第31話 ヒロインの現状
「えっと、どこから話したらいいのか……」
ギルバートはボクたちをリビングに通した後、お茶を入れてくれた。その間も、ずっとこんな調子でいたため、ボクの方からキッカケを作ってあげた。
「こういう場合は、順を追って話した方が分かり易いよ。カシルがおかしくなったのは、いつ頃?」
「ありがとうございます。いつ頃、というと、おそらく春先にあった豊穣祭でしょうか。今年の豊作を祈願するお祭りが、この街にあるんです。王都に近いから、大規模な農地はないんですが、市場に出せるくらいは毎年、収穫できて」
「祭り、か」
思わず、乙女ゲーム『贄姫になっても恋はしたい』に出てくる祭りを思い出した。学園で攻略対象者たちと恋を育んだ後、卒業して、さぁこれから幸せになるぞ、という時に、ヒロインはとある祭りで贄姫に選ばれてしまう。
その祭りは確か、王都で行われる建国祭。この街で行われた豊穣祭と似ていて、建国を祝うだけでなく、その年の安寧と繁栄を祈る祭りなのだ。
「かつて贄を差し出していた悪しき風習が、この国にはあった。建国祭では、疑似的な贄を作り、祭りを盛り上げる演出がなされている。もしかして、豊穣祭も似たような儀式というか、演出があるのかい?」
「この街は王都に近いため、それに倣うことが多いんです」
「……そうか」
乙女ゲームでは、その儀式に使われる贄の選出で、役目を負わされてしまう。通例だと、食べ物や置物が選ばれるのだが、なぜか悪しき風習が横行していた時と同じく、人間が選ばれるという珍事が起きてしまったのだ。
まさか、とは思うが……カシル! 運命は変えられなかった、ということなの!?
「ユニティ……どうかしたのか?」
「い、いや、なんでもない……ギルバート殿。一つ聞くが、カシルの異常は、豊穣祭の準備段階から起きていたいのかい?」
「えっと、言われてみると、そうだったような。そうじゃなかったような……俺も祭りの準備で忙しく、あの時はたまにしかカシルと会っていませんでしたので。すみません。正確なことは覚えていないんです」
「大丈夫。キッカケが豊穣祭ってだけでも、大きな収穫だから」
その情報だけでも、カシルの現状が分かってきたのだ。全然、無駄じゃない。
「豊穣祭が終わった後のカシルは、どんな様子だった?」
「人目を避けるようになりました。その前まではよく外に出ていて、一緒に出かけたり、誘いに来たりしてくれて、仲良くしてくれていたんです。それが豊穣祭をキッカケに、日に日に少なくなり……最近は姿を見ただけで逃げられてしまい。嫌われることをしたのかと、誰かに相談したくても、カシルの身内はこの街にはいないので」
「そこにボクたちが現れた、というわけだったんだね」
「はい。すみません。一気に愚痴というか、勝手に相談をしてしまって」
「構わないよ。ボクたちもさっき、同じ目に遭ったんだ。家から出てくるカシルに、逃げられてしまったんだよ」
ボクの言葉にギルバートは、明らかに落胆した態度を示した。解決の糸口を求めていたことは分かるけど、それはボクらも同じだった。
「では、えっと、そちらも原因が分からない、ということですか?」
「そういえば自己紹介をしていなかったね。ボクはユニティ。こっちはルーノだ」
ヴァルクの時と同じように、ボクは本名で、ブルーノは偽名を使わせてもらった。仮に顔が知られていなくても、ここは王都の郊外だから、名前くらいは聞いたことがあるだろう。それを避けるためだった。
隣を見ると、それで構わない、とでもいうように、ブルーノが頷いた。
「ごめんね。実はボクたちも事情を知りたくて、こちらに立ち寄ったんだ。カシルからギルバート殿の話を聞いていたからね」
実際はカシルの推しというだけで、何も聞いていない。だからこれから話すことは、すべて憶測であり、ボクの望みだ。
「この街で一番よくしてもらっているって。ありがとうね」
同じ転生者だからか。同郷の気分だった。ボクの方が年齢は上なんだけど、見た目はそんなに変わらない。だからだろうか。ギルバートが首を傾げていた。だけどボクは構わずに言葉を続けた。
「どうやらカシルは、ちょっと深刻な事態に巻き込まれたみたいだ」
「巻き込まれた? この街で、物騒な出来事は起きていないはずだけど……まさか豊穣祭で何かあった、ということですか?」
「おそらくね。ただ、これはボクの憶測だから、君に言うのは控えるよ」
「どうしてですか!?」
答えがそこにあるのに、聞かされないのは、お預けをくらうのと同じこと。納得できない気持ちも分かる。
「ギルバート殿。君がカシルにとって大事な存在だからだ。ボクが勝手に言っていい話じゃない。たとえ憶測であっても、知られたくない相手に、部外者が土足で踏み込むべきではないんだ。分かるね」
あと、乙女ゲームの話は、ボクにとってもデリケートな話。言えるわけがないんだ。
「だからさ。直接、カシルに聞きに行こうじゃないか」
「えっ……さ、避けられているんですよ、俺」
「それはボクも同じだよ。だからなんだっていうんだ。ボクは旧友に会いに来ただけ。カシルの知りたい情報を持ってね。だから後で文句を言われても、言い返せないはずさ。そう思うだろう、ルーノ」
転生者や乙女ゲームの事情を知らなくても、ミルドレッドという共通の話題がある。
「あ、あぁ。俺たちは元々、それを伝えにやってきたんだからな」
「そうだったんですか」
「だからこのまま帰るわけにはいかないんだ。ギルバート殿。カシルを捕らえるのに、協力してもらえないだろうか?」
ボクやカシル以上に、この街を知っているギルバートの力が必要だ。差し出されたボクの手を見つめるギルバート。
もう一押し必要か、と思った瞬間、大きな手に掴まれた。
「ユニティさんの言葉で目が覚めました。待っていたって、何も解決しないですもんね。うだうだ考えていること自体、俺の性にも合わないですし」
「じゃ、交渉成立だ。よろしく頼むよ、ギルバート殿」
カシルを説得する上でも扱い易い人物の協力が得られた、と嬉々としているボクの横で、なぜかブルーノが不満そうにしていたが、あえて気づかない振りをした。
今のボクにとって、カシルの現状が大事だったからだ。





