたので、見ていただきたく」
まるで告白の現場を見ているような感じがして落ち着かない。なぜだろう。エリアルとギルバートの時のようなトキメキが湧きあがらないのだ。それどころか、胸の奥が少しだけ、モヤっとなった。
お陰でブルーノの反応を、ミルドレッドと同じ気持ちで見つめてしまう。
下げられていた手が上がり、差し出されたハンカチへと伸びた。かと思ったが、ブルーノはその手をゆっくりと引っ込めた。その瞬間、視線を感じて顔を上げると、なぜかブルーノと目が合った。
「すまないが、これは受け取れない」
「えっ……」
「君を助けたのは、俺だけじゃないからだ。ここにいるユニティもだ。俺だけが貰うわけにはいかないだろう?」
「あっ、すみません。私ったら、ちゃんとメイドの話を聞かずに……ユニティさん、今すぐ取って来るので、待っていてもらってもいいですか?」
そのミルドレッドの慌て振りを見て、思わず先ほど見た公爵夫人の姿が重なった。だから分かる。他の者が見えないほど、ミルドレッドはブルーノが好きなのだ。彼女の運命を変えても、恋する相手は変わらない。そして、ミルドレッドの想いが報われないことも。
ボクはブルーノを見た後、ミルドレッドに向き直った。
「公爵邸にはまた来ることになるんだから、その時でいいよ。ブルーノも、いいね」
何がいいね、なのか、ボクもよく分かっていない。だけどなぜか確認したくなったのだ。
「構わない。俺だけだと、後で何を言われるか……いや、箒で叩かれるかもしれないからな」
「そんなことで叩きやしないよ」
「というよりも、さすがに王子様を箒で叩くのはやめた方がいいと思うよ」
エリアルまでそんなことをいう。だけど、お陰で空気が和らいだような気がした。ミルドレッドの顔も、いつの間にか穏やかなものへと変わっている。
それはボクもまた同じだった。こんなところまでブルーノに助けられるとはね。成長したブルーノを見るのは悪くないが、さっきのモヤモヤはなんだったんだろうか。考えたくないような気もした。
いや、考える必要なんてないんだ。今はエリアルのことだけを、考えればいい。ボクは自分自身に言い聞かせて、公爵邸を後にした。





