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昇級と出発

アイゼンとの秘密協定締結から数日が経ち、蒼一とブリ雄は孤島とスルクの間を行き来しながら怒涛の一週間が嘘のように平穏な日々を過ごしていた。

強いて語るような事があるとすれば孤島に植えていた食物が蒼一の予想を遥かに上回る速度で成長していてあと一週間もあれば収穫出来そうになっている事、クラリッサ達と共同生活を続けているとちょこちょこ足りない物が出て来るのでその都度買い物に出た事、アイゼンから一つ依頼を受けて熟した事、それと鍛冶師に依頼していた転移魔術用の物品が出来上がった事くらいだろう。


最後の事柄に関してはその詳細を知ったアイゼンが"転移魔術とはまた厄介な物を"と頭を抱えていた。

どうやら怪しい二人組という事でマークされている蒼一とブリ雄に関する情報を報告するように言われているらしく、ブリ雄はニーヴァを経由して鍛冶師に依頼を出したので勿論だが鍛冶師に刻んでもらう術式をメモした紙についてもしっかりニーヴァの方で記録されてしまっている。

それ単品では何の役にも立たないアドレス側の術式とはいえ、転移魔術なんて代物の術式をそっくりそのまま本部に報告する訳にもいかないのでブリ雄と相談して偽物の術式を報告書に記入して本部へ報告する事になったのだ。


アイゼンがブリ雄の一連の依頼が終了後に纏めて報告するつもりで術式に関する情報を塞き止めていたので助かったが、もしアイゼンが逐一報告していたら転移魔術の術式が本部の方へと流れていた事だろう。

アドレス側とはいえもしその術式が解析され、それが転移魔術の出口として機能する術式であるとバレたら後々面倒な事になっていたとアイゼンは言っていた。

どうやら転移系の魔術は禁術扱いらしく、闇に葬られ今や誰も使い手が居ないという話……だったのだが。


「一部ですが王族などの間では今も使用されているようですよ。本当に誰も使えないというのなら禁術になんて指定しませんよ。だって出来もしない事を禁止する意味はありませんからね」


この世界の知識の三割を持つブリ雄は転移魔術が今も王族などの一部の人間達の間で使用されている事実を知っており、そんな知れば処刑は免れない王家の秘密を唐突に暴露されたアイゼンはまたも頭を抱えてしまうのだが、そんな風に日々を過ごしていたある日、屋敷で蒼一と一緒に寛いでいたブリ雄の携帯にアイゼンからの連絡が入る。

それは二人が予想していた通り、ニーヴァの社長と会う約束を取り付けたという連絡であった。

そういう訳で連絡が入った翌日から早速社長の元へ向かおうという話になり、蒼一とブリ雄は早速その為の準備をする事となった。


「まったく、アイゼンさんもジィナさんを見習って明後日からにしてくれれば良いのに」

「それだけ予定に余裕が無いという事でしょう。今社長が滞在している街がここから馬車で五日掛かる街という話ですからね。私達が到着するまでの間、社長をそこに拘束するというのなら一日も早く向かうのは当然でしょう」

「社長と会いたくないアイゼンさんの心情を考えると、二、三日の猶予くらい貰えないかなーと思ったんだけどな」

「猶予なら有りますよ。馬車の中で、ですが」


社長に会う心の準備という事であればそれだけで十分であろう。

そもそもアイゼンの気持ちからしたら数日先延ばしにするくらいならそもそも会わないというのが本音である。


「第一、アイゼン様は私情で仕事を疎かにしたり、無為に他人に迷惑を掛けるような人ではありませんから」

「そりゃ分かってるけどさ。愚痴りたくなる俺の気持ちも分かるだろう?」


五日間の馬車の旅ともなれば蒼一とブリ雄も色々と用意しない訳にはいかず、その猶予が今日中というのだから準備が慌ただしくなってしまい、その事に愚痴を零したくなるのも仕方がない。


「ブリ雄、クラリッサ達に生活費はもう渡して来たか?」

「はい、一日当たりの食費を聞いてそこから一ヶ月分は渡してありますので、余程の事が無い限りは大丈夫でしょう」

「何事も無ければ十日で帰って来られるか?」

「いえ、移動時間が片道五日というだけでその後の滞在期間も考えるともう数日伸びる可能性もあります」

「街に着いたら顔を合わせてさようならって訳にはいかないのか?」

「当然です。アイゼン様もただ顔合わせだけの為に支部を空けられる程暇ではありませんから、幾つか仕事を済ませてから帰る事になるでしょうし、仕事があるのは向こうも同じでしょうから、直ぐに会えるとも限りません」

「ふぅ、長くても半月は戻れないと思った方が良いって事か」


思ったよりも長旅になりそうだなと、蒼一は嘆息するとブリ雄と一緒に準備を進めていくのだった。






そうして翌日、蒼一とブリ雄はクラリッサとグラファと一緒に朝早くからニーヴァへとやって来ていた。

ニーヴァで働いているクラリッサとグラファは兎も角、まだ始業していないニーヴァのエントランスホールはとても静かで、まだ始業前という事も相まって蒼一は何だか落ち着かない様子であちこちを眺めていた。


