第16話 交渉ごとはお手のもの
「あぁ〜。分かったわよ。店でもなんでも、好きに見ていきなさい。でもそんな安っぽい服で、ウチの店に入られるのは困るわ」
茶髪の女性は荷物を抱え直しながら、改めてボクたちを見る。上から下まで値踏みするような視線。脳内で計算しているのが見て取れた。
手のひらを返すのか、無難に接するのか、考えているのだろう。ボクとしては、今まで通りの方が相手しやすくていい。いきなりすり寄って来られるよりかは、幾分マシだったからだ。
「そう言われても、手持ちの服はこれしかないんだよ。なんとかならないかな? 君の話を聞く限り、どうやら責任者のようだし」
「……服は提供できないわ。商売道具だからね。はいよって簡単に渡せるほど安いものじゃないの。だから……そうね。裏口、でいいのなら構わないわよ」
「さすがに服を要求する、なんて野暮なことは言っていないさ。あと、表の客に見えなければいいってことなら、ボクたちにとっても都合がいいしね」
ヴァルクは広い街だけど、やって来て早々、乳母に似た女性に出会ってしまったのだ。これはミルドレッドに遭遇する可能性だって否定できない。さらにいうと、乳母本人にも。
とはいえ、どこにいるのか、だいたいの見当をつけておかなければ、その可能性を高めてしまうことだってあり得る。透視魔法で姿を消せすことはできるが、今はブルーノという同行者がいるため、なるべくそれは避けたかった。
人間に見せる魔法は必要最低限であること。これは魔女の鉄則だ。利用されないためには、相手に情報を与え過ぎないことが一番なのだ。
だけど時にはリスクを冒す必要がある。
「なにせボクたちは、ある人物を探しにやって来たんだからだ」
「……カーマイン公爵家に頼まれて?」
「そこまでは言えない。だけど、君の店にいる可能性もあると思うんだ」
ボクたちを田舎者扱いをした、ということは、それなりの高級店なのだろう。そうなると、店先をウロウロしていては怪しい者だと疑われる。すでにそう思われているんだろうけれど、それは目の前の彼女に対してなら問題はない。
今は自分の店に、該当する人物がいるのかどうか、頭をフル回転させていることだろう。
仮にミルドレッドに思い至ったとしても、カーマイン公爵家と関わりのある人間が、わざわざ彼女を探すことはあり得ない、という事実に行き当たる。なぜなら、公爵が今もミルドレッドの所在を把握しているからだ。
それは乳母が、今も尚、カーマイン公爵家に報告していることに他ならない。
「だから協力してくれないかな。悪いようにはしないからさ」
「言い方がすでに、悪いように聞こえるんだけど」
「そうかな。ボクは至って普通に交渉しているつもりなんだけど?」
まさか商売人の癖に、この程度のことでビビっているのかい?
「っ! 口の減らないガキね。別にやましいところなんか、一つもないんだから、好きに見ればいいわ」
「うん。交渉成立だ。ボクはユニティ。こっちは……」
さすがに本名はマズいよね。
「ルーノだ」
「ふ~ん。ユニティに、ルーノね。私はパティよ。パティ・セジベンス」
さすがによろしく、と握手を求められはしなかった。けれどそんなことはどうでもいい。
セジベンスという姓を聞いて、ボクはやはり、と内心ほくそ笑んだ。カーマイン公爵から聞いていた乳母の名が、ダーラ・セジベンスだったからだ。間違いなく、血縁者だろう。
ブルーノよりも若干年上に見えることから、娘か姪と見るのが妥当なところかな。
今度はボクの方がパティを値踏みしていると、どうやらそれは気に食わなかったらしい。「ふんっ」と、行先も告げずに歩き出してしまった。
まぁ、買い物帰りのようだから、このまま店に向かうんだろうけど。それに交渉した後だからね。これで店に向かわなかった方がおかしい。
「さて、ボクたちも向かおうか、ルーノ」
「……お前はそのままでいいのか?」
「ん? なんのことだい?」
「名前だよ」
「あぁ」
パティと少しだけ距離を取りながら、ブルーノに話しかける。
「カーマイン公爵家の縁者だと思うのならば、いずれ向こうに連絡をするだろうさ。その時、偽名を使っていたら、カーマイン公爵家の名に傷がつくし、ボクへの信頼も失うかもしれない。それは嫌だからね」
「……なんとなくだか、ユニティの基準が分かってきたような気がするな」
「ブ……いや、ルーノ如きに、分かった気でいられるのは嫌なんだけど」
「なんだと!」
「ちょっと! さっさとついて来なさいよ! 急いでいるんだから!」
ブルーノが声を張り上げたところで、ボクたちとの距離に気がついたらしい。パティがわざとらしく、速度を上げた。
「あの女、性格悪いぞ」
「何を今更」
会話だけでなく、初対面時の遭遇から見て取れるだろうに。何を見ていたんだか、と一息吐いた瞬間、あることを思い出した。そう今更、といえば……。
「そういえばなんだけど、咄嗟とはいえ、助かったよ」
「なんの話だ?」
「ルーノ、という名前。いつの間に考えていたんだい?」
「これは……市井に出る時に使っている名だ」
あぁ、なるほど。その名を使って、あの金髪の少女と、王都の街でデートをしていた、というわけか。何をそんなに言い淀む必要がある。
ボクはブルーノの様子を不思議に思いながら、パティの後を追った。





