第24話 悪役令嬢の危機
違和感を覚えたのは、早朝のこと。今すぐ、ミルドレッドの元へ行かねば、という想いに駆られたのだ。
祝福を与えた者との絆、というか。主にその者の危機に反応することがあるため、ボクたちはむやみやたらに祝福を与えなくなったのだ。人間の寿命は魔女よりも短く、危機に瀕することが多いからだ。
いちいち反応が来ていたら、身が持たない。
だけど今回の反応は意味が違う。ボクが仕掛けたからだ。おそらくダーラの不在に気づいたパティが、ミルドレッドに何かをしたのだ。矛先をミルドレッドに向けることは想定していたから、保護魔法をかけておいたけど……心配だ。
ボクは椅子の上にあるクッションから飛び降りて、黒猫の姿から元の姿に戻る。早くブルーノを起こして、ミルドレッドの元へ向かわなければ、と振り返った瞬間、気配がした。
「ビックリした。もう起きていたの?」
ブルーノがいたのだ。ボクが寝ていた椅子と、ブルーノが寝ていたベッドは近くにあったから、いたといっても、起き上がっていたにすぎない。
「当たり前だろう。ユニティが近くにいて、ぐっすり寝られると思っているのか!?」
「……そうなの? 悪かったね」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない……あー、まぁアレだ。置いていかれるんじゃないかと思ったんだ。今、ミルドレッドが……そういう状況だろう?」
何か濁されたような気がしたけど、ブルーノが言った通り、ミルドレッドが危ない状況なのだ。
「分かっているじゃないか。そうなんだ。胸騒ぎがするというか。祝福を与えた者から感じる、特有の反応を感じたんだ」
「祝福……」
「ボクたち魔女が、王族に祝福を与えない理由だよ。王族は命を狙われることが多いだろう? 頻繁に反応が来ていたら、キリがないんだ」
「……魔女たちの言い分も分かったが、どうして父上が俺に祝福を与えてもらいたかったのか。また、祝福を与えられたミルドレッドが必要だったのか、理解できたような気がする」
「祝福の子に害をなせば、ボクたちは気づくし、犯人を許さない。探し出す術も持っている。王族として、これほどいい後ろ盾はいないからね。でもボクたちは政治の道具にされる気も、利用される気もない。だからしないんだよ」
それでも各国の王族たちは魔女の祝福を得たい。祝福を得た貴族の令息令嬢がいれば、取り入れる。だからミルドレッドを祝福した時、あれだけの貴族が祝いに来たのだ。
「……ミルドレッドにした理由はなんだ?」
「今はそんな話をしている場合じゃないよ。ほら、早く!」
「それは分かっているが、答えるくらいなら、移動している時でもできるだろう?」
部屋を出ようとするボクの背中に向かって、ブルーノが尋ねてくる。確かにブルーノからしたら、不可解なのだろう。でも仕方がない。ボクは魔女だ。気まぐれな魔女。
「……色男に頼まれたら、断れなかったんだよ」
さらに仕事ができるスパダリときたもんだ。断れる魔女を探した方が早い。そんなこっぱずかしい理由を言ったのにも関わらず、ブルーノからの返答はなし。
催促しておいて、なんなんだ、と後ろを振り向くと、口元に手で隠したブルーノが立っていた。
「まさかライバルが公爵だとは思わなかった」
「何をアホなことを言っているんだよ。今は急いでいるっていうのに。置いていくよ!」
本当に何を言っているんだろう。ミルドレッドが危機に瀕しているかもしれない、というのに。「待て!」という声が聞こえてきたが、ボクは無視して宿の外まで駆けていった。
***
一方、時刻は少し前に遡る。
ヴァルクの宿屋でユニティとブルーノが眠りにつく頃、セジヴェルの工房はまだ、明かりがついていた。針子たちは先ほどやって来たパティに追加の仕事を言い渡され、ミルドレッドは日中からの仕事を終えていなかったからだ。
