第33話 臆病なヒロイン
カシルからすぐに話を聞きたかったのだが、さすがに乙女ゲームの話を、ブルーノとギルバートには聞かせられない。
そこでボクは、ゴロツキを倒し終えたこの状況を利用した。
「すまないけど、二人でこいつらを、自警団に突き出してくれないかな?」
「勿論です! このままにして置けませんから。ユニティ殿。カシルのことをお任せしてもよろしいですか?」
「当然じゃないか。カシルとは、話したいことが山のようにあるからね」
そう言いながらカシルの方を見ると、居心地が悪そうにしていた。ここ最近、避けていたギルバートは勿論のこと、ブルーノの存在にも驚いたのだろう。ボクの袖を掴み、「何がどうなっているのよ」と小声で話しかけてきたからだ。
だけどボクはそれには答えず、ブルーノの方を見た。
「そんなわけだから、ボクたちは先にカシルの家に戻っているよ。できれば二人だけで話したいから……そうだね。どうしようか」
「問題ない。すまないが、ギルバート殿。しばらく厄介になりたい」
「えーっと……」
戸惑うギルバートの横腹を、肘で突くブルーノ。空気が読めず、むしろ壊す方だったブルーノが、今や他者を促すことまでできるようになったとは……成長を実感せずにはいられなかった。ボクの後ろで隠れているカシルは、さぞ驚いていることだろう。
内心、ほくそ笑んでいるボクは、頷くブルーノに向かって笑顔で応える。逆にカシルには、魔女らしく薄笑いを向けた。
「さぁ行こうか。ボクたちがここにいたら、ギルバート殿たちも動けないから」
けれど今のカシルには通じなかったらしい。どちらかというと、ボクの話を聞きたいらしく、なぜか急かされた。
気持ちは分かるけど、その変わりようはどうかと思う。だけどカシルの気が変わるのも困るため、ここは大人しく従うことにした。
***
「えぇぇぇぇぇぇぇ! それでブルーノ王子と一緒に行動しているの!?」
家の中には入ると、すぐさまソファーに座らされ、その横で「洗いざらい話せ!」とでもいうような眼差しを向けられた。
どちらかというと、それはボクの台詞なんだけど……という言葉を呑み込んで、婚約破棄イベント後の出来事からミルドレッドの危機、さらにこの街に来た理由まで一通り説明した。
「なるほどね。それでミルドレッドがブルーノ王子を。助けてもらったら、そりゃあ好きになっちゃうわよね」
「運命を変えたつもりでも、心までは変えられなかった。だけど今の二人は婚約者でもないからね。ブルーノに浮気されたわけでも、傷つけられたわけでもない。ミルドレッドの頑張り次第ってところじゃないかな」
「確かに」
楽しみね、とカシルは笑って見せるが、自分のことはどうなのだ、と問いたくなった。けれどボクが聞きたいのはそれじゃない。
「カシル。君の運命はどうなったんだい? 贄姫から逃れることはできたのかい?」
「……ギルバートから豊穣祭のことを聞いたんだよね。この街のお祭りのこと」
「うん。様子がおかしくなったのは、その頃だって。だけど一番気になるのは、豊穣祭が建国祭を模している、ということだ。乙女ゲームだと、その建国祭で本物の贄に選ばれてしまう。疑似的に選んだつもりが、体に痣ができるという珍事に見舞われて――……」
「そうよ! しかも見てよ、これ」
カシルはボクに右手を差し出した。白い手袋をした手を。どうして気づかなかったんだろう。再会した時は遠目でも、林の中は……あぁ、薄暗くて分からなかったのか。
時すでに遅し、とばかりに、ボクはカシルの右手を包み込んだ。
「右手の甲にできるのは、ギルバートルートの証。ようやく振り向かせたばかりなのに、こんな時に乙女ゲームのシナリオが発動するなんて……ユニティ、私、どうしたらいい? ギルバートに打ち明けるべき?」
「打ち明けるって何を? 贄姫に選ばれたこと? それとも転生者だということ?」
どうして贄姫に選ばれたのか聞かれれば、カシルが本当は男爵令嬢で、エリアル・アルクだということを打ち明ける必要がある。建国祭という大舞台で贄に選ばれるのは貴族と決まっているからだ。
疑似であるからこそ、その大役に平民は使われない。また、民衆にとっても印象が良くないからだ。
どうしてカシルが贄姫に選ばれるのか問われれば、それが自分の運命だから、と。決まっていたことなのだと、口走ってしまうだろう。ギルバートを愛しているカシルならば。
「全部よ。もうカシルなんて偽名もやめて、エリアルとしてギルバートの横に立ちたいの」
「それは……ヒロインの運命を受け入れるってこと?」
「うん。だって、ハッピーエンドで終わるんだよ。ここはゲームの世界と似ているけど、違うでしょう? ミルドレッドの運命も変わった。私の運命だって……」
カシルの言葉に、ボクは唇を固く結んだ。
「少なくとも、ユニティのお陰で変わったよ。ギルバートは騎士にならずに、この街に残った。私の人生も、家族から虐げられることなく、自分のやりたいことをやって生きている」
そう言いながら笑って見せるカシルに、ボクの心は救われるようだった。さすがは乙女ゲームのヒロイン。
「だからね。少しでもハッピーエンドの確率を上げるために、ゲームの力を借りたいの」
「うん。カシルの気持ちは分かった」
「でも、怖いんだ」
「カシル?」
「私はそう思っていても、ギルバートが受け入れてくれるかは、別問題でしょう?」
そうか。だから逃げ回っていたんだね。自分の根元にあるものを受け入れてもらえないのは、怖いことだよ。苦しいことだよ。臆病にだってなるさ。
ボクはカシルを抱きしめた。
「今日、ギルバートに会って、どれだけカシルのことを心配していたのかを知ったよ。ブルーノに発破をかけられて、ようやく動き出す気になるほど、臆病になっていた。それってつまり、今のカシルと同じだよね」
「同じ……」
「なんの感情も抱いていない相手に、臆病になんてならない。好きな相手に拒絶されるのが怖いから、臆病になるんだよ」
だからボクは、ミルドレッドに会うのが怖かった。そして会わずにいたことを後悔した。もうそんな後悔はしたくない。だからね、カシル。ううん、エリアル。君の背中を押させてほしい。
「大丈夫。もしもおかしなことをギルバートが言うようなら」
「言うようなら?」
「その時は箒で叩いてやるよ」
箒? なんで叩くの? とまるで顔に書いてあるかのように、カシルはボクを見つめてきた。
「ブルーノが、それで成長できたからだよ」
「えっ、王子様を箒で叩いたの!?」
「性根を叩き直してやっただけだよ?」
「はぁ~。相変わらず、ユニティのスケールは違うわね」
「でも、心強いだろう?」
そういうと、カシルは赤い目をパチクリさせた後、「うん!」と気持ちいい返事をしてくれた。
やっぱりカシルはこうでなくちゃね。沈んだ顔なんて似合わない。さて、今日はもう遅い。明日になったらブルーノを迎えに行かないとね。





