第23話 意気込みと不穏が混ざり合う夜
宣戦布告をしたからといって、すぐにどうこうできるわけではない。ボクたちは一旦、ヴァルクの宿屋に来ていた。
窓辺にある椅子に座りながら、マイナの言葉を思い出す。
『最後の仕事かもしれないからです』
あれは覚悟の表れだったのかもしれないが。
「最後、にしていいのかな」
「何をだ?」
宿屋の外を眺めていると、ブルーノが椅子を持ちながら近寄ってきた。ボクの前に椅子を置き、向き合う形になる。
「マイナ……いや、ミルドレッドでいいかな。まだヴァルクにいるけど、ここは宿屋だから」
「……あぁ、そっちか。俺はてっきり、すぐに片をつけるのかと思っていた。パティを叩きのめして、ミルドレッドをカーマイン公爵に引き渡すのかと。ユニティにはそれをするだけの理由と、力があるじゃないか」
「いくらなんでも、むやみやたらに武力行使はしないよ」
「だが、俺の時はそうだったじゃないか。問答無用に言いくるめて、去って行った」
学園の食堂で、婚約破棄を言い渡して来た時のことかな?
「武力行使していなくても、その後の過程は似たようなものだっただろう?」
「……それは自業自得でしょう? 何も調べないし、根回しもしない。そんな状態で簡単に婚約破棄ができたら、誰も苦労しないよ。わざわざボクが、ミルドレッドになる必要もなかったわけだしね」
まずそこを考えてほしいよ。
「だが、お陰で別視点から、本来の婚約者であったミルドレッドを見ることができた」
「そういえば、ブルーノを連れて来た目的でもあったね。どうだった? 君から見た、ミルドレッドは」
「俺とよく似ていた。自分は優秀だと過信して、周りを頼ったり、使ったりするどころか、使われている。俺と違うのは、その状況を受け入れてしまっているところだろうな」
「……だから、優しくできなかったのかい?」
驚くブルーノに、ボクはそのまま言葉を続けた。
「ミルドレッドとの会話を、盗み聞きしてしまったことは謝る。ただ、どうして優しい言葉ではなく、厳しい言葉をかけたのか、疑問だったんだよ」
「自分に似た存在に、優しい言葉なんてかけられるわけがないだろう。こうすればいいのに、あぁすればいいのに、とか。余計なことばかり頭に浮かんでくるんだから」
「まさに人の振り見て我が振り直せ、だね」
「なんだそれは」
「遠い国の言葉だよ。他人の善悪を見て、自分の言動を反省して、悪いところを直せ、という教え。同族嫌悪、ともいう」
そうか。王子と悪役令嬢は似た者同士だったから、二人は相容れることなく、婚約破棄という結末に至るのか。
どうやらボクの選択は間違っていなかったらしい。ブルーノもそうだが、ミルドレッドも不器用な生き方しかできないようだからだ。
「二人とも、難儀な性格をしているね」
「……返す言葉もない」
「だけどブルーノの言葉のお陰で、ミルドレッドは考えを改めてくれた。ただ悲観するだけじゃなく、自分の非も認めた上で、前に進もうとしている。いいことだよ」
「俺も少しは役に立ったんだな」
ホッとするブルーノに、ボクはさらに言葉をかける。
「落ち込むボクに、発破をかけてくれたじゃないか。役に立ったどころじゃないよ。凄く助かった。ありがとう」
もっと褒めてあげたいけど、これ以上言葉が浮かばなかった。だからボクは立ち上がり、ブルーノの頭を撫でる。普段、叩いているせいか、頭に触れた瞬間、ブルーノがビクッと反応した。
これにはちょっと罪悪感と申し訳なさを感じた。なるべく控えようと思えるほど。
「……針子たちから聞いた情報も、役に立つか?」
「そうだね。もしも彼女たちがパティを笠にミルドレッドを虐めていたのなら、公爵に報告する必要がある」
「違っていたら?」