それでもミルドレッドと針子の緊張の糸は解けていた。パティが工房にやって来るのは、日に何度もあるわけではない。今日のように、外へ買い物に行って帰ってきた時以外は、日に五回。午前に二度、午後に三度、様子と進捗、そして追加の注文が入ったことを告げにやって来るだけだった。
だから夜の訪問を終えた後は、ミルドレッドも針子も、安心して作業に当たれる。そんなひと時だった。しかし……突然、扉の方から荒々しい物音が聞こえ、別々の部屋にいたミルドレッドと針子は、同時に体を強張らせた。
ミルドレッドと針子たちは知っているのだ。この物音が何を示しているのか。この工房では、初めてのことではなかったからだ。
行き先は誰だ? 張り詰めた空気の中、ミルドレッドと針子たちは、それぞれの部屋で扉をじっと見つめる。
どうか、この部屋の扉が開きませんように、と祈りながら。
「ぱ、パティ?」
バン! と勢いよく扉が開かれたものの、何も言わない訪問者に、ミルドレッドは刺繍針と布を持ったまま立ち上がる。さきほど仕事の終わりが見えないことで、散々怒られた後だっただけに、今度は何を言いに来たのか、と警戒心が勝っていたのだ。本当は恐怖で体が震えそうなのを、必死に抑えている。
けれど布を握り締めれば、「商品に皺をつけないで!」と怒鳴られるだろう。刺繍をした後、アイロンをかけて皺を取るのは大変だからだ。とはいえ、アイロンをかけるのはパティではない。
「母さんは?」
部屋を見渡した後、パティはゆっくりとミルドレッドに問いかけた。
「ここにいるんでしょう?」
「え? ここには私一人だけよ」
「嘘を言うな!」
パティはそういうと、ミルドレッドの肩を強い勢いで突いた。工房に籠りがちで、ろくに外にも出られず、作業が遅いと時には食事の時間に間に合わず、抜かれることもあった。そんなミルドレッドの体は、容易くよろけ、後ろにある布ロールが積まれた棚に背中が当たった。
痛い、と感じることよりも、パティの気迫の方が怖く、ミルドレッドはそれ以上言うことができなかった。けれど日中、ブルーノに言われたことが脳裏を過る。
過信したからこそ、パティをつけあがらせた。この状況に甘んじていたのもまた、過信が招いたこと。
そしてユニティに言った願い。この状況を変えたい。抜け出したい。
願うだけではダメなことを、二人から学んだ。
「嘘なんて言っていない。そもそもダーラが工房に来ないようにしたのは、パティでしょう? どうしていると思ったの?」
「……母さんが私に隠れて、工房に出入りしていたことは知っているのよ」
「っ!」
「食事を運んだり、傷薬を運んだり。あんたに必要なものをちょくちょく届けていたことなんて、知っているんだから!」
「で、でも、ダーラはここに来ていない。本当よ」
「嘘よ! 母さんの特別はあんた! 母さんが行くところなんて、あんたのところしかないのよ!」
パティがさらに、ミルドレッドの体を勢いよく押した。すでに逃げ道を塞がれていただけに、背中に当たっていた棚は大きく揺れ……次の瞬間、陳列していた数多の布ロールがバランスを崩し、棚から飛び出した。
その下にはミルドレッドとパティがいる。逃げるにしても、前にはパティがいて逃げられない。いや、パティが素早く後方に移動しても、休む暇もなく、心をすり減らしながら働いていたミルドレッドに、そんな動きなどできるはずもないのだ。
ドサドサッと布ロールが、埃を立てて落下した。積み重なった光景を見ているのは、パティ、ただ一人。ミルドレッドの姿は見えなかった。
「ど、どんくさい、あんたが悪いのよ」
後退りしながら、パティは部屋を出ていった。積み重なった布ロールの山をそのままにして。





