第26話 公爵夫人の到着
「これは……どういう状況だ?」
カーマイン公爵の視線が、ミルドレッドからボクに移る。本当はミルドレッドに駆け寄り、今すぐにでもベッドに寝かして安心したいはずだ。
けれど誰がこの状況を作り、ミルドレッドが倒れているのか。親として、領主として、見定める必要があった。ボクはさきほどのやり取りをカーマイン公爵に説明した。
パティがミルドレッドを生き埋めにし、放置していたこと。それを事故だと言い張っていたことも含めて。
「ミルドレッドの置かれていた立場は、ダーラから聞いたとは思うけど、あまりいい労働状況ではないんだ。体も、相当弱っていたと思う。そんなミルドレッドに……こんな仕打ちをするなんて」
「っ! お、お言葉ですが、納期が迫られていたり、注文が殺到したりする場合は、このように徹夜になってしまうことが多いのです」
「……本来なら発言を許すつもりはないが、いいだろう」
公爵の言葉にパティはホッとした顔をした。
だけど分かっているんだろうか。すでにパティの立場は相当悪い、ということに。それでも言い訳をしたいなんて、いい根性をしているよ。
「だが、言葉には気をつけるんだな。私も上に立つ人間だ。下の者への過重労働。不適切な労働環境。特定の人物にのみに課せているのは、君の采配の悪さが原因だと思うが、違うか?」
「それは……マイナ、いえミルドレッドお嬢様の刺繍の評判がいいからです。他の者には任せられない仕事ですので」
「だからといって、限度はあるだろう? 本人にも言ったが、一人に仕事を任せないで、同じくらいの技量を持つ者を雇うとか、育てるとか。そういう配慮はできたはずだ」
パティの言葉に、ブルーノがすかさず口を挟む。
「み、ミルドレッドお嬢様が嫌だと。だから私はその通りにしたまでです」
「それはおかしい。ちゃんと本人に指摘したら、考え直していた。どっちかっていうと、パティがおだてて、ミルドレッドをその気にしたんじゃないのか? お客が求めている刺繍は、ミルドレッドにしかできないことだとかなんとか言って」
「私が? どうして私がご機嫌取りなんか。するわけがないでしょう! おだてたのは母さんよ!」
相手がブルーノだったからなのか。はたまたパティの逆鱗に触れたのか、再び口調が荒々しくなった。
「パティ……」
するとそこに、申し訳なさそうな顔をしたダーラが、部屋の中に入って来た。その声に、パティがすぐさま反応をする。
「やっぱり母さんは、私の味方になってくれないのね。私がいくら頑張っても、結局あの子の味方をする。だったら、少しくらいいいじゃない」
「何が? 何がいいというの?」
ダーラの後ろからやって来た女性が、パティに尋ねる。その姿を見て、息を呑むパティ。無理もない。部屋の奥で倒れているミルドレッドと似た女性、公爵夫人が目の前にいるのだから。
けれど公爵夫人は、すぐにパティから視線を外し、部屋の中を見渡した。そして、目的の人物を見つけると、声を上げて駆け寄った。
「ミルドレッド!」
十三年振りに見る娘の姿に、公爵夫人の手は震えていた。それでもミルドレッドの頬に触れ、体温を感じ、生きていることを実感しているようだった。
「ユニティちゃん。ありがとう、ミルドレッドを守ってくれて」
「ボクは……間に合わなかった」
「そんなことはないわ。いつも私たちを気にかけてくれる、優しい子だもの」
百歳を超えたボクを『子』と言えるのは、公爵夫人くらいだろう。できることなら、こんな状態のミルドレッドと引き合わせたくなかった。
「すまない」
「ユニティちゃんが謝ることはないわ。謝るのは別の人物でしょう。ねぇ、あなた?」
「そうだな」
公爵夫人の問いに公爵が答えた瞬間、場の空気が一変した。いや、元に戻ったと言ってもいい。皆の視線が、パティに集まったのだ。パティの体がビクリと震える。
「この状況を作ったのは、あなたよね」
「ち、違います。これは事故で……」
皆の視線に怖じ気づいたのか、パティは再び、事故だと言い出した。この期に及んでまだ事故だと言い張る姿に、ボクの中の何かが切れた。
「いい加減にしなよ! 事故だっていうなら、どうして放置していたんだよ。言っていたよね。「棚の近くにいた、あの子が悪い」って。助けることもせず、何が事故だ!」
「だ、だって、あの子が……」
「あの子? ミルドレッドがどうしたというの?」
パティの呼び方が気になったのか、公爵夫人が詰め寄った。ボクはミルドレッドを抱えたままで動けない。
「母さんがいなくて、それで……」
「ダーラがいなくて取り乱したことは分かったわ。でもね、それとこれは違うでしょう? ミルドレッドを見捨てた理由にはならないわ。ううん、それだけじゃない。私たちの大事な娘を傷つけていただけでも許せないのに、事故に見せかけて殺そうとするなんて……言い訳なんか聞きたくないわ!」
「だ、だって――……」
「パティ……もうやめなさい」
ダーラがパティの体に触れながら、静かに言い放った。
「嫌よ。だって、私……」
「やめなさい!」
今度は、ダーラの声が強くなった。その一言で、パティの言葉が止まる。
「私も間違えたけど、お前はやってはいけないことをしたんだ。取り返しのつかないことを。そうですよね、公爵様」
「勿論だ。こちらにも落ち度があったとはいえ、この場から離れ、助けも呼ばずに放置していたことは、看過できない」
「……どうして、どうしてあの子ばっかり……」
公爵の言葉を聞いていたのか、それとも聞いていなかったのか。パティはまるで壊れた人形のように「あの子ばっかり」と呟いていた。そこへ公爵がピシャリと言い放つ。
「それは君が、最初から間違っていたからだ。感情に流され、自分をコントロールできない者は、いずれ自滅する。そんな人間を、誰が助けるというんだ」
見捨てたことじゃない。ミルドレッドを虐げたことじゃない。母親の愛情を盗られたと思い、抱いた最初の感情。それに流されたことを公爵は言っているのだ。
果たして、それがパティに伝わったのか、は分からない。だけどパティはその場でしゃがみ込み、俯いたまま何も言わなかった。





