第11話 公爵の不機嫌な理由
「それでブルーノ王子と共に、こちらにやって来た、というわけか」
応接間に響き渡る、カーマイン公爵の不機嫌な声。明らかに歓迎されていないことが窺えた。正体がバレて、公爵家にも迷惑をかけてしまったから、その態度は理解できる。
「すまない。勝手に学園を出た挙句、そのまま姿を消して、責任のすべてを公爵に押し付けてしまった」
「ユニティ殿。そちらについては、ミルドレッドの未来を聞き、エリアルを引き取った時から覚悟していたことだ。逆にミルドレッドや妻、エリアルに心を砕いてくれたことに対する謝礼だと思ってくれたまえ」
「そ、そうか」
公爵に笑顔を向けられ、不覚にもドキッとしてしまった。ボクがエリアルと入れ替わり、ミルドレッドでいたことは、当然、公爵も知っている。さらに公爵夫人やこの屋敷の使用人たちも認識済みである。お陰で、カーマイン公爵邸にやって来た時、温かく出迎えられた。
特に公爵夫人には、「もう来ないのかと思って、心配したのよ」と涙まで浮かばれてしまったほどだ。今のボクの姿がミルドレッドでなくても、長い月日がそうさせたのか。はたまたまだボクをミルドレッドだと思い込んでいるのかは分からない。
だけど、悪い感じはしなかった。
今世での家族は、育ててくれた魔女だけど、前世を思い出した今は、ちょっと違う気がしたのだ。そう、家族というより仲間、だと思うからだ。
大切だけど、仲間と家族は違う。カーマイン公爵から感じるのは、前者だ。共に見守り、守っていきたい仲間であり、同志という間柄。
逆に公爵夫人から感じるのは、無償の愛情だ。もしも前世を思い出していなかったら、気づかなかっただろう。むしろ煩わしいと感じていたかもしれない。
公爵夫人にも、後で挨拶に行かなければ、帰る時に追いかけてくるかもしれない。それこそ、ブルーノのように。
「では、なぜそんなに不機嫌な態度を取るんだ?」
「それはこちらのセリフだ。このような事態となった元凶と共に現れれば、不機嫌になるのも分かるだろう。なぜそうなったのか、尋ねても?」
「うん。構わないよ」
ボクはこれまでの出来事を、カーマイン公爵に説明した。最初にブルーノが追ってきて、責任を取れ、と言ってきたことから、まさかの王命に転じてしまったことまでの一部始終を。
「それでどうすれば、王命を達成することができるのか、と考えた結果、ミルドレッドに行きついたのさ」
「……つまり、今のミルドレッドを見に行くと? それもブルーノ王子を連れて」
「うん。ボク自身は、落ち着いたら見に行こうとは思っていたんだよ。彼女の運命を変えてしまったのは、他ならぬボクだからね。責任というわけではないけれど、それなりにいつも、心に留めていたんだよ。あの時のボクの選択は間違っていなかったのか。それとも、逆にミルドレッドを不幸にさせてしまったんじゃないのかってね」
運命を弄んだ魔女だと自分に言い聞かせて来たけど、結局のところ、ボクは小心者なんだよ。
「なるほど。ではブルーノ王子を同伴させるのは、ユニティ殿にとっても予想外の出来事であったと、思ってもよろしいか?」
「うん。その解釈で間違いないよ。不本意でもあったしね」
「おい! それは随分と失礼なんじゃないか!」
「ブルーノ王子様。先ほどのカーマイン公爵の話を聞いていなかったのか? 「このような事態となった元凶と共に現れれば」、と言ったんだよ。元凶が誰のことだか、まさか分からない、とまでは言わないよね」
ボクは隣で、ずっと大人しくしていたブルーノに視線を向けた。それは応接間に入ってから、いやカーマイン公爵邸に入ってからであったため、思わず存在を忘れて話し込んでしまったのだ。
まぁ、それがいけなかったのもあるんだけど。こんな話の折り方……さすがはブルーノか。学園の食堂で、いきなりボクに婚約破棄を言い渡しに来たくらいだからね。
「……通常の生活に戻れなくなったんだ。その原因が、自分の引き起こしたことくらい、理解している。カーマイン公爵に迷惑をかけたこともな」
「理解しているのであれば、我が家のことはそっとしておいていただきたい。勿論、ユニティ殿も含めて」
「カーマイン公爵家のことは分かるが、なぜユニティも該当するのだ」
「……一時とはいえ、ユニティ殿は我が家の娘であったわけだから」
「だが、魔女だぞ。本人も百歳を超え――……」
「私と妻にとっては違う。最初はそうだったかもしれないが、ユニティ殿もエリアルも、私たちにとっては娘も同然。そしてブルーノ王子は、娘に危害を加えた者に等しい」
「何を言うか! 俺は被害者だぞ!」
間違っていないけど、ここで火に油を注ぐ所業。何様を通り越して、哀れだな。
「ここに来る前も、何度ユニティに叩かれたか」
あっ、そっちの被害者か。
「その代わり、できたたんこぶに、回復魔法を使ってあげたじゃないか」
「傷は治っても、受けた痛みは覚えている!」
「だったら、叩かれないように言葉を選ぶんだね。さっきも危うく叩きそうになったよ」
すると、余程叩かれた時の記憶が強かったのか、ブルーノは両手で頭をガードした。一連の出来事を知らないカーマイン公爵は、それを見て、目をパチクリさせている。
その対照的な光景に、思わず吹き出しそうになった。
「公爵。この通り、ブルーノ王子様は、ボクが責任を持って管理するから安心していいよ。それに、ミルドレッドの様子をただ見に行くだけだ。干渉するつもりはないし、させないよ」
「すまない。どうも妻の影響で、ユニティ殿を娘と同じように見てしまう。そうだな。ユニティ殿なら、ミルドレッドを守ってくれる。あの子が赤ん坊の時から、そうだったように……」
「ミルドレッドは、ボクが祝福を与えた子だよ。当たり前じゃないか。だから、領地のどこにいるのか、教えてもらえるかな?」
実は何かの影響があったら困ると思って、今までカーマイン公爵からミルドレッドの詳細を聞いていなかった。今、どこに住んでいて、どんな偽名を名乗っているのか。また、どんな風に過ごしているのか、もだ。
カーマイン公爵は、その質問に快く答えてくれた。
さて、次は公爵夫人に挨拶をしていかないとね。黙って立ち去ったら立ち去ったで面倒だけど、会いに行くのも……ちょっと面倒。いや、歓迎してくれるのは有り難いんだ。だけど、それがちょっと過剰というか……なんであんな風に変わっちゃったんだろう。その一端はボクなんだろうけど。
ブルーノを、公爵邸で一人にしておくわけにはいかず、ボクたちは応接間を出ると、そのままの足で公爵夫人の部屋を訪ねにいった。