「それでは蒼一様、ブリ雄様、私達はこれで」

「あ、あぁ、ニーヴァの仕事の方頑張ってな。屋敷の事は一人だけで無理せず皆にも頼るんだぞ」

「はい……御二人もお気をつけて」

「お土産、期待してるからね」

「グラファ!」

「おう、期待して待っててくれ」


真面目に送り出そうとしているクラリッサに対し、冗談めかすグラファにクラリッサが叱責を飛ばす。

一方でそんなグラファの失礼とも言える気安い態度を気にもしていない蒼一は笑顔でそんな言葉を返すのだった。

そんな二人のやりとりを見て、一人だけ怒っている自分が何だか空回りしているようで空しくなったクラリッサはその怒りを治め、小さな溜息を一つ零す。


「はぁ……蒼一様、もう少し毅然とした態度で接して頂かないと、グラファは何処までも調子になりますよ」

「悪いな、俺そういうの苦手なもんで……そっちはブリ雄に任せてるんだ」

「私も別に得意という訳ではありませんよ。ただ大体誰に対してもこういう態度になっているだけです」


前にもアイゼンから指摘されたブリ雄の人との接し方、相手の立場に関係なくまるでマニュアルでもあるかのように常に一律の態度で接するブリ雄、確かに言われてみれば人との接し方に馴れておらず人によって対応を替えるというのが苦手なのだろうというのが分かる。


そんな風にエントランスホールで四人が騒がしく会話をしていると、カウンター裏の扉が開きアイゼンが顔を出す。


「蒼一さん、ブリ雄さん、おはようございます」

「あ、アイゼンさん、おはようございます」

「アイゼン様、おはようございます」

「「お、おはようござます!支部長!」」


アイゼンからの挨拶にまずは蒼一が挨拶を返し、次にブリ雄が、そして最後にクラリッサとグラファが緊張した様子で挨拶をする。

流石のグラファもアイゼン相手に蒼一に対してやったような気易い態度には出られないらしい。


「では早速出発を――と言いたいところですが、その前に御二人共、社員証の方を出して貰えるでしょうか」

「社員証?」

「蒼一様、ギルドカードの事ですよ」

「あ、あぁ……あのカードか」


支給された携帯と共に渡されたあのカードの事だと理解した蒼一は懐からカードを取り出すと、それをアイゼンに手渡す。

するとアイゼンは蒼一とブリ雄の二人分のカードを受け取るとそれをカウンターに居る受付嬢に手渡し、何やら指示を出してから暫くして二人のカードを持って戻って来る。


「お待たせしました」

「何をやっていたんですか?」

「以前に霧隠れの山の調査を依頼しましたよね。その時の貢献度で御二人の等級が上げられるようになっていたのでカードの情報を更新したんです」

「え、あの一回だけで等級上がっちゃうんですか?」

「蒼一さん、一回だけと言いますがその一回がどれだけとんでもない事だったかもう忘れたのですか?」


元は単なる調査依頼だったのに霧隠れの山の問題を解決し、その問題を起こしていたのがグロングリドの元長、ネヴァハシュラウツであったのだからむしろ新兵のままで居られると考えている方が間違いである。


「実力や成し遂げた依頼の難度を考えれば一段階飛ばしで等級を上げても良いくらいですけど、流石にそれは出来ませんからね。そういう訳で蒼一さんは"戦士"に、ブリ雄さんは"術師"に昇級しました。おめでとうございます」

「「ありがとうございます」」


差し出されたカードを受け取りながら蒼一とブリ雄は礼を述べ、それを見ていたクラリッサとグラファも二人に対して祝福の言葉を投げた。


「蒼一様、ブリ雄様、昇級おめでとうございます」

「二人共おめでとう。流石、九人もの面倒を見るだけの甲斐性のある人達は違うわ」

「二人もありがとう。でも……アイゼンさん、良かったんですか?。一回依頼を受けただけで俺達を昇級させちゃって」


ニーヴァに限らずどの会社でも所属さえすれば誰でもなれてしまう新兵等級はいわばアルバイトのようなものであり、分類毎に分けられた戦士や術師等級になってようやく本格的な依頼や正規の社員として認められるようになる。

とはいえ育成機関としての側面の強いニーヴァでは戦士も術師も新兵で無茶をせず堅実に簡単な依頼を熟していればいずれは辿り着く等級なのでここで判断されるのは実力ではなく仕事に対するやる気だ。

実力があっても依頼に対し真面目に取り組まないのでは意味が無く、実際ニーヴァに加入後新兵等級のまま終わってしまう者達の大半が依頼を殆ど受けていないのが理由だったりする。

そういう不真面目な者達を篩い分けるのもニーヴァの役割なのだが、その観点からすると一回の依頼達成で蒼一とブリ雄を昇級させたのは早計と言えるだろう。


「今回は特例ですよ。御二人がいい加減な仕事をするような方ではないのは何度も顔を合わせた私も理解していますし、それに前にも言いましたが御二人を新兵のままにしておくといざ緊急性の高い依頼をしようと思った時に依頼出来ない、なんて事になりかねませんので」


実際の場合、そうなったところで裏で個人的に依頼を出すだけだろうが、だとしても正規に依頼を出せるならそれに越したことはないのでアイゼンとしても蒼一とブリ雄の等級が上がる事は望ましい事だった。


「さて、立ち話もこれくらいにしてそろそろ向かいますか。御者を待たせてありますし、お話は馬車の中でも出来ますから」

「そうですね。それじゃあ二人共、俺達は暫く留守にするから屋敷の方は頼……あー、無理しないでね?」

「何故言い淀んだのですか。しかも疑問形」

「あははは……」


だって頼んだよなんて言い方したらクラリッサの事だから必要以上に気を張って疲れてしまいそうだったから、なんて面と向かって言える訳もなく蒼一は笑って誤魔化し、三人はクラリッサの何か言いた気な視線に見送られながらスルクを発つのであった。

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