第27話 悪役令嬢の休息
「ミルドレッド、体調はどう?」
ボクとブルーノは今、領主館のベッドの上で公爵夫人の世話を受けているミルドレッドの見舞いにやって来ていた。
あの時、気を失っていたミルドレッドは、命の危険性は薄くなったものの、緊急性を強いられたため、ヴァルクの病院に入院していた。それから移動しても問題ない、と医者からの許可を得て、ようやく公爵夫妻が望んだ、領主館へでの療養生活を送っているのだ。
とはいえ、まだ過重労働を強いられていて、且つ、満足に食事も与えられていなかった体だ。すぐに全快するまでには時間が掛かる。けれど、本当の家族と打ち解けるのには、ちょうどいい時間のようだった。
「ユニティさんとブルーノさん! いいところに来てくれました」
「どうしたんだい?」
「まだベッドから出てはいけない、と言われているんですが、手持ち無沙汰で」
「ずっと仕事漬けだったから、急に何もしなくなると、うずうずするよね。ボクも経験がある」
急にミルドレッドの代わりとして、貴族令嬢になった時がそうだった。
「だから、刺繡がしたいって言ったんです。そしたら……」
「辛い記憶に直結するものは、やらせたくないのよ。ユニティちゃんだって、そう思うでしょう?」
「うっ」
元々公爵夫人の困った顔に弱いのに、さらに似た顔をしているミルドレッドまで同じ表情を向けられると、何を言ったらいいのか分からない。
あれからセジヴェルが、大変なことになっていたからだ。公爵は領主として、セジヴェルの労働環境をありのまま公表し、内部を調査させた。勿論、針子たちからの聞き取り調査も行われた。
そこで分かったのは、パティによるミルドレッドへの虐めの酷さだ。過重労働や食事を抜かされていたことは知っていたけど、その他にも部屋に帰らせることなく、工房の床で寝泊まりさせたり、風呂に入る時間もないほど仕事を押しつけているのに、汚いと罵倒していたりしていたそうだ。
当然、公爵夫人の耳にも入っているため、ミルドレッドにやらせたくない気持ちは理解できた。
「だが、ずっと逃げてばかりはいられないだろう。服やドレス、ハンカチにだって刺繍は施されているんだ。その全てを視界に入らないように、取っ払う気か?」
「ブルーノさんの言う通りですよ、お母様。辛い記憶から逃げることはできません。逆にそれを糧に、強くなりたいです。もう誰にも利用されたり、虐げられたりしたくないから」
「そんなこと、誰にもさせないわ!」
「だが、貴族として復帰すれば、そういう者たちが近寄って来る。パティのような連中がな」
「……その、パティはどうなったんですか?」
ボクとブルーノは顔を見合わせた。さきほどの公爵夫人の反応で分かる通り、ミルドレッドには一切、情報を与えていないのだろう。公爵夫人の顔色を見ながら尋ねてきた。
「パティは今、ミルドレッドの殺人未遂で牢の中だよ」
「えっ」
「まぁ当然の結果だな」
ブルーノが迷いなく言い放った。
「いくら気に食わない相手だからといっても、責任者として、命を見捨てる行為は許されるものではない。キチンと罰を受けてもらわなければな」
「それに針子たちはともかく、パティはミルドレッドを領主の娘だと知っていて、見殺しにしようとしたんだ。ちゃんと報いは受けるべきだよ」
仮に生き埋めが事故だったとしても、すぐに救い出していれば、罪は軽かっただろう。針子たちの証言を元にすると、四時間も放置していたらしい。これに公爵が激怒し、工房は封鎖。当然、店を開けられず、セジヴェルは閉店を余儀なくされた。
ダーラ夫妻も、娘が殺人未遂を犯したことで、ヴァルクにはいられなくなっていたから、ちょうど良かったのかもしれない。針子たちも、ここにはいられない、と別の領地へ移ったらしい。
捜査に協力的だったのと、ブルーノの口添えで、針子たちは無罪放免とされた。
「では、もうダーラにも会えない、ということですね」
「別れを告げられる状況でも、立場でもなかったから……ただ、ミルドレッドの無事を喜んでいたよ」
「そうですか」
「ミルドレッドは今後、どうするんだい?」
「私、ですか?」
「当然、カーマイン公爵家に戻るんだろう? 何を言っているんだ」
ブルーノが信じられない、とでも言いたげな顔をボクに向けてきた。
「ユニティが公爵令嬢に扮していた事実は、公になっているんだ。ここで本物の公爵令嬢が見つかった、といって出てきても、誰も不思議には思わない。それに……俺との婚約も破棄されているんだ。問題ないだろう?」
「えっ、婚約!? 私、ブルーノさんと婚約していたんですか?」
「あぁ、そうだ。だからミルドレッドが乳母の元に預けられていて……おい、聞いているのか?」
「は、はい。ちょっと嬉し……ではなく驚いてしまって。でも、破棄されたって、どういうことですか?」
そうだった。ミルドレッドは、どうして自分が乳母であるダーラに預けられていたのかを知らないのだ。
だけどどうしてだろう。驚くというより、ボクにははしゃいでいるようにしか見えない。けれどパティの処遇や辛かった記憶と向き合うより、いいと思えた。
だってミルドレッドには、今みたいな乙女の顔の方がよく似合うからだ。





