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洋服選びも楽じゃない

皆の仕事着を購入するという話になり、蒼一は年長組の二人、三つ子のミーシャ、そして三人娘と一緒に商業区の方まで足を延ばしていた。

日中に人通りの多い場所に向かうという事でレミィはお留守番、そして今回同行していない三つ子の内の二人、サーシャとクーシャはその御守りとして屋敷に残って貰っている。

何故レミィの御守りをレミィとは一番仲の良い筈のコノに任せなかったというと、それはこれから購入する服のサイズ問題の所為であった。

外に出かけられないレミィの為にと折角購入しても本人不在の所為でサイズが合わず着られないなんて事故を防ぐにはレミィと体格が近しいコノが今回の買い出しに同行するのは必須であり、とはいえレミィを一人で置いていくのも不安なので顔だけでなく体形もそっくりな三つ子の内の二人をレミィの御守りとして屋敷に残したのだ。


今後ニーヴァで働く予定の年長組だが、クラリッサたっての希望でまだ予定でしかないという事と今後ニーヴァで働けるようになったとしても出勤前や退勤後の時間は皆と一緒に屋敷でも働きたいという事だった。

蒼一としてはニーヴァの業務もあるのに屋敷の管理まで手伝わなくてもという気持ちもあったのだが、クラリッサに押し切られる形でそれを了承する。

恐らくクラリッサとしてはニーヴァの仕事だけに掛かりっきりになって他の子達との時間が減ってしまう事を懸念しているのだろう。

昨夜、皆の頼れるお姉さんであろうと自分を偽り続けているクラリッサの思いを知っている蒼一としてはそれを無下にする事も出来なかったし、クラリッサがニーヴァの仕事をしながらでも手伝うと言い出した時に他の子達が安堵の表情を浮かべていたのを見せられては拒否出来る筈もなかった。


ちなみにグラファはそんなクラリッサの思いの巻き添えにされただけで"いや、アタシは仕事終わったらならゆっくりしたいんだけど……"なんて漏らしていたが、クラリッサが一睨みすると黙って首を縦に振っていた。


そういう訳で集まった者達と共に蒼一は仕事着を購入すべく取り合えず以前にブリ雄と訪れた事のある洋服店へと足を運ぶ。


「ここだ。前にニーヴァで教えて貰ったお店なんだけど、大人から子供まで色々なサイズの服が置いてあるし、結構種類も豊富だから良いのが見つかるんじゃないか?」

「大きなお店ですね。それにお値段も手頃ですし、ここなら良いお洋服が見つかりそうです」


店頭に並ぶ服を見ながらマリンがそんな感想を漏らす。

やはり皆年頃の娘だからか、目の前に並ぶ洋服を前にマリンのように感想を漏らす事は無くてもワクワクとした気持ちが表情に表れている面々に向かって、蒼一は保護者という建前で注意する。


「皆、今日は仕事着を探しに来てるんだからそれを忘れないようにね」

「は、はい!それは勿論です!」

「まぁ見るだけならタダだし、他のお客さんの迷惑にならないよう程々にな」


蒼一がそう告げると、クラリッサを除いた娘達は声を揃えて返事をすると一斉にお店の中へと入り、思い思いに服を物色していく。


「やれやれ、物色するならせめて今回の目的の品物を見繕ってからにして欲しかったんだが」

「すみません、蒼一様」

「オシャレに関心があるのは悪い事じゃないさ。それよりクラリッサは良いのか?」

「はい、私は大丈夫です。それよりも亜麻布の服を探しましょう」

「……クラリッサがそう言うんなら、別に良いけどさ」


蒼一としてはクラリッサにも年頃の少女としてこういう所でこそ気を抜いて欲しいのだが、他の娘達が居る手前やはり気を張ってしまうのだろう。

頼れるお姉さんとして振る舞い続けるクラリッサの姿に溜息を吐きつつ、蒼一も店の中へと足を踏み入れる。


(さて亜麻布の服って一体どれだろうな?)


何となく生地の質感からそれっぽい服を探す事くらいは出来るが、本当にそれが亜麻布であるかどうかまで断定出来る程、蒼一は生地に詳しくない。

こういう事は専門の人に聞くのが早いと、蒼一は店の奥へとガンガン進み、カウンターの奥で座っている店主の元まで行く。


「すみませーん」

「はーい――って、貴方は何時ぞやの!」


気の無い返事をした女性店主だったが、蒼一の姿を見た瞬間慌てて椅子から立ち上がると手を揉みながら近づいて来る。

その様子にちょっと蒼一は引き笑いのような浮かべつつも、自分の事を覚えてくれていた店主に対し言葉を返す。


「まだ一回しか利用してないのに覚えててくれたんですね」

「そりゃあもう!。前回のご来店もつい最近の事でしたし、何より一度にあれだけの服を買って頂いたのは初めてでしたからね」

「なるほど……」


前回、蒼一とブリ雄がこの店を訪れた際は一度に何十着という量の服を購入していった。

それも適当に買って行って後で本人達に選ばせようというスタンスだったので、入店から僅かな時間でどんどん衣服を搔き集めて購入して行き、店主にしてみれば長時間散々物色した挙句一着も買って行かない客と比べて蒼一達の印象はかなり良い。

