第12話 公爵夫人の病んだ心
正直に言うと、ブルーノを伴って公爵夫人の部屋を訪ねるのは、どうかと思っていた。同性のボクはともかく、ブルーノは男。
先ほどのカーマイン公爵の態度を見ても、連れて行くべきじゃないと思った。けれど相手側がいいというのだから、ここは大人しく、お言葉に甘えさせてもらうことにしたのだ。
公爵夫人の部屋へ案内する執事も、何も言わない。うん、大丈夫だろう。
「奥様。お嬢様が参られました」
執事が扉をノックする。今のボクの姿は、ミルドレッドではないし、貴族令嬢とはかけ離れた風貌だ。さらにいうと、ボクはカーマイン公爵家の令嬢ではない。
お嬢様呼びは、なんだかむず痒かった。それでも扉の向こうから駆けて来る足音が聞こえれば、そんな感情など吹き飛んでしまう。
「ユニティちゃん、いらっしゃい」
緩やかな水色の髪を一つに束ねた美女に、満面の笑みでそう言われれば、こんなボクでも笑顔で返してしまう。公爵夫人には、そんな破壊力があった。
さらにいうと、この世界でボクのことを「ユニティちゃん」と呼べるのも、彼女くらいだろう。後ろでブルーノが笑いを堪えているように感じるが、公爵夫人を目の前にして、いい度胸である。
「さぁさぁ、入って入って〜。待っていたんだから」
「すまない。公爵と少し話し込んでしまったんだ」
「いいのよ、このくらい。それに、後の方がゆっくりお話できるでしょう?」
公爵夫人の距離感に戸惑いつつ、話を合わせる。
十三年前。エリアルに変身魔法を施してから、公爵夫人の振る舞いも次第に変化していった。ミルドレッドの姿をしていても、中身はエリアルであり、実の娘ではない。そう忠告したからなのか、公爵夫人も懸命に努力したのだろう。
結果、妙にテンションの高い性格へと様変わりしたのだ。エリアルがボクにミルドレッド役を押し付けたのは、おそらく公爵夫人も原因の一つだったのだろう。
それが分かっていたから、ボクもまた、逃げるように学園へ入学したのだ。乙女ゲームの舞台でもある学園は、全寮制だったのがせめてもの救いである。
だからボクがミルドレッドの姿で公爵邸にいたのは、ほんの僅かでしかない。それなのに、この歓迎振りだ。悪化した、ということなのだろうか。
「実は今日、連れがいるんだ。それでもいいかい?」
「連れ?」
どこに? と首を回す公爵夫人に、ボクは少し横にずれて、ブルーノが見えるようにした。
「あら……ユニティちゃん、これはどういうことなのかしら?」
「王命で、ブルーノ王子様の子守をすることになったんだよ」
後ろで「おい、子守とはどういうことだ」という声が聞こえたような気がしたが、今は構っていられない。普通の人から見れば、公爵夫人は穏やかな人物そのもの。けれど以前の彼女を知っている者からすれば、時限爆弾のように見えてしまうのだ。
「まぁ、国王はユニティちゃんにまで迷惑をかけるのね」
「にまで、とはどういうことだ?」
「……話が長くなりそうだから、とりあえず中に入って。ブルーノ王子も……久しぶりね」
どうやら、ちゃんと認識していたようだ。冷静とは言い難いけれど、一先ず大丈夫そうだと胸を撫でおろした。
さすがのブルーノも、その異変には気づいたようだった。いくらカーマイン公爵家に害をなした、とはいえ、謀っていたのはこちらも同じ。先ほどの公爵の態度もそうだったが、自分を蔑ろにされる自覚はあったのだろう。
けれど公爵夫人の反応は違う。ブルーノを認識しているものの、脳が拒絶しているかのような、そんなふわふわした感じなのだ。
ボクはブルーノに向かって、精神魔法の一つである、念話を使った。
『見ての通り、公爵夫人は精神を少し病んでいる。原因は……まぁボクなんだけど、あまり刺激しないように、いいね』
応接間の時のようなことはするな、と忠告したのだ。ブルーノからボクへは念話を送れないため、頷き一つで答えてくれた。
「さぁ、座って~」
公爵夫人に促されて、ボクとブルーノは共に着席する。相変わらず公爵夫人の部屋は、メルヘンチックだった。子ども部屋ならまだしも、ここは一児の母であり、人妻の部屋である。
その幼すぎる部屋が、今の公爵夫人の心、そのものに思えてならなかった。ブルーノは王子だから、身だしなみもバッチリ。王子と知らない者が見れば、いいとこのボンボンか、貴族の令息だと思うだろう。
片やボクは、黒いフードを纏った、如何にも魔女だと分かる恰好だった。ブルーノは気にしていないが、ボクは居心地が悪くて仕方がない。早速、本題を切り出すことにした。
「国王とは、何か因縁でもあるのか?」
「え? あぁ、さっきの話ね。ちょうどブルーノ王子もいることだし、婚約も破棄されたから言うけど、実は昔、国王に求婚されたことがあるのよ」
「……確か、カーマイン公爵夫人は、結婚される前は侯爵令嬢だと聞いた。だから父上が求婚したとしても、おかしくはない」
輿入れできる身分の令嬢の中に、意中の相手がいるのなら、そりゃ申し込まない手はないだろう。
「でもね、その時にはもう、夫との結婚が決まっていたの。しかも政略結婚だったものだから、国王も勘違いしたのね。同じ政略結婚なら、自分の方が好条件だと言ってきたのよ」
思わずボクは、ブルーノを見た。子が自分の婚約を断ち切ったのなら、親は他人の婚約を壊そうとしたらしい。
魔法でブルーノの心を覗かなくても分かる。「さすが父上。スケールが違うな」とでも思っているのだろう。その感心した顔に、一発、お見舞いしてやりたくなった。





