"大丈夫"は"大丈夫"じゃない
夜空に星が瞬く時合、ニーヴァの入り口前に蒼一とブリ雄の姿があった。
何故こんな時間にと言う理由を語るなら、あれからブリ雄は屋敷に戻り、蒼一達が仕事着の購入を終えて戻って来た所を捕まえて直ぐにアイゼンからの提案を蒼一に相談し、二人でしっかり話し合い夕方に結論を導き出した後、アイゼンにアポを取ろうと今日渡された通話の呪符を早速使い連絡してみたところ、直ぐに無理だという事で三時間後に来てくれと返され、このような時間になってしまったという訳である。
「すぅ……はぁ……」
「緊張しますか?」
「当たり前だろ。俺がアイゼンさんと顔を合わせたのはたった数回だぞ。お偉いさん相手にそう簡単に慣れるかって」
「そういう事なら私も顔を合わせた回数は蒼一様と大差ないのですがね……さて、行きますか」
何時までも入り口で扉を眺めている訳にもいかないと、蒼一とブリ雄はニーヴァの中へと足を踏み入れる。
チリンチリンと来訪者を知らせる鈴の音が鳴り響き、カウンターの方で退勤準備をしていた受付嬢達が一斉に入り口の方を見やり、入って来た人物を見て目を見開く。
「あれ、蒼一にブリ雄じゃない。こんな時間にどうしたのよ。今日はもう事務仕事は受け付けないわよ」
そう言って真っ先に声を掛けて来たのはこの数日ですっかり顔馴染みになってしまったトリシャであった。
「別に依頼の報告や納品をしに来た訳ではありませんよ。実はアイゼン様と約束していましてね。話は聞いていませんか?」
「えっと、私は何も聞いてないけど、皆は?」
トリシャが残っていた同僚達に声を掛けると、皆一様に首を横に振る。
「そう、仕方ない。ちょっと私が確認してくるから待ってて頂戴」
そう言うとトリシャはカウンター奥の扉の方へと引っ込む。
それから待つこと数分、トリシャがアイゼンの秘書であるジィナを連れて戻って来た。
「蒼一様、ブリ雄様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「はい。トリシャさん、ありがとうございました」
「別にこれくらい構わないわよ」
そう言って手をひらひらさせるトリシャに見送られながら、蒼一とブリ雄は扉を潜って何時もの応接室へと通され、ジィナはアイゼンを呼びに応接室を出ていく。
「はぁ……大丈夫かねぇ」
「大丈夫ですよ。少なくとも二人で話し合ってそういう結論を出したではありませんか」
「俺の言ってる"大丈夫"とブリ雄の言ってる"大丈夫"にはかなりの差があると思うんだが」
これからの話し合いによって、その何方の"大丈夫"に振り切れるのかが決まってしまうと考えると、蒼一も気が重くなってしまう。
そんな蒼一の内心など意に介さず、時間は無常に流れコンコンと扉をノックする音の後にアイゼンが応接室へと顔を出す。
「どうも、こんな時間になってしまい申し訳ありません」
「いえ、今日の所は特に何の予定もありませんので、何時になっても問題ありませんでしたよ」
「そう言って頂けると有難いです」
最初はそんな定型文のような挨拶を交わしながらも、アイゼンは二人の向かいのソファーに腰掛けた途端、表情を引き締めて早速本題へと入る。
「それで、こうして御二人が揃っているという事は、提案を受け入れて頂けたという事で宜しいのでしょうか?」
「はい、少なくとも私達が隠そうとしていた秘密に関してだけは打ち明けても良いのではないか、という事になりました」
「それは?」
「私達の秘密を知った時、アイゼン様はきっと色々な疑問が頭を過るでしょうが、私達が隠している事に直接関係しない事柄まで答える気はないという事です」
「なるほど」
簡単に言えば蒼一とブリ雄の正体については説明するが、そこから派生して世界とは具体的に何だとか、どんな事が出来るんだといった質問には答えないという事だ。
肝心なのはその正体で、アイゼンがフィルターとして隠す為に知っていなければならない事もその正体に関する事柄だけ、ならばそれ以上の情報共有は無意味という事だろう。
「それで構いません。ですから御二人の秘密を、私に教えて頂けないでしょうか」
アイゼンのその言葉にブリ雄は最終確認をするように蒼一の方を見やると、蒼一はその視線に対し無言で頷いて見せる。
「では話しましょう。アイゼン様も薄々と勘付いていられたかも知れませんが、蒼一様と私は人間ではありません」
「やっぱりそうでしたか」
「やっぱりって……ブリ雄から"もしかしたら気付かれているかも"とは聞かされていましたが、どうしてそう思ってたんですか?」
桁外れな魔力量、一般人の範疇を明らかに超えた実力、それだけでも人によっては十分な判断材料になるかも知れないが、言ってしまえばたったその二つだけなのだ。
その二つだけの理由で相手は人間ではないと考えるというのは、智謀を巡らせていたアイゼンにしては些か早計ではないかと蒼一は考えていた。
