第25話 夜明けの救出
工房の扉が再び荒々しく開かれたのは、それから四時間後のことだった。空はすでに薄っすらと明るくなっている。群青色から桃色へ。こういう空を、暁というのだろうか。
ゆっくりと色づく空とは裏腹に、その下では緊迫した状況が繰り広げられていた。
「こんな朝早くから来るなんて、非常識にもほどがあるわ! 帰ってよ」
「非常識なのは分かっている。だけど非常事態なんだ。この意味が分からない、とは言わせないよ」
この敷地内にダーラはいない。ブルーノが針子から聞いた話では、ダーラの旦那は経営に徹していて、工房に近づこうとしないらしい。つまり、ミルドレッドに危害を加える可能性があるのは、目の前にいるパティのみ。
ボクとブルーノは裏口から訪ねに行ったら、こうして門前払いを食らってしまった、というわけである。だけどボクは、刻々と迫る危機感に焦りを感じていた。
どうする? 強行突破は可能だ。風魔法でパティを吹き飛ばすか、変身魔法ですり抜けることもできる。
そんな時、ブルーノがボクの前に出て、パティを取り押さえた。
「何をしている。この隙に行け!」
「っ! 恩に着る」
ボクはブルーノの脇を通り、中庭を駆け抜ける。パティの目がなくなったのだから、魔法を使えばいいのだが、この時のボクは、そんなことに気づけないほど焦っていた。
ミルドレッドには保護魔法をかけておいたから、という保険があるにもかかわらず、消えない危険信号。胸騒ぎ。
明かりのついた工房を見て、ボクは唖然とした。いや、ボクたちがセジヴェルを訪ねた時、パティは起きていた。それも昨日と同じ格好で。
彼女たちにとっては当たり前のことなのかもしれない。でもボクは、許容できなかった。
バン! と工房の扉を勢いよく開けたのにもかかわらず、中から誰も様子を窺いに来ない。それどころか、おそろしく静かだった。まるで誰もいないかのように。
だけどボクには分かる。ここにミルドレッドがいることを。危険信号が発せられているから、余計に居場所が分かるのだ。一歩一歩、廊下を速足で進む。
ヴァルクに来た時は、まったく感じなかった信号。強く感じたのは夜中。寝ている最中だったから、反応が遅れてしまった。
「っ!」
この部屋だ、と思い扉を開ける。幸いにも中は明かりがついていた。だからすぐにその惨状を知る。
「ミル、ドレッド?」
いつだってボクの対応は遅い。布ロールの山に駆け寄る前に、やるべきことがあるのに、それすら忘れて呼びかけていた。
「……うっ……魔女、様」
「ミルドレッド!」
よかった。そう思った瞬間、ようやく助けるという思考が働き、ボクは操作魔法を使って大量の布ロールをどかした。そして露わになるミルドレッドの姿。かろうじて意識があるように見えた。
ミルドレッドの上にあったのが、少しだけ弾力のある布ロールだったからだろう。それほど大きな傷は見えなかったが、いくつか打撲したに違いない。
そういう怪我は、回復魔法では治り辛いため、薬草を調合した治癒瓶を使うのがベストなんだけど、今のミルドレッドに飲む力はない。
「ごめんね。いつも遅くなってしまって」
後悔してもし足りない。この悔しさ。怒りの矛を収めなければならないのに、回復魔法をかければかけるほど、どんどんそれが膨れ上がっていく。ミルドレッドの症状が変わらないからだ。
すると、部屋の外から複数の足音が聞こえてきた。
「逃げ出そうとしたから、逆に連れて来たんだが……これはどういう状況だ?」
「生き埋めにされていたんだよ。上に乗っていたのが布ロールでも、下手をすれば死ぬことだってある」
「っ! まさか、それを放置して……」
さすがのブルーノも、酷いと思ったのだろう。息を吞む音と共に、もう一人の焦る息遣いが耳に入って来た。
「私じゃない。棚の近くにいた、あの子が悪いのよ」
ここで少しでも謝罪の言葉をあったのなら、ボクも考え方を変えたと思う。本当にたぶんの話だけど。
「つまり、棚から布ロールが落ちてきた場面に立ち会っていた、ということになるよね。ボクが調べてもいいけど、パティの口から聞きたいな」
視線をパティに向けた途端、強張った顔になった。口がわなわなと動き、返答が期待できないから、ボクは言葉を続けた。
「ダーラは居住。旦那さんは経営を任されている、と聞いたよ。工房の責任者は君だよね、パティ。さらにいうと、ミルドレッドを怒っている姿も見たんだ。違うとは言わせないよ」
「……そ、そうだけど。これは事故よ。事故だったの」
「だったらどうしてすぐに助けなかったんだ。責任者として、工房で働く者の安全は守るべきだろう!」
ブルーノがボクの代わりに、パティへ怒りをぶつける。
「……どうして私があの子の安全を守らなきゃいけないの?」
「それは責任者として――……」
「あの子が私に何をしたのかも知らないで、責任者? うるさいんだよ!」
「知っているよ」
パティがブルーノを振り払った瞬間、ボクは冷たく言い放った。
「ダーラから聞いた。だからパティはミルドレッドに問い詰めたんじゃないのか? 淑女教育を習わせるほど、ダーラはミルドレッドを大事にしていたから」
「大事……そうよ。母さんはあの子のためなら、なんだってするのよ。この店だって私が大きくしたのに、あの子ばっかり褒めて」
なるほど。だからミルドレッドが過信したのか。パティにきつく怒られても、強くいられたのは、皮肉にもダーラからの愛情だったとは……。
「それでも、ミルドレッドを生き埋めにしていい理由にはならない」
「どうしてよ。どうしてあの子ばっかり、皆気にかけるのよ!」
「他の人間は知らないけど、ボクにとってミルドレッドは、祝福を与えた子だ。害をなすことは許さない」
「嘘ッ! 魔女、なの?」
パティの顔色が一気に青ざめる。
「そうだよ。そしてボクがダーラを、王都にあるカーマイン公爵家に送ったんだ。勿論、魔法でね」
「魔法……カーマイン公爵家に?」
「そう。ミルドレッドの現状を、包み隠さず伝えてもらうためにね。ダーラも、自分の不在が何を引き起こすのか。娘のことなんだから、分かっていると思うんだ。もう一人の娘の危機もね。だからそろそろ、やってくる頃じゃないかな」
「……まさか、母さんが公爵様を連れて来る、とでも言うの?」
あり得ない、とばかり後退りするが、それをブルーノが許さない。
「ここはカーマイン公爵領だ。君を裁くのはボクじゃない。領主である、カーマイン公爵だ。そうだよね」
パティに話しかけながら、腕の中のミルドレッドへと視線を向け、艶を失った銀髪を撫でる。
来たよ、ミルドレッド。君の会いたがっていた人たちが、ようやくここに。そしてごめんね。せめて君を救うのが、ボクではなく、彼らにしてあげることくらいしかできなかったよ。
心の中で謝罪をしながら、部屋の入口で絶句をしている色男、カーマイン公爵に顔を向けた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ストックが溜まってきたため、今日から毎日投稿に変更します。
悪役令嬢ミルドレッド編のクライマックスを楽しんでいただけたらと思います。





