第13話 呼んではいけない名前
「それで、どうやって国王を躱したんだ? 当時はまだ国王でなくても、王族には変わらないのだから、断ることは難しかっただろう?」
ボクは素朴な疑問を投げかけた。
カーマイン公爵家は王家に匹敵する力を有している家門だから、途中で横やりを入れられれば対抗できる。
けれど公爵夫人の実家はブルーノが言った通り、侯爵家だ。王家とカーマイン公爵家を天秤にかければ、どちらかを選ぶことなど、一目瞭然のような気がしたのだ。
「ふふふっ。政略結婚といっても、何度か会っている内に、心を通わせることはできるものよ」
「つまり国王は遅かったということか」
「その通り。でも国王も、なかなか諦めてくれなくてねぇ~。困ってしまったのよ。私の実家は、国王の申し出を断れるだけの力もなかったし」
まるで誰かさんを彷彿させるようだと思い、隣に視線を送った。まさに今、ボクも困っているからだ。
「すると、公爵の方が動いたのか?」
「えぇ、そうなのよ、ユニティちゃん。あの人が説得しに行ってくれてね。それで国王が引き下がってくれたのはいいんだけど、一つだけ困った問題を作って来てしまったのよ」
「どこまでもお騒がせな国王だな」
さすがはブルーノの父親である。ボクにも問題を押しつけてきて……!
「それで、どんな問題だったんだ?」
「子どもが生まれたら、自分の子どもと結婚させろって。つまり、ミルドレッドとブルーノ王子との婚約の約束が、そこで結ばれてしまったのよ」
「……なるほど。十八年前、公爵が婚約解消は難しい、と言った理由は、それだったのか」
公爵夫人がダメならば、その人に似た子どもが欲しい。そういう考えの人間がいることは知っていたが、まさか国王も同じ分類の人間だったとは思わなかった。
だってそうだろう? 確実に、公爵夫人に似た娘が生まれてくるとは限らないのだから。息子の場合だってあるだろう。もしくは公爵に似た娘とか。
そもそも本人たちの意思を尊重しないところが解せない。まぁ、ボクが言えた立場ではないんだけど。
幸い、ミルドレッドの髪や瞳は公爵の方を引き継いだが、顔は母である公爵夫人に似て生まれた。そして国王の望み通り、ブルーノと婚約させたわけか。
乙女ゲームのプレイヤーにとっては、知っても知らなくてもいい情報である。ブルーノルートでヒロインが幸せになるためには、婚約破棄は必須事項なのだから、わざわざプレイヤーに教える義理はない。
さらにいうと、ボクがその情報を知っていたとしても、できることは何もないのだ。
「婚約解消? そんな動きがあったとは初耳だぞ?」
「そりゃ、当事者に言わないだろう。公爵家から婚約解消の打診があったなど、当時はブルーノ王子様も赤ん坊なのだから。仮にそんなことがあったと、幼少期に伝えられたとしたら、ブルーノ王子様はどうする? 婚約者に対して、素っ気ない態度を取らない、と自信を持って言えるのか?」
「……言えないだろうな。婚約破棄を言い渡しはしたが、幼い頃はこれでも仲良くしようと努力したのだ」
「まぁ! 嬉しいわ。エリアルちゃんと仲良くしてくれたのね。ありがとう。エリアルちゃん、可愛かったでしょう?」
前のめりになる公爵夫人に、ブルーノが戸惑っている様が、横にいても伝わってくる。ボクは咄嗟に念話を使ってアドバイスをした。
『話を合わせろ。ブルーノ王子様にとってはミルドレッドだったんだろうが、エリアルだと言え。けしてミルドレッドと呼ぶな』
先ほどは自らの口で「ミルドレッド」と言っていたが、外部から呼ぶのは危険だ。何がトリガーになるかは分からないとし、この屋敷では暗黙のルールとなっていた。
「……あ、あぁ、可愛かった。俺の身分が王子だと知ると、目をキラキラさせて。だけどその目は他の者と違って、俺を利用しようとかそういうんじゃなくて、純粋に憧れというか、そんな眼差しだったから」
「エリアルちゃんは好奇心旺盛だから、王子と聞いて、絵本の中の王子様だと思ったのね。よくせがまれた絵本は、どれも王子様が出てくるものばっかりだったのよ」
懐かしそうに言う公爵夫人。ボクはホッとしつつ、よくやったとばかりにブルーノを見た。するとブルーノの方も、懐かしそうに苦笑している。
これはミルドレッドだけでなく、エリアルの方も見に行った方がいいかもしれないね。あくまでも様子見だけど、あと腐れがない方がいいに決まっている。
だけどエリアルはいつ、自分が転生者だと知ったんだろう。公爵夫人とブルーノの話を聞く限り、幼少期ではないようだ。でも王子様と聞いて憧れる様は、まさに乙女ゲームのヒロインだと思えた。
「それと同時にね、ユニティちゃん。エリアルちゃんは魔女にも興味を示していたわ」
「ボクに? いや、そうとも限らないか」
「いいえ。魔女が出てくる絵本もあったけれど、我が家に出入りするユニティちゃんを見てからは、凄くてね。自分もお話したいって何度かせがまれたのよ。でも、ユニティちゃんがエリアルちゃんまで連れて行ってしまうんじゃないかって思ったら、できなかったの」
「すまない」
実際、ボクとエリアルが会ったことで、彼女から遠ざける行動を取ってしまったのだ。
「ううん。代わりにユニティちゃんがいてくれるもの。だから大丈夫」
痛々しいまでの笑顔を向けられて、ボクはどんな顔で応えたのだろうか。ただ、「また来るよ」とだけ言ったのは覚えている。それ以外はおぼろげで、気がつくと屋敷の廊下を、ブルーノに腕を掴まれたまま歩いていたのだ。
「お前の弱点は公爵夫人だったんだな」
そう言われるまで気がつかなかったとは、不覚である。けれどこの時ばかりは、気遣いのできないブルーノがいてくれて良かったと思った。