「理由は幾つかありますがね。最初は御二人を他の会社や他の国の間者ではないかと疑っていました。しかし間者としては正直言ってまるで適さない人材ですし、嘘をつくのが下手過ぎる」
「そこは自覚していたので嘘をつくのではなく、真実を語らないという方向性で努力していたのですがね」
そうなってくるとどうしたって周囲から浮いてしまうのは致し方ないと、ブリ雄は諦めたように溜息を吐く。
「そこのフォローは任せてください。さて何故御二人が人間じゃないと考えていたのか、その理由の続きですが、一番分かり易かったのは人間社会に対する不慣れさですね。人間社会に関する知識はそれなりに持ち合わせているようですが、それは飽く迄知識として知っているだけで実際に人間社会に出た事が無いのだろうというのは見ていて分かり易かったですよ」
「でもそれは集落っていう身内だけの小さな社会で生活し続けていたからって事で辻褄は合うんじゃないですか?」
「確かに、そういう事にしてしまえば納得出来る事ではあるんでしょうけどね。もっと正確に言うならば人間社会というよりも、人間そのものに対する接し方に違和感があるんですよ。得にブリ雄さんの方にね」
「……そう可笑しな対応をした記憶はないのですが」
「そうですね、強いて言うなら可笑しくないのが可笑しかったというか、余りにもお手本通り過ぎるんですよ。初めて人間社会に出てきたという割に非常に落ち着いていて、だというのに実際にはその通り人間社会に対しては不慣れという、そのチグハグさが決め手でしょうか。人や社会に対する達観的な物言いとか、精神構造がどう見ても普通の人間のソレではない。ある種の傑物、いえ怪物と言うべきなんでしょうかね、この場合は」
知識を得ただけで根っこの部分はモンスターであるブリ雄と元人間とはいえその意識の殆どは世界として漂い一般的な成人男性のそれとは精神構造が異なっている蒼一、文字通りの意味で肉体的にも精神的にも人間離れしているそんな二人の違和感をアイゼンは決して見逃す事は無かった。
「驚きました。たかが数回顔を合わせただけでそこまで分析されているとは思いもしませんでしたよ」
「伊達に責任ある立場から沢山の人を見て来て居ませんからね。ただ――」
アイゼンは蒼一の方を見ると、若干訝しげに首を傾げる。
「蒼一さんの方は正直言って“確証”があるとまではいかなかったんですよね。ブリ雄さんと比べると人との接し方に馴れがあるというか、相手をちゃんと同じ人間として見ているような節がある割に、時折ブリ雄さんのような普通の人間には無い異常な精神性が表に出て来る事があるんです。蒼一さんって過去に人間社会で過ごしていた時期があったりしましたか?」
凄い、そこまで分かってしまうのかと、蒼一が息を呑む横でブリ雄がそこに割って入る。
「申し訳ありませんが、そこは私達の正体とは関係のない事柄ですので」
「そうですか……では、そろそろ教えて頂いても宜しいでしょうか。御二人の正体について」
前置きはこれくらいで良いだろうとアイゼンが核心に迫る問いを投げ、それに対しブリ雄は今度は蒼一に確認する間も無く答える。
「種族は不明ですが、私の正体はゴブリンの亜種と呼べるようなモンスターです。この外見は魔術で人間を模しているだけに過ぎません」
「自分の事なのに自分の種族が分からないのですか?」
「例えばですが、ゴブリンが自分はゴブリンという名の種族だって自覚してると思いますか?。種族名なんて人間が勝手に付けた物なんですし」
「確かにそう言われればその通りですね……となると、御自身で調べたりは?」
「勿論しましたが、普通のモンスター図鑑には載っていませんでしたね。少なくともメジャーどころではないという事なのでしょう。或いは未発見の新種か」
生息地を考えるに後者の方が信憑性は高そうだが、それはさておきアイゼンの質問は続く。
「魔術が使える、それにこうして話している限り人間と変わらない……いえ、もしかしたら人間よりも知性のある種族なのですか?」
「いえ、知性に関して言えばゴブリンよりはあると思いますが、人間以下だと思います。私の場合、蒼一様に力と知恵を授けられたからであって、同族の中でも私はイレギュラーな存在なのです」
「ブリ雄さんが蒼一さんに付き従っている様子からして、薄々察してはいましたが……蒼一さんを後回しにしてブリ雄さんの正体を明かした辺り、蒼一さんの正体は更にとんでもないんでしょうね」
前々からそんな気はしていたのだが、他者に力と知恵を与えるというだけで事前に予想していた以上にヤバい存在である可能性が出てきた事を察したのだろう。
アイゼンが少々聞くのが怖いといった様子ながらも、蒼一の顔を見て話しの続きを促す。
「じゃあ俺の正体について何ですが、聞いて驚かないで欲しいというか、そもそも言ったところで素直に飲み込めるかって話にはなるんですけど」
「大丈夫です。一度こうして提案した以上、例え御二人の正体が何者であろうとも受けれる覚悟は出来ていますから。実は蒼一さんの正体が海神でしたと言われても飲み込んで見せますよ」
