第28話 次の行き先
ミルドレッドに、彼女が生まれてからボクが祝福を与え、乳母に預けられた理由と過程を話した。それを聞きながら、公爵夫人はミルドレッドの様子を窺い、ブルーノは時折ミルドレッドが視線を向けるため、罰の悪そうな顔をしながら、終始居心地が悪そうだった。
「ユニティさんの話だと、ブルーノさんとは結ばれない、ということですか?」
すべてを聞き終えた後、ミルドレッドの口から出たのは、そんな質問だった。ボクはその意外な質問に面を食らった。どちらかというと、恨み節を言われると思っていたからだ。
「今の状況だと分からない。ただ、あのまま公爵家にいたら、そうなった、というだけで。今のミルドレッドもブルーノも、ボクが見た性格とは違う。ミルドレッドは我が儘で傲慢じゃないし、ブルーノは視野が広くなって気遣いもできるようになった」
「っ! そんな風に見てくれていたのか、俺を……」
「今回の事件で、もの凄く成長したと思っているよ。公爵夫人もそう思うだろう?」
「えぇ。正直、見違えたわ。でもね、一度婚約を破棄している以上、再び結ぶことは難しくてよ」
公爵夫人はやんわりと、ベッドの上にいるミルドレッドに話しかけた。
「お母様。どうしてですか?」
「それは……」
「俺から言った方がいいだろう。数カ月前、俺はカーマイン公爵令嬢に婚約破棄を言い渡し、父上の怒りを買ったんだ。けれど相手はカーマイン公爵令嬢に成りすました魔女だったため、謹慎処分という扱いになり……」
「今は国王に、子守を押しつけられている最中なんだよ」
ブルーノにとっては屈辱かもしれないが、自分から言おうとした以上、避けられない話である。
「……それが公にされているため、本物のカーマイン公爵令嬢が戻ってきたとしても、再度婚約することは難しいんだ」
「どちらかがどうしても、と頭を下げれば可能かもしれないけど、こちらが王族を謀っていたからねぇ」
王族側が望まない限りは無理だと、公爵夫人は言葉を濁した。その言葉を聞いて、「そんなぁ〜」と落胆するミルドレッド。
ボクは複雑な気分になった。だって、ボクのせいでミルドレッドの望みが叶えられなくなってしまったからだ。
やっぱりここは乙女ゲームと同じで、王妃になりたかったのかな。
一先ずこの場は公爵夫人に任せ、ボクとブルーノは公爵が用意してくれた部屋へと戻った。
***
ミルドレッドが領主館に運ばれた時、ボクとブルーノは最初、宿屋に泊まる予定だった。もうボクたちができることなどなかったからだ。できることは、ミルドレッドの回復を日々見守るくらいだろうか。
公爵夫妻から懇願され、長いこと世話になっていた。
だけど、もうそろそろいいだろう。
「これで子守は終わりかな」
「なっ! 父上からの謹慎処分は解かれていないのにか!?」
あくまでブルーノは、子守とは言いたくないらしい。まったく、謹慎処分という言葉の意味を分かっているんだろうか。城から出ている段階で、何が謹慎処分だ。
「国王はしばらく行動を共にすること、と言った後、カーマイン公爵令嬢について知りたがっているようだから、とボクに押しつけてきたんだよ。ミルドレッドの様子を見るだけでなく、本来あるべき場所に帰る、貴重な場面に立ち会えたんだ。何がそんなに不満なんだい?」
「それは……」
「まだ、気になることでもあるとか?」
するとブルーノは、何も言わなくなってしまった。ボクとしては、このまま城に戻り、貴族令嬢として新たな人生をスタートさせるミルドレッドのフォローをしてもらいたかったのだが……これでは到底無理そうだな。
とはいえ、ブルーノが思い残すことなど、ボクが分かるはずもない。いや、一つだけあった。
「もしかして、エリアルのことが気になる、とか?」
「は? 誰がそんな奴……ってエリアル? あぁ、最初にミルドレッドと入れ替わっていたという、男爵令嬢か」
「そうだよ。だけどカーマイン公爵がエリアルを引き取ったことで、もう男爵令嬢でもないけどね。さらにいうと、今のエリアルは平民だ」
「ミルドレッドの代役、とはいえ、公爵令嬢まで昇りつめたのに、なぜ平民に下る?」
「あぁ、そっか。そこら辺をまだ言っていなかったんだったね。エリアルは……」
推しである攻略対象者の騎士を追って、平民になったのだ。あっ、でも当時はまだ、騎士じゃなかったのかな。長く生きていると、時系列を忘れちゃうんだよね。
「好きな人を追って、平民になったんだよ。公爵令嬢の立場だと、身分が違い過ぎて、結婚もできないって泣きつかれてね」
「それで今度はユニティが、カーマイン公爵令嬢になったわけか」
「うん。元々エリアルの姿を、ミルドレッドに変えていたのがボクだからね。「簡単でしょう?」って言われたら断れなかったんだよ」
「……エリアルの運命を変えたのも、ユニティだからか?」
「そうだね。だからほっとけなかった。ミルドレッドと同じように、望みを叶えてあげたかったんだ」
エリアルに言われた時、ボクが躊躇いなく承諾したのは、おそらくそれが原因だろう。ミルドレッドと公爵夫人に対する引け目を、エリアルの望みを叶えることで、癒そうとしたのだ。
「ならば、俺の望みも聞くべきじゃないのか。俺の運命も変えたのだから」
「……確かにそうだけど。ブルーノの場合は、自業自得だろう?」
ただ自滅しただけじゃないか。何もしなかったボクも……悪いの?
「いいや。それは違う」
「違わないね。婚約破棄は、ボクの予知通りに起こったんだから。ボクはブルーノの運命を変えていない」
「変えた。これだけは言える。俺の運命は変えられたんだ。そうでなかったら、今ここにはいない。ユニティについていこうとも思わず、城で今でも不貞腐れているだろうさ」
「確かに」
「即答されると、複雑なんだが」
「だけど、本当の事だろう?」
何か間違ったことでも言ったか? と笑って見せると、ブルーノは頭を抱えるような仕草をした。
「でもまぁいいさ。どの道、ミルドレッドのことをエリアルに伝えに行く予定だったから。子守が君の望みだとは思えないけど、もうしばらくつき合ってあげるよ」
「ほ、本当か!?」
「ブルーノが言ったんだろう。「俺の望みも聞くべきだ」と」
「じゃ、まだ一緒にいられるってことでいいんだな」
「そう言っているじゃないか」
すると今度は、ガッツポーズをとるほど喜んでいる。急に落ち込んだり、喜んだり……せわしないな。何がそんなに嬉しいのやら。
子どもって本当に何を考えているのか分からない。だからこそ、見ていて飽きない、といってもいい。
「しばらくの間、よろしく頼むね」
「おう!」
その気持ちいい返事を聞いたからだろうか。この子守も悪くないと思ってしまった。だけど魔女と人間の時間は同じではない。
ちょうど行き先も王都だし。エリアルの件が終えたら、強制的に城に送り返そう。それがブルーノにとっても、押しつけた国王にとってもいいだろう。
ボクはそんなことを思いながら一夜を過ごし、翌朝、カーマイン公爵夫妻に別れを告げて、領主館を後にした。





