秘密協定
「さて、それでは御二人が置かれた現状に関して情報共有していきましょうか」
蒼一とブリ雄のちょっとした言い争いも落ち着いた頃を見計らって、アイゼンがそう告げる。
「俺達の置かれた状況、ですか?」
「えぇ、正直言って現段階でもうかなり怪しまれている状況です」
「でしょうね、霧隠れの山の件に屋敷を購入する為に強力なモンスターを一晩で大量に狩ってきた訳ですから」
「この提案をもう数日早く行えていれば誤魔化しようもあったんですけどね。事実確認の為に他の支部に情報共有してしまったので今更"アレは何かの手違いでした"は通用しません。昨日持ち込まれた素材に関しても、うちだけで捌き切れない分を他の支部に流したりしてるので、その出所に関しても説明済みなんですよ」
「つまり、ここ数日の我々のやらかしはニーヴァ全体に知れ渡っていると考えた方が良いと」
「そうですね。流石に末端までは届いていないでしょうが、少なくとも指導者層には知れ渡っているでしょう」
「もしかして、もう手遅れだったりします?」
ここ数日のやらかしという事は、蒼一とブリ雄が霧隠れの山の問題を解決したことも、その原因がグロングリドの長であるネヴァハシュラウツであるという話も、そして屋敷一軒の代金をたった一晩で稼いできたという話も漏れなく伝わっている筈だ。
「現状であればとんでもない実力者という事でゴリ押し出来ない事はないですが、そのとんでも具合が本当にとんでもないんですよねぇ……」
本当の事を書いているのに現状で既に偽造を疑われるレベルで信憑性の薄い二人のやらかしにアイゼンは頭を抱えてしまう。
とはいえ一度正式な書類として報告を上げてしまっている以上、もう取り消しは利かないし、素材に関しては現物もあるのだから何かの手違いというのも通用しない。
報告してしまった事は事実として扱い、そこからどうするかを考えなければならなかった。
「恐らくですが指導者層の半数以上は放置しておいて大丈夫でしょう」
「あれだけの事やらかしといてスルーしてくれますかね」
「あれだけの事をやらかしたからこそ、ですよ。その突飛な内容に殆どの者が半信半疑、いや二信八疑くらいで考えてるでしょう。ただ昨日持ち込まれた素材を捌くのに協力して貰う支部長達については現物がこうしてある以上は無視は出来ないですね」
「どうする気ですか?」
「そうですねぇ……暗闘にはなりますが時間を掛ければまぁ何とかならない事も無いですよ。ただ非常に面倒ですし、労力や時間を掛けている間に状況がどう転がるか分からないというのも加味すると、正直言ってやりたくはないですね。となると私が取れる手段の中でそれらの問題をクリアしつつ、確実な方法となると一つしかないんですよね」
「一つはあるんですか?」
「えぇ、まぁ……但しその為には一人この秘密協定の巻き添えにしなければなりません」
巻き添えとは随分な言い方だが、秘密を共有させられた挙句に国家の命運を握らされると考えればその物言いも仕方ないのかもしれない。
「それでその一人とは?」
「ニーヴァの社長ですよ。頭の協力が得られたなら御二人の秘密を格段に隠し易くなります」
「社長ですか……確かにそんな人の協力が得られれば心強いですけど、色々と大丈夫なんですか?。俺達はその人がどんな人か知らないし、人格とかそもそも協力を得られるのかとか」
「人格に関しては問題――蒼一さんが危惧するような問題は抱えてないですよ、えぇ」
「今の間は一体何ですか」
「いえ、あの人の人格に一切の問題がないとは流石の私も偽る事が出来なかったと言いますか、仕事の出来と人格の腐敗具合は必ずしも比例するものではないというのを私はあの人から学んだので、えぇその点に関しては安心して大丈夫ですよ。仕事が出来るのは間違いないですから」
