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ジィナの言伝とクラリッサの不安

アイゼンとの協定を結び終えた蒼一とブリ雄はすっかり人通りの無くなった夜の通りを歩いていた。


「こんな夜遅くに出歩く事なんて無かったけど、見事に人通りが無いな」

「もう十時を過ぎてますからね。殆どの店も閉まっていますし、商業区の奥にある色街以外はこんなものでしょう」

「色街か」

「興味ありますか?」

「うっ……まぁ俺も男だし無いと言えば嘘になるけど、なんだろうな。生前なら間違いなく繰り出しただろうけど、今は興味はあっても本当に興味があるだけで行こうって気にはならないんだよなぁ」

「恐らく性欲が薄いんでしょうね。意識の大半は身体に収まっていない訳ですし」


性欲は別名肉欲とも言われるくらいに肉体と密接に関係している。

だからこそ意識の一部分しか肉体に収まっていない蒼一にとってその欲求は意識全体で見れば極一部に過ぎず、興味はあれども実際に何かしたいというところまでいかないのだ。


「他に理由があるとすればバハムートの身体だからというのもあるのでしょうね」

「どういう事だ?」

「レヴィアタンもバハムートもこの世界に一体だけしか存在しないモンスターです。つまりは繁殖行為というものを行う必要性も無いという事になります」

「あー、なるほど」


つまりは繁殖機能自体有していない可能性が非常に高く、実際蒼一の下半身には人間に形を整えたのでモノ自体はついていたが、朝特有の生理現象が起きた事も無ければ経口摂取したものは何でもかんでも完全に分解し吸収してしまうので排泄も必要とせず、それらが機能した事は実は一度たりとも無い。


「まぁファンタジー世界のそういう店がどんなもんか、興味本位で一回見てみたいってのは確かだが、クラリッサ達を引き取ってる立場でそんな場所に行くのもちょっとな」

「第一、今の蒼一様が行ったところで冷やかしにしかなりませんしね」

「違いない」


やる気も無いのにそういう店に行くというのは店にも相手をする女性に対しても失礼だろうと、その話はここで終わる。

その後も二人は他愛無い話をしながらすっかり人通りの無くなった通りを抜け、中心街と貴族街との境にある自分達の屋敷へと帰り着き、玄関の扉を開けるとチリンチリンと呼び鈴が鳴り、少し遅れて食堂の方からクラリッサがこちらに駆けて来るのが見えた。


「蒼一様、ブリ雄様、お帰りなさいませ」

「ただいま、遅くなって悪いんだけど――」


食事の準備をお願いと続けようとした蒼一だったが、それを予想していたのかクラリッサが先んじて言葉を紡ぐ。


「お食事の準備なら既に出来ていますので、どうぞ食堂の方へ」

「お、悪いな。ところで皆はもう食事を済ませたのか?」

「はい、蒼一様の御命令通りに」


普段は蒼一とブリ雄の食事が終わってからクラリッサ達が食事を取るのが当たり前になっていた。

しかしアイゼンとの協定の為に屋敷を出る時、帰宅時間が不明だったので蒼一は先に食べてて良いと言ったのだが、クラリッサが"主人より先に使用人が食事を頂く訳には"というような事を言い出したので命令という形で無理矢理納得させてから屋敷を後にしたのだ。


命令という形になってしまったのは不本意だがちゃんと食事をしてくれた事に安堵しつつ、蒼一とブリ雄は席に着きクラリッサが出来上がっていた料理をテーブルに並べていく。

今夜の夕食は冷製パスタにローストビーフの入ったサラダといった温める手間の無い直ぐに出せる料理が中心となっており、その事に気が付いた蒼一がクラリッサに質問を飛ばす。


「これってもしかして俺達の帰りが遅いって分かったから用意したのか?」

「はい、何時お帰りになるか分かりませんでしたし、お腹を空かせてお帰りになるだろうと思ったので何時帰られても良いようにと、直ぐにお出し出来る物を用意しました」

「そっか、ありがとう」

「いえ、お世話になっている身として出来る事をしたまでです」


当たり前の事をしただけと淡々と答えるクラリッサだったが、その頬はほんのりと紅潮しておりもしクラリッサが獣人だったら尻尾が左右に揺れていた事だろう。


「あ、そうだ。クラリッサ、後でグラファにも伝えておいて欲しいんだけど、今日アイゼンさんと話して来た帰りにジィナさんとも会ってさ。仕事の件、明後日から来てくれってさ」

「え、本当ですか!?」


この屋敷に来る前からニーヴァで働きたいと申し出ていたクラリッサとグラファ、当然だが働きたいと言って即日から働ける訳も無く、今日になって二人を受け入れる準備が整ったので明後日からクラリッサとグラファにニーヴァに来るようにと蒼一とブリ雄はジィナから言伝を頼まれていたのだ。

