第14話 魔女の心配事と楽しみ
ボクが公爵夫人を苦手とするのは、おそらくミルドレッドを連想させるからだろう。ずっとミルドレッドを救いたい、と思って行動していたから尚更である。
だからブルーノに対して、意味なく嫌悪し、悪態をついているのだ。ブルーノはただ、乙女ゲームのことも、カーマイン公爵家のことも知らない、というのに。
けれどその片鱗を見ただけで対応できるのは、さすがは攻略対象者の一人だといえよう。ただのポンコツ王子ではない、ということだ。
「これなら、ミルドレッドを見ても大丈夫かもしれない」
なんの確信も根拠もなかったが、そう思えた。
「おい。何をごちゃごちゃ言っているんだ。さっさと行くぞ」
偉そうに。だが、カーマイン公爵邸では、この強引さに助けられたのだ。今は目を瞑っておこう。
なにせボクとブルーノは、今からカーマイン公爵領にいる、ミルドレッドの様子を見に行くからだ。いつもぶっきらぼうな口調をしているボクだが、いざとなると、ミルドレッドの姿を見る自信がない。だから長いこと、ミルドレッドの様子を見に行くことすらできなかったのだ。
もしも躊躇ったり、足がすくむようなことがことがあったりしたら、そんな時は今のように、ブルーノが助けとなるだろう。
「えーっと、カーマイン公爵領に行くには、こっちか? おい! どっちだ?」
前言撤回。何を弱気になっているんだ、ボクは。こんな右も左も分からない奴に頼ろうとするなんて……。
「バカげている」
「なんだと! あまり王都から出たことがないんだから仕方がないだろう」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。あと、ブルーノ王子様の恰好は目立ちすぎる。着替えることも含めて、今日は一旦、王城に戻った方がいいだろう。出発はいつでもできるんだから」
ボクは着の身着のままでも行動できるけど、ブルーノは人間だ。きちんと準備をした方がいいだろう。
「だが……」
「ただ様子を見に行くといっても、何が起こるか分からない。ブルーノ王子様のことは、国王から預かっている身だから護衛はするけど、自分の身は自分で守ってもらわないと困るからね」
そもそもブルーノに捕まった時、ボクは金髪の少女の様子を見に行ったのだ。しかもあの場所は、子爵家の領地。王都から離れている場所だ。
そこに護衛も付けずに一人で現れた、ということは、運が良かったのか。もしくは乙女ゲームの攻略対象者らしく、それなりの腕を持っているのかもしれない、ということだ。
これまでのブルーノの印象が悪すぎて、想像すら脳が拒否していたのかもしれない。
「念のために聞くけど、剣の腕は?」
「自信はある」
一瞬、箒を出現させようか、どうしようか、葛藤した。
「根拠のない自信を、誰が信じろと?」
「なら、どう答えればいいんだ」
「簡単なことだよ。毎日、どれくらい剣に触れていたとか。謹慎処分を食らっていたから、何カ月、剣に触れていないとか。そんな些細な出来事でも図れるものだよ」
金髪の少女と遊んでいたようだから、あまり期待していないけど。
「……剣を持たずとも、鍛錬はできる。毎日やらないと、体の調子が狂うんだ」
「へぇ~。意外だね」
「俺への認識が低いのは知っていたが、感心されると腹が立つな」
「ごめん。でもそうだね。鍛えていなければ、あの時、ボクを捕まえることなんてできなかったと思うから」
油断していたボクも悪いんだけどね。でも、納得できるだけの材料であることには間違いない。
「納得してもらえて何よりだ。これで多少は道中、国民に醜態を晒さずに済みそうだからな」
「醜態?」
「この間から俺の頭を、箒でバシバシ叩いているだろう。アレのことを言っているのだ!」
ふむ、とボクは首を傾けて問いかけた。
「……それのどこが醜態だと?」
「王子としての威厳がな――……」
「それだ!」
「はぁ~。突然、何を言いだすんだ。ボケたのか?」
その瞬間、条件反射ともいえる速度でボクは箒を出現させて、ブルーノの頭に一発、お見舞いしてやった。
「言った傍から何をするんだ!」
「いくらボクが百歳を超えた魔女でも、言ってはいけないことくらいある、とわざわざ教えてあげたのが気に食わないというのか?」
「……す、すまん。以後、気をつける」
「よろしい」
若かろうが、老齢だろうが、女性に対して言っていいことと悪いことがある。特に年齢に関することは。
「分かってくれたところで、これから共に行動する上で、大事なことを思い出したんだよ」
「大事なこと? なんだ、それは」
「呼び方だ。今までボクはブルーノ王子様、と呼んでいた」
内心は呼び捨てにしていたが。
「これまで通り、道中でも同じ呼び方をしていたら、マズいだろう? 政治的なことは知らないけど、色々とさ」
「……そうだな。国民にどのくらい、今回の出来事が知れ渡っているのかは分からない。色々とあることないこと、噂されるのも嫌だしな。敬称はない方がいいと思う」
「うん。それはボクの方も同じでね。魔女って呼ばないでほしいんだ」
「なるほど。では、これからは敬意も払わなくていいんだな」
ん? 敬意などあったか? まぁ、今は置いといて。
「ならボクも、同様に扱わせてもらうよ。構わないよね。そっちが先に言い出してきたんだから」
「ど、同様とは?」
「そんなに警戒しなくていいよ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと荒っぽくなるかな」
「これ以上にか!? それはダメだ。敬称は外すが、態度はこれまで通りで頼む!」
えー、と思ったが、ブルーノの必死な態度に、思わず吹き出してしまった。そんな乱暴なことをしていたつもりはない、というのに。
なんだかんだで、意外とこの子守も楽しいな。最初は面倒事を押しつけられたと思っていたが、これはこれでからかい甲斐がある。





