第10話 魔女と王子は犬猿の仲(?)
その後、カーマイン公爵邸に度々訪ねに行っていたが、ボクが心配するようなことは何一つ起こらなかった。また、公爵邸の者たちも事情を知っているため、もうボクの訪問を訝しげに見る者もなく、自由に出入りすることができるようになったのである。
「なんだと! つまり俺が、初めてカーマイン公爵令嬢に会った時はすでに、別人だったとでもいうのか!」
「……もう一回説明しないと、この頭は理解できないのかな?」
謁見の間にブルーノの声が響き渡った瞬間、スパーンと乾いた音が後に続いた。
「痛いじゃないか!」
「そりゃ、痛いと感じるように叩いているからね」
逆に痛みのない叩き方をしてなんになる。
「俺はただ、確認のために聞いただけだ。理解はしている!」
「だったら、わざわざ叫ぶことはないだろう」
うるさいんだよ、という言葉が出かかったが、すぐにブルーノが応戦してきたお陰で言わずに済んだ。
「これが叫ばずにはいられるか! ずっとカーマイン公爵令嬢だと思っていた人物が、カーマイン公爵令嬢じゃなかったんだぞ」
「……まぁ、そうだね」
「しかも、ここにいるお前ではなく、別の人物とか……あり得ないだろう」
そうか。ボクとミルドレッドの間に、もう一人いることに驚いたのか。しかも会ったことはあるけれど、ボクが変身魔法をかけたせいで、本来の姿を知らない。
ブルーノからすれば、ある意味、幽霊と変わらない存在に思えたわけか。
「悪かったね。ブルーノ王子様の言うことも一理ある」
頭を押さえるブルーノに向かって、ボクは手を向けた。先ほど箒で叩いたからか、何か攻撃されると思ったらしい。
攻撃なんてしないのに、とほんのちょっと傷つきながらも、ボクは回復魔法をブルーノにかけた。
「今度はなんだ」
「叩いた詫びだよ。まだ痛む?」
「いや、痛くはないが……」
「何?」
「気味が悪い。何か企んでいるんだろう!」
人の善意をなんだと思っている。いや、ボクをなんだと思っているんだ。これまでブルーノにしてきた態度を棚に上げて、ボクは内心悪態をついた。
さらにもう一回叩いてやろうか、と箒を振り上げた。
「待て待て。早まるな」
「それはこっちのセリフだよ。まったく。見直したと思ったけど、やっぱり間違いだったみたいだね」
ボクはため息を一つ吐き、玉座に体を向けた。
「国王、またブルーノ王子様が脱走しないように、ちゃんと監視をつけてくれよ。追いかけて来られても困るんだ」
「ふむ。時に魔女ユニティ。一人になって、これからどうするのだね?」
「これから? 直近だと、カーマイン公爵に挨拶をしに行く予定だけど……国王。ボクの話を聞いていたか?」
「勿論。だからこそ尋ねたのだ」
なんだろう。次の言葉を待たずに、ここから立ち去った方がいい気がする。
けれどここは謁見の間。魔法の使用を禁止されている。それは魔女であっても例外ではない。国王よりも上であるためには、人間のルールも重んじるように、と他の魔女たちから口を酸っぱく言われていたからだ。
人間と程よい距離で、上手に付き合っていくやり方なのだと。力はこちらが上でも、数は圧倒的に人間が多い。それがたとえ有象無象であっても、集団の力は大きな波となり、中にいる者でも止められないほど力となることがある。
前世で見たSNSの誹謗中傷がまさにそれだ。言葉の刃が本物の刃物になったら、ボクたち魔女は、きっと太刀打ちできないだろう。
だからボクは踵を返し、静かに謁見の間から立ち去ろうとした。だが、隣にいるブルーノに腕を掴まれてしまった。
「まだ父上の話が終わっていない。いくら魔女でも無礼だろう」
「……ブルーノ王子様に礼儀を教わるとはね」
世も末だと思った。いや、末なのはボクの方か。聞きたくもない言葉を聞く羽目になってしまったのだから。ニヤリと笑う国王が憎たらしい!
「魔女ユニティ。ブルーノがそなたを追ったのは、責任を取らせるためだと聞いた。間違いはないか?」
「はい。ありません」
どうしてお前が答える!
「俺と件の令嬢は謹慎処分。カーマイン公爵も、しばらくは登城しないということなのに、元凶である魔女ユニティに何も下さない、というのは不公平です」
「ボクに謹慎処分なんて、ほぼ意味を成さないんだからいいんだよ。この国からしばらく距離を置く。これなら、皆と同じくらいの罰だろう?」
ミルドレッドやエリアルの様子を見に行きたかったけど、仕方がない。こうでも言わないと、収拾がつかないと思ったのだ。
「意味を成さない罰などあり得ん!」
「いいんだよ。ボクは魔女なんだから!」
「……ではこうするのは、どうだろうか」
ボクとブルーノが睨み合っていると、玉座から穏やかな声が降ってきた。
「魔女ユニティよ。しばらくの間、ブルーノを預かってはもらえないだろうか」
「嫌だね!」
何を親子揃って同じことを言うんだ。血迷ったのか?
「ふむ。それだけキッパリ言うのだ。罰としもちょうどいいだろう。嫌いな相手としばらく行動を共にすること。ブルーノもまだまだカーマイン公爵令嬢について知りたがっているようだし」
それはお前だろう、と言いたかったが、隣にいるブルーノも満更ではない顔つきだった。
「共に行動をし、見届けるのも一興。魔女ユニティに見聞を広げてもらうのもいいだろう」
「何をめでたしめでたし、と締めているんだ。ボクは子守なんてしないぞ」
「誰が子守だ!」
「お前のことだ!」
そしていつまで腕を掴んでいる気だ、とばかりにボクは箒をブルーノの手を目がけて振り下ろした。





