第29話 変わってしまったのは街並み、だけ?
約一カ月振りの王都。
体感としては、もっと経っていたように感じるが、王都の街並みを見ると、やはり気のせいだと思えた。なにせ、ここを出発したのは、春先のこと。
ブルーノがボクに婚約破棄を言い渡したのは、卒業を間近に迎えた時期だったのだ。本来なら、その卒業後に行われるパーティーで、婚約破棄のイベントが起こる。けれどボクがミルドレッドになっていたから……おそらくそのパーティーに出ないと思ったのだろう。
まぁ当然、出ないけどね。そんな面倒な行事には色々な人たちがいるから、下手すると正体がバレるかもしれないし。
とはいえ、卒業パーティーは重要なイベントだ。その後、ヒロインであるエリアルが贄姫に選ばれ、攻略対象者と苦難を乗り越えていく。それが乙女ゲーム『贄姫になっても恋はしたい』のお話だ。
けれど今のエリアルは平民になっているから、乙女ゲームが開始されるのかすら怪しいところである。
ボクは能天気にそう思いながら、初夏の王都を歩いていた。勿論、隣にはブルーノがいる。ヴァルクにいた時と同じ、平民の恰好をさせているから、王子だとは……まぁ気づかれないだろう。
そう思っていたが、大通りを歩いていると、周りの視線を感じて仕方がない。
貴族令嬢と思われる女性や下町の女性たちからの無遠慮な視線に耐えかねて、ボクはブルーノを連れて、裏道に逃げた。
「応急処置として、ボクのローブを貸すから、羽織ってくれる? あと、フードも被って」
「な、何を言って……いや、本当に何を言っているんだ?」
最初の動揺の方がなんなんだよ。明らかな拒否反応に、ボクは軽く傷ついた気分になった。
「王都なだけあって、目立つんだよ。君が王子だって分かっているのか、さっきからずっと視線を感じていて……ボクとしては、さっさと城に帰ってもらいたい気分だ」
「ちょっと期待した俺がバカだった……」
「何を言っているの? バカなのを認めたのは偉いけど、最近は段々――……」
「そ、そういう意味で言ったんじゃない! あと、さり気なく悪く言うのはやめてくれないか」
「事実だろう? この間褒めたけど、王都に戻ってきた途端、元に戻ったら意味もないし」
ほら、さっさとローブを羽織れ、とばかりにブルーノに手渡した。
「空気の読めない男に戻らないでよ。面倒臭いから」
「……悪かったな。空気が読めなくて」
「特に今回は、エリアルに会いに行くんだ。ミルドレッドと違って、君の存在はエリアルにとって強烈なんだよ」
学園に入るまでは、ミルドレッドの姿でブルーノと会っているし、エリアルもボクと同じ転生者。いきなりブルーノを見たら、ビックリすると思うんだ。
「だからなるべく慎重に行きたい」
「……確か、会ったことがあるんだよな、その……エリアルとは」
「ボクがミルドレッドの姿で学園に通うまではね。だけどエリアルは、ブルーノがその事実を知っている、とは思っていない。ブルーノに教えるなんて想像もしていないだろう。あと、ボクが今、ブルーノと一緒にいることも含めてね」
「考えてみると、まぁそうなるのが普通だろうな」
ボクとしては、ブルーノの口から「普通」という言葉が出たことに驚きだよ。
「そんなわけだから、しばらくはローブで顔を隠しておいて、いいね」
「わ、分かった」
「あと、口を挟まないこと」
そこまで釘を打った後、ボクたちはエリアルの家へ向かった。
***
エリアル、今はカシルと名乗っている少女は、王都の郊外に住んでいる。約一カ月前に立ち寄ったから、変わらないだろう。変わったのは、緑が多くなったことだろうか。
華やかなだった王都から、素朴ながらにも貴族たちの姿が見えるヴァルクとは違い、ここは本当に田舎のような長閑さがあった。
低い石垣の上を子どもが楽しそうに歩き、馬車もゆっくりと走っている。カシルが推している攻略対象者は、そんな田舎街から騎士を目指した青年だった。
「ここだよ。エリアルが住んでいる家は」
「……随分と小さいな」
「一人で住む分にはちょうどいいんじゃないかな」
森の奥にあるボクの家も、同じようにこじんまりしている。だけど薬の調合をする場所や魔導書を入れる本棚を置くスペースを確保するため、家の外観と中の空間は比例していないけど。
「あと、今のエリアルはカシルと名乗っているから、注意してね」
「わ、分かった」
ブルーノが動揺しているが、ボクだってどうして本名を使っていないのか、なんて知らない。知ろうとも思わない。
ミルドレッドの時もそうだったが、乙女ゲームの登場人物には、なるべく干渉しないように努めているのだ。
そんなことを思っていると、カシルが家から出てきた。ピンク色の髪に赤い瞳。背格好なども含めて、見間違えるはずがなかった。
けれどカシルの方は、ボクたちの方を見たにもかかわらず、逃げるように立ち去ってしまった。それもどこか怯えたような感じにすら見える。
でも一体、なぜだ? どうしてボクたちを見て、あんな表情をする。ブルーノはローブで顔を隠しているから、おそらくボクを見て取った行動だろう。
「ユニティ……」
どうやらブルーノも、カシルの異常さを感じたらしい。
「何かあったみたいだね。学園を出た時、カシルはボクに会いに来てくれたんだ。そんな子が、あんな態度を取るなんておかしいよ」
「ならば追うか? それとも、事情を知っている人物に聞くとか……心当たりはないのか?」
「……一人だけ」
まだこの街にいるのかは分からないけど、カシルの推しである攻略対象者、ギルバート・オーダム。彼に聞けば分かるだろう。どうしてカシルがあぁなってしまったのかを。