「……一応聞いておきますが、それってデミスさんの時のような"匂わせ"ではないですよね?」
以前、アイゼンがデミスの事を二人に伝えた時、わざと相手の不安を煽るような言葉を選んでいたのを思い出したブリ雄がそう確認すると、アイゼンは勿論だと言わんばかりに頷いて見せる。
「今ここでそんな事をして何の意味があるんですか。これは匂わせなどでは断じてありません。あの人の人格が腐敗しきっているというのは私が断言しましょう」
「それはそれで不安しか無いんですけど、本当に大丈夫なんですかその人」
「秘密協定を結ぶ協力相手という意味では問題は在りませんよ。あの人は間違いなく有能ですから」
つまりそれ以外の意味では碌でもない相手という事だろう。
出来ればそんな人物とは関わり合いになりたくないが、ニーヴァの社長でありながらもアイゼンがここまで苦言を呈するとは一体どんな人物なのかと怖い物見たさというか、蒼一は好奇心を抑えられなかった。
「その人ってどんな人なんです?。男?女?」
「生物学上は女ですよ。ただ女は女でも悪女の類ですが、流石に五百年も生きてると性格も腐敗が進むんですかねー。ははは」
「ご、五百年?その社長さんって何者なんですか?」
「ウチの社長はエルフ族なんですよ」
エルフ――ファンタジー物の定番とも言える種族の登場にテンションが上がりそうになった蒼一だったが、それも直ぐに人格に難があり過ぎるという事を思い出し急激にテンションが落ちていく。
「あの、その人格に難があるっていうのは例えば極度の人間嫌いとか、そういうのだったりします?」
もしそうであれば蒼一の抱くエルフのイメージ通りではあるので許容範囲内なのだが、そんな蒼一の希望もアイゼンはアッサリと否定する。
「そんな事はありません。むしろあの人は短命である私達人間の事をとても深く愛しています。他の種族と違って私達は寿命の短さに比例するように成長速度も段違いに早い、それがあの人にはとても喜ばしい事なのですよ。"教えた事は何でも覚える、直ぐに吸収する、だから人間は教え甲斐があって面白い"とはあの人の談です」
「なるほど、しかしそこだけ聞いてると真っ当な、むしろ良い方に思えてきますが、何が問題なんです?」
「あの人は人間の成長に期待している、いや期待し過ぎているんですよ。教える事が毎回数段飛ばしというか"成せば成る、後は気合と根性の問題だ"でゴリ押そうとするんですよね。ただそれだけなら私もここまで悪くは言わないんですが、今まで歴史などの座学を教えていたと思ったら、ある日突然街の外へと連れ出されてモンスターが蔓延る森で五日間の現地調達極限生活をやらされたりとか、教える事にまるで一貫性も無ければ脈絡も無いんですよ」
「それは……何とも破天荒な方ですね」
今まで机に向かい合って勉強を教わっていたと思ったら翌日にはモンスターと向かい合わさせられていたとか、正直破天荒の一言で済ませて良い人物ではない。
「あの人は自分に教えられる事なら相手の意見を無視して何だって教えようとするんです。本当に、なんでもかんでも……」
その瞬間、アイゼンの顔に影が差したのを見て、多分アイゼンも過去にそんな碌でもない事を教えられた経験があるのだろうと蒼一とブリ雄は薄々理解する。
そんな暗い顔をするアイゼンを見兼ね、蒼一がわざとらしく明るい口調で言葉を話す。
「で、でもその教えがあったからこそ、今こうして立派に支部長が出来てるんですよね!」
「そうですね。あの人の教え子の中でも特に出来が良いと判断された者達はあの人の推薦で支部長の座に就いています。なので年二回の支部長間での定例会議が被害者の会とか言われたりする訳ですが……」
実際、支部長同士が顔を突き合わせれば自然と共通の話題である"あの人"に関する物が多くなるので強ち間違いでもない。