「半分、いえ四分の一は合ってると言っても良いのでしょうかね。この場合」
アイゼンのその宣言を聞いていたブリ雄がボソリと小声でそんな事を呟く。
蒼一の身体の素体が海神である事を考えれば半分正解と言いたいところだが、アイゼンの知る海神とはレヴィアタンの事で、蒼一が素体として利用したのはバハムートである事を考えると、四分の一は合っているというのが表現としてはシックリするのは間違いない。
そんなブリ雄の考えはさておき、どんとこいとでも言うように構えて見せるアイゼンに対し、蒼一は下手な補足を加えるよりも前に、直球で自身の正体を伝える。
「俺の正体はこの世界なんです」
「…………はい?」
「まぁそういう反応をされるだろうなとは予想はしていましたが、つまりは空や海、大地など目に見える物は勿論、目に見えない概念的な物とかそういうものひっくるめた全てが俺自身なんです」
「えっと……ちょっと待ってください。流石にその解答は予想してなかったので、少しだけ情報を整理する時間を下さい」
どんなモンスターや伝説上の生物、神の名前が飛び出すかと構えていたアイゼンにとって、世界という生き物ではなく概念的な存在が飛び出してくるなんてハッキリ言って予想外過ぎて頭が追い付かないでいた。
それでも必死に蒼一の言葉を飲み込もうと、一つ一つ頭の中で順序良く整理していく。
とはいえ今の説明だけではいくら情報を並び替えても納得しきれないので、ある程度整理が付いたところでアイゼンは蒼一へと質問する。
「質問なのですが、蒼一さんのその身体は仮初のものと考えて良いですか?」
「……ブリ雄」
「それくらいなら答えても構わないでしょう。アイゼン様に正しく理解して頂くためには必要な情報でしょうし」
「分かった。アイゼンさんの考えている通り、これは世界としての意識を入れる為の仮初の器に過ぎません」
それから欠けているピースを当て嵌めていくように、一つ一つ質問を重ねて行き、アイゼンの中で完璧では無いにしろ、納得出来るだけの材料を得られたところでアイゼンは質問を止める。
「もう十分です。ありがとうございました。取り合えず蒼一さんの仰る世界というものがどういった物か、その輪郭くらいは掴めたと思います。そこから何を隠し、これからどう誤魔化していくのかも見当がつけられました」
「じゃあ」
「えぇ、お任せください。御二人の秘密を私が必ず守り通します。基本的には私の方でどうにかしますが、私だけでは対処しきれない場合は御二人にご協力を仰ぐ事になると思います。その時は何卒お力をお貸しください」
「それは勿論です。いやぁ本当、話が纏まって良かったです。これで無理ですってなったらどうしようかと」
「蒼一様は気負い過ぎですよ。仮にそうなっても"大丈夫"だと言ったではないですか」
「だからブリ雄の"大丈夫"は俺にとって"大丈夫"じゃないんだって!」
話が纏まった事で一気に緊張から解放された蒼一はアイゼンの前だというのも忘れて何時もの調子でブリ雄と会話を繰り広げ、その内容にアイゼンが首を傾げた。
「大丈夫とか大丈夫じゃないとか、一体何のお話で?あ、もしや聞いてはいけない事でしたか?」
「いえ、これはそういうんじゃないです。ただ、そのなんていうか……」
そう言い淀んだ蒼一に代わり、ブリ雄がその理由を口にする。
「蒼一様がもし失敗したらどうしようとあまりにも不安がっていらしたので"大丈夫です、仮に協力が得られず、秘密が公になったとしてもその時は利用しようと近づいて来る輩を全員排除すれば良いだけ、それで犯罪者になったら今度は私達を犯罪者とした国を潰せば良いだけですよ"と言ったまでです」
「だからそれは"大丈夫"じゃないんだよ。俺が心配してるのはそれより前、話が纏まるかどうかって部分に関して"大丈夫"かなって言ってたんだ」
「それは私とて理解していますし、何も短絡的にそんな事を言った訳ではありません。ただ仮に失敗しても私達の力があれば人間社会を相手取ってもどうにでもなる、だからそんなに気負わず気楽に行きましょうと、そう言っているのです」
「国家壊滅をチラつかされてそれでも気負わずに行ける程、俺の神経は図太くねぇよ……」
ブリ雄は相手を威圧する為に度々芝居がかった態度で遠回しに相手を脅すような事を口にする事がある。
それはアイゼンも何度か経験済みであり、だからこそ今の二人の会話が芝居などではなく、自然と零れ出た本音であるという事が理解出来てしまった。
(絶対に御二人の秘密は守り通さねば)
自分の手にニーヴァの、国家の命運が握られている事を理解したアイゼンは心の底からそう決心するのだった。
さらっと場合によっては国を滅ぼすのも致し方無しと考えているあたり、ブリ雄の精神性は普通の人間とは程遠いです。
それに比べると蒼一の方は元人間という事でブリ雄程ぶっ飛んだ考えは持っていませんが"大丈夫じゃない"というだけでそうなった場合に"やらない"と否定しない時点で必要に迫られたらやってしまうので結局は同じ穴の狢です。