「ミルドレッドが告げ口をするとは思えないけど、何かお咎めがあったら、庇うことができるよ」
窓から彼女たちの様子を見ていたけど、判断材料としては薄い。だからブルーノの話も聞いてみたかった。
「そうか。なら大丈夫そうだな。針子たちは、パティにミルドレッドがサボっていないか、監視も頼まれていたらしい。覚えているか? 俺たちが工房に入った時、パティがミルドレッドに言っていたことを」
「勿論。ミルドレッドに頼んでおいた仕事が、半分しかできていなかったことに、激怒したんだ」
「だから、針子たちも同様に怒られた。俺が見たのは、その腹いせだ」
「なるほど。そうやってパティは、ミルドレッドを孤立させるばかりか、八つ当たりの捌け口にしていたわけか。自分だけでなく、針子たちもそうするように誘導するなんて……えげつないね」
いわゆる、恐怖政治みたいなものだ。小規模だけど、工房という小さな世界だから、同じともいえる。
「針子たちは雇われているから、そもそもパティには逆らえない。ミルドレッドを可哀想だと思うけど、自分たちも必死だから、と言っていた」
「自分の母親でさえ、支配している女だよ。針子たちが従うのも無理はない」
常にミルドレッドを怒鳴る姿を見ているんだ。その矛先が自分たちに来る恐怖を考えれば、ミルドレッドを助けている余裕なんてできるはずもないんだ。
「ますます遠慮をする必要がなくなったね」
「……その、意気込んでいるところ悪いんだが」
「何?」
ここは空気を読んで、そっとしておいてほしかったんだけど。
「本当に同じ部屋で休む気か?」
「当たり前だろう? お金はなるべく節約しないと」
「だが、一応、俺も男なわけで」
顔を赤らめるブルーノには悪いが、十八歳の男など、百歳を超えたボクにとっては子どもに等しい。だから男、といわれても、なのである。
「ボクが気になるなら、犬か猫に変身しようか? その方が気が紛れるだろう」
「そういう意味で言っているんじゃない!」
「じゃ、どういう意味だよ」
するとブルーノは、何か言いたそうな顔をしていたが、諦めたらしい。「知らん!」といって、部屋から出て行ってしまった。
一人取り残されたボクは、再び窓の外へと視線を向ける。今頃、パティはどうしているだろうか。ダーラがいないことに、気づいたかな?
***
「母さん! なんで明かりも付けないの!?」
仕事がひと段落つき、パティは住まいである建物の扉を開けた。すでに空は月が輝き、星と雲が一緒になって絵を描いているようだった。
そんな夜ともいえる時間に、パティは父親に今日の売上を報告し、工房を覗いて、進捗を確認。手が遅いと、マイナと針子たちに発破という怒鳴り声をお見舞いしていた。
けれどパティのイライラは晴れない。その原因が、これだ。
一日中、馬車馬のように働いていたのに、出迎えもない。温かい食事もない。目の前にあるのは、暗くて冷たい家だった。
「母さん! どこにいるのよ!」
再び母親を呼ぶが、返事がない。日中だったら、買い物に出かけたのかな、と思うところだが、今は夜だ。そんな時間に母親が不在だったことはない。
いつも、「お疲れ様」と出迎えてくれるのだ。自分にしか見せない、母親の顔で。この時だけは、唯一穏やかになれる瞬間なのだ。
だからパティは、マイナと針子たちが自分よりも先に休ませることは、絶対にさせなかった。
その当たり前で、自分の拠り所がいない。
まさか、と思い、工房へ急ぐ。
「母さんの特別はいつもあの子。マイナ……ううん、ミルドレッドなのよ」
カーマイン公爵家の縁者が来たから、ミルドレッド、あの子が何かしたに違いない。
「もしかして、仕事をサボっていたのも、このためだったっていうの?」
許さない。許さないんだから!