「もし過去に戻れるなら、あの人にだけは物を教わるなと過去の自分を必死に止めるでしょうね。最悪手足の二、三本捥ぎ取ってでも引き摺って――」
「待って待って!アイゼンさん落ち着いてください!顔が怖い事になってますから!あと過去の自分に何する気ですか!?」
「何って救済ですよ。あの人と出会わなかった未来が存在するならばその為に四肢を捧げても私は惜しくありません」
「どんだけ社長の事嫌ってるんですか」
これはモンスターの前に放り出されたとか生命の危機以外にも色々とあったんだろうなとそれ以上深堀するような真似はせず、二人は話題を変える。
「兎に角、その社長に協力を仰ぐとしてどうするんです?。携帯で連絡するんですか?」
「本当なら顔も合わせずに済むのでそうしたいところですが、事が事ですので実際に顔は合わせた方が良いでしょうね。あの人なら御二人の魔力を感知出来る筈ですし、それだけで信じてくれるとは思っていませんが、少なくとも判断材料の一つにはなるでしょう」
「魔力を感知出来るって他の人が肌とかで感じられるって言ってるのとはまた別という事ですか?」
「そうですね。人が肌で感じるそれは寒気にも似た感覚で自分の意思で感じたり感じないように出来る訳じゃありません。しかしあの人の場合は自分の意思で相手の魔力に自身の魔力をぶつけ、その反響から相手の魔力を推し量る事が出来るんです」
「やっぱりエルフって人間と比べて魔力の扱いが上手かったりするんですか?」
「そうですね、種族的な特徴というのも勿論ですが、あの人の場合は人に教えるのが自身の反復練習にもなっていますから、技量だけで言えばエルフの中でもダントツでしょう」
人に物を教えるのが趣味で、それを何百年と続けて来たのだとすれば確かにその積み重ねは途方も無い経験値となるだろう。
「好きこそものの上手なれ、とはまた違うか」
「何ですか?それ」
「誰しも好きな事には熱心になるから上達が早いという意味のことわざです。まぁ今回の場合は教えるのが好きなだけで、技量に関してはその副産物でしかないでしょうから微妙に当て嵌まりませんが」
「へぇー、そんなことわざ、あの人からも教わった事無いですけどそれも世界としての知識ですか?」
「そう、ですね。自分の知識と言えばその通りかも」
正確に言うならこの世界ではなくこの世界と同化した蒼一の知識なのだが、流石に元は異世界の人間であるという事までは話して無いので適当に誤魔化す。
アイゼンも全ての秘密を教えられているとは思っていないので、それ以上の追及をする事も無かった。
「で、話が逸れてしまいましたが顔を合わせるにしてもその社長さんは何処にいらっしゃるのですか?。まさか社長を呼び付ける訳にもいきませんし、こちらから出向く事になるのですかね?」
「そうですね。あの人なら呼び付けたとしても喜んで駆けつけて来そうですが、その場合自分が満足するまで決してスルクから動こうとしなくなるのが目に見えているので、やはりこちらから出向くのが一番でしょう」
仮に呼んだとしたらどうなる事か、それを想像しただけでアイゼンは身震いする。
「あの人は基本的にニーヴァの本部があるドードニアに居ますが、時折ふらっと他の支部に顔を出したりしてるので、尋ねる前に現在地を聞く必要がありますね」
「ドードニアとは?」
「トリタンの最北端、マーダスとの国境付近にある街です。国境付近という事で交易も盛んで、スルクもかなり発展してますが、それ以上に栄えた良い所ですよ」
「へぇ、スルクよりもか」
そういえばまだこの大陸に来てからスルク以外の街を訪れた事が無いのを思い出し、何時か行ってみたいなと考えつつ、アイゼンと相談してアイゼンが社長の方にアポを取り、日程が決まり次第ブリ雄の携帯に連絡してくれるという事でこの話は一旦の区切りを見せるのだった。