因みに何故明日ではなく明後日なのかというと、流石に前日の夜中に明日から来てくれというのも性急だろうというジィナの判断である。


「だから明後日からは屋敷の仕事は必要最低限で大丈夫だからな」


蒼一としては別にやらなくても良いと言いたいところだが、それではクラリッサが納得しないのは理解しているので最低限で良いとだけ言っておく。

それをちゃんと理解しているのかは不明だが、クラリッサはコクンと頷くと何やら思案顔でブツブツと独り言を呟き始める。


「あ、それとこっちはまだ未定なんだが、近い内に俺とブリ雄は数日屋敷を離れる事になったからその間の留守は頼んだよ」

「え、そうなのですか?」

「えぇ、今日のアイゼン様とのお話でニーヴァの社長と顔合わせをする事になりましてね」

「しゃ、社長ですか。ニーヴァに所属してからまだ一週間程度だと伺っておりましたのに、凄いですね」

「……そうか、よく考えたらまだ一週間なんだよな」


ニーヴァに所属した翌日にエルダートレントを狩り、三日目にその換金と一緒に霧隠れの山の調査依頼を受け、四日目にデミスと一緒に調査に向かい一度はスルクに帰還するも霧隠れの山にトンボ返りしてコバヤシと対面、五日目はアイゼンへの報告に向かった筈のブリ雄が何故かクラリッサ達を保護してたと思ったら屋敷の購入費を稼ぐ為に夜通しで狩りを行い、六日目には蒼一もクラリッサ達と顔合わせをして屋敷へと移り、そして本日七日目に全員の仕事着の購入とアイゼンとの秘密協定の締結まで終えたのだから、かなり濃い一週間であった。


「随分と濃密な一週間でしたね」

「特に後半がな……」


そんな愚痴を零す蒼一の脳裏に浮かび上がったのは創造神から告げられた堕し児の"物語"に関する話だった。


(こんな短期間に色々な事が起きたのも、創造神が言ってた"物語"が関係してるのかな)


"物語"の持つその強制力、堕し児がそこに居るというだけで平和な世界が世紀末へと転ずるとさえ言い切った創造神の言葉を思い出し、蒼一の表情が曇る。


「どうしました、そんな浮かない顔をして」

「あ、いや――」


ブリ雄の言葉に何でもないと返そうとした蒼一だったが、ブリ雄の視線が自身にではなく、クラリッサに向けられている事に気が付き慌てて口を塞ぎ、蒼一もクラリッサの方を見やると、ブリ雄の言う通りクラリッサもまた蒼一と同じような浮かない顔をしていた。


「クラリッサ?どうしたんだ?」

「いえ……あの、何日くらいここを空けられるのですか?」

「それは分かりませんね。社長の居所次第で日数が変わりますので……少なくとも一、二週間は空ける事になるかと」

「え、そんなに長くなるのか?」


ブリ雄の言葉に驚いたのはクラリッサではなく、ブリ雄と一緒にアイゼンと同行する筈の蒼一であった。


「蒼一様、今回はアイゼン様に同行するのですから恐らく馬車での移動がメインになる筈です。そうなれば私達二人で移動している時のような速度を出すのは到底不可能です」

「あー……そっか、そうなるのか」


納得したように言う蒼一の脳裏に"アイゼンとは秘密を共有しているのだからいっその事アイゼンを掴んで一気に空を飛んで移動するのはどうだろう"なんて考えが浮かんだが、そんな真似をすればただの人間でしかないアイゼンでは二人が出す速度に耐えきれず身体が空中分解する未来しか見えないのでその案は蒼一の中で人知れず没となった。


「もしや私達が留守にする事が不安なのですか?」

「えっと」


ブリ雄の指摘に言い淀むクラリッサ、どうやら図星のようで視線を泳がせた後にクラリッサが小さく首を縦に振る。


「元々貴女達は私達が不在の間に屋敷を管理する為にこうして保護している、そう話していた筈ですが」

「そ、それは分かっているのですが」


そうは言っても自分達を保護してくれる人物が居なくなるというのはやはり不安が大きいのだろう。

それが一日二日ならまだしも、一週間や二週間ともなれば猶更だ。


「大丈夫です。九人分の生活費がどれくらい必要かは分かりませんが、多めに渡しておくのでお金を心配する必要はありません。とはいえ無駄遣いして良いという訳ではないのでそこはちゃんと考えて使ってくださいね」

「それは勿論分かっています。でも……」


お金の事もそうだが、それ以上にやはりその人達が居なくなって自分達だけというのが不安なのだろう。

皆の頼れるお姉さんとしてしっかり者であろうとし続けるクラリッサ、仮に何かあったとしても自分達だけでどうにかしようとして蒼一やブリ雄を頼る事は殆どないかもしれないが、自主的に頼らないのと頼れないのではその意味合いも感じ方も大きく異なって来るものだ。


「まぁ実際どれだけの期間留守にするかは分からないけど、出来るだけ俺もブリ雄も早く帰って来るようにはするからさ。クラリッサはニーヴァの仕事をちゃんと熟すんだよ」

「……分かりました」


今回に関しては蒼一もブリ雄も同行しない訳にはいかない以上、二人に出来るのは少しでも早く帰る事を約束する事だけであり、クラリッサは不安を滲ませながらもその言葉を受け入れるのだった。

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