第15話 喧嘩を売られたからには
王都で一泊した後、ボクとブルーノはカーマイン公爵領へと向かった。馬車を借りたり、幌馬車を利用したりすることも視野に入れたが、やはりここは転移魔法を使うことにした。
子守の期間は、短い方がいいからね。もしかしたら、エリアルのところへ行く可能性も否定できない、と思ったからだ。
そうしてやって来たのは、ヴァルク。カーマイン公爵領の中でも、二番目に栄えている街だった。一番は勿論、領主館が置かれている街である。
「ほぉ。なかなか素朴な感じでいい街だな」
「……ブルーノにしては、言葉を選んだね」
「ユニティが言ったのではないか。叩かれないように言葉を選べ、と」
「だけど今まで、それを実行しなかったじゃないか」
学習能力がないから、何度叩いてやろうかと思ったくらいだ。
「それは……どうしたらいいか、分からなかっただけだ」
ブルーノは攻略対象者だが、スパダリ系の王子でないことは、これまでの行動を見ていても分かる。だからこそ、ヒロインが支え、心の穴を埋めてもらうのだ。
ヒロインと共に成長する、それがブルーノルート。
つまり、不本意ながら、ボクがその役目をしてしまったわけだ。
「な、何をしている」
「頭を撫でているんだよ。伸び代があるのは、いいことだからね」
「伸び代って、当たり前じゃないか」
褒めるとすぐこれだ。だけどこれもまぁ、悪くないか。
そう思っていた矢先、後ろから不機嫌な声が飛んできた。
「ちょっと邪魔なんだけど。ここはあんたたちだけが使う道じゃないんだよ」
振り向くと、茶髪の女性が立っていた。両手には荷物を抱えている。買い物帰りには見えるけど、忙しいという感じではなさそうだ。なぜなら、ボクたちのいる道を見てほしい。
馬車が余裕ですれ違えるだけの広い道。幸いにも、今は馬車が走っていない。そしてボクたちがいるのは、道の端っこだ。
本当に急いでいるようなら、ボクたちのことなど無視すればいいのに……ご丁寧なことだ。
「悪かったね。道を塞いだつもりはなかったんだけど、どうやら君の邪魔をしたようだから」
茶髪の女性はボクの口調に驚いたのか、一瞬、ポカンとした顔になった。
ボクはボクで、その顔に身に覚えがあるような気がした。それがどこだったのか、誰だったのか、までは覚えていない。だけど今は、それを詮索する場合ではなかった。
ブルーノが、ボクの嫌味に乗ってきてしまったからだ。いや、素直に答えてしまった、と言った方が正しいか。
「何を言っている。こんなに道が広いのに、わざわざ俺たちがいるところを突っ切ろうとする方がおかしいのだ」
「分かっていないようだね。この女性は最短ルートで通りたいんだよ。だけど目の前にはボクたちがいる。邪魔なものを邪魔だ、と言ったに過ぎないんだよ」
「面倒くさい女だな」
「世の中にはね、そういう嫌がらせが好きな人間もいるんだよ。君も似た分類だと思っていたけど、どうやら違うようだね」
「一緒にするな」
ん? 今、ブルーノ以外の声もしたように聞こえたんだけど……どうやら気のせいじゃないようだ。
視線を横に向けると、思いっきり睨まれた。
なんで? わざわざ代弁してあげたって言うのに。ほら、ボクって親切な魔女だから。
「どうせあんたたちも、ウチの店に用があって来たんでしょう」
「店? なんのこと?」
「しらばっくれんじゃないわよ。このヴァルクは観光地じゃないの。服を作りに来たか、労働に来たかのどっちかでしょう? でも残念ね。この私を怒らせたんだから。もうこの街では、あんたたちを相手にする者なんかいやしないわよ。この田舎者どもが!」
茶髪の女性は一気に捲し立てると、ボクとブルーノの間を、わざとらしく肩を大きく動かして通っていく。
普段のボクなら、事故に遭ったと思ってやり過ごすんだが、間近で見る彼女の横顔を見て、思い出したのだ。先ほど感じた既視感の、その正体に。
「田舎者だと! この俺のどこが田舎者だというのだ!」
ボクが思考の海に沈みかけた瞬間、ブルーノが女性の腕を掴む。王子という身分が、彼女の発言を見逃すことができなかったのだろう。どちらかというと、彼女の方が田舎者だからだ。
本来ならば、ここは諫めるところ。だけどボクは思い出してしまったのだ。彼女が誰に似ているのかを。そうなると、話は別だった。
「着ているものを見れば分かるわよ。時代遅れのデザインに、安っぽい布で作られたフード。いかにも宿無しって感じがするし。お金、持っていないでしょう?」
「なんだと! これには事情があってだな。あと金なら王――……ゴッ!」
「すまない。連れが失礼なことを言ったようだけど、気にしないでくれ」
ボクはそれ以上、発言ができないように、ブルーノを箒で突いた。幸い、ブルーノが盾になってくれていたお陰で、彼女の方からは箒を出した瞬間は見えなかったことだろう。
さらにブルーノが蹲ってくれたお陰で、注意を引くこともできた。
「……別に構わないけど。ううん。なんか訳ありみたいだけど、私の認識は変わらないんだから、いいわね」
「ボクは田舎者だと言われても、目くじらを立てるほど子どもじゃないよ。だけど、この街に初めてやってきた者に対しては、些か横暴なんじゃないかな。君はどうやら、この街では力を持っている人物のようだし。毎回、こんな歓迎をしているのか?」
「そ、そんなわけ――……」
「ないよね。力のある者なら、力のある者らしく、余裕を持った接し方を心掛けるべきだね。特にボクたちのような流れ者に、そんな態度はよくない。余所で、どんなことを言い触らすか分からないんだから」
客商売なら尚更だ。評判は大事なもの。どうやらそのお客というのは、ヴァルクだけで賄っているわけではなさそうだし。ボクたちを田舎者扱いをしたことを後悔させてやろうかな。
ふふふっ、とほくそ笑んでいると、茶髪の女性は何かを察したらしい。
「わ、私を脅す気?」
「まさか。ただ事実を言ったまでだよ。だけど詫びをしたい、というのなら、そのお店を覗かせてくれないかな」
「はぁ~! 冗談じゃ――……」
「いいよ。ヴァルクで不当な扱いを受けて帰ってきましたって、報告するから」
「報、告? まさかっカーマイン公爵家に!?」
話が速くて助かる。ヴァルクはカーマイン公爵領なのだから、誰に、と言われれば、統治者である公爵を連想するのが筋なのだ。
さらにいうと、彼女の顔は、ミルドレッドの乳母によく似ていた。カーマイン公爵家の縁者であるからこそ、すぐに公爵と結びつけるのは当然のことだと言えよう。
ボクたちを田舎者だって息巻いていたけど、形勢逆転だ。さぁ、どうする?