そんな恰好の金づる――もとい太客がまた店にやって来たのだから手揉みの一つくらいはするだろう。


「ところで今回はどのような物をお探しですか?。お呼びになられたという事は前回とは違って何かお探しという事でしょう?」

「そうそう、実は亜麻布の服を探してるんですけどこの店にありますかね?」

「亜麻布ですか?。それならこれから暑くなっていく時期ですし、夏物用に亜麻布の服ならそれなりの数はありますが」

「なら丁度良かった。実は最近屋敷を買いましてね。そこで働く子達用に仕事着として亜麻布の服が欲しくてですね」

「お屋敷?子達?」


蒼一の口から飛び出た二つの単語に女店主がキュピーンという擬音が飛び出そうなくらいに瞳を輝かせた。


(子()という事は複数人分、それに最近屋敷を購入したというなら追加で雇った何人とかじゃなくて使用人全員分の仕事着を買いに来た筈、これはチャンスだわ!)


再び大量購入して貰う機会がこうも早く訪れるとはと女性店主は気合を入れて店頭に並んでいる物だけでなく、バックヤードに仕舞ってある分まで引っ張り出してカウンターに並べていく。

カウンターに所狭しと並べられた様はまるで年末売り尽くしのワゴンセールか何かのようであった。


「へぇ、亜麻布って色々な色の生地があるんだな」


"亜麻布"――人によっては"リネン"と呼んだ方が馴染みがあるかもしれない。

その名前から宿泊施設や病院などにあるリネン室を連想し、清潔で真っ白なイメージと蒼一は勝手に思い込んでいたが、実際には白以外の色も勿論存在するし、そもそもリネン室に保管されている物が必ずリネン素材という訳でもないのだが、目の前に広がる物を"異世界だしな"の一言で飲み込んでしまった蒼一は知る由もないのだった。


「これとこっちの服は同じ色でデザインも一緒ですが、こっちは艶消しを施してあります」

「あ、本当だ。にしても種類が多いですね……」

「もうそろそろ夏ですからね。それに亜麻布の衣服は洗い易い、乾き易い、丈夫で長持ちするし通気性もあって涼しいと三拍子揃った人気商品ですから!」

「それ三拍子って言わないのでは?」


最後の三つ目に明らかに複数の要素がぶち込まれていたが、そんな蒼一のツッコミを華麗にスルーして女性店主はセールストークを続ける。

最初はそれを黙って聞いていた蒼一だったが、元々ファッションに拘りも興味も無い蒼一からすれば正直遠慮したい気持ちでいっぱいであり、そもそも蒼一は金を出すが着る訳ではないのだ。

デザインがどうのこうの、こっちの色にはこの色を合わせた方が良いだとか言われても困る。


「あーそのすみません、色々と説明してくれるのは有難いんですけど、俺が着る訳ではないのでそんなに説明されてもちょっと」

「それは承知の上ですよ。でなければ男物を勧めています」

「まぁ、ですよね」


これで蒼一が着ると誤解した上で女物を勧めていたのだとしたら蒼一は早々にこの店を後にしていただろう。


「ならどうして俺にそんな説明を?」

「だってお客様の屋敷で働く事になる使用人の子達に着せる服なのですよね?。でしたらお客様の御趣味に合わせた服の方が宜しいかと思いまして」

「あー……そういう」


蒼一の趣味に合わせて、それは女性店主からしたら極自然な考え方だったのだろうが、蒼一としてはその考えに素直に同調する訳にはいかなかった。

これが普通の使用人と主の関係ならば良かったかも知れないが、男達の欲望によって人生を狂わされた娘達とその保護者という立場である以上、そんな娘達に向かって"俺の趣味の服を着て仕事してくれ!"なんて欲望丸出しで接する事など出来る筈もない。

そんな事をすれば男と女という時点で既に開いてしまっている溝が更に深まるのは簡単に想像が出来てしまうからだ。


「俺としては家事なんかをして貰う上で動き易くて汚れても良いような服であれば何でも良いですよ」

「動き易い……でしたらこちらの大胆なスリットの入った服なんてどうでしょう。流石に外で着用すると公然わいせつ罪に問われてしまいますが、屋敷の中でしたら問題無しです」

「大胆にも程があるわ!スリットなんて太腿まで開いてれば動き易さは十分でしょ、もっと普通のにしてくださいよ」


太腿どころか脇腹までスリットの入った服を却下しつつ、蒼一がもっと普通の服というリクエストを出すと女性店主は手に持っていた服を引っ込めて別の服を取り出す。


「普通ですか。でしたらこっちのワンピースタイプはどうでしょうか」

「あぁ、それ普通で良い――」

「こちら超薄手となっておりますので、常に生地の向こう側がスケスケのエロエロです」

「アンタ普通って言葉の意味分かってます?」


公然わいせつシリーズ第二弾のスケスケワンピを見せつけられ、蒼一のこめかみに青筋が浮かぶ。

これが蒼一だけで買い物に来ているのであれば何の問題も無かったが、横にクラリッサが居る状態ではそんな冗談を何時までも受ける訳にはいかない。

しかしセールストークに夢中になっていた女性店主はそんな蒼一の怒りに気付く事無く、次の商品に手を伸ばす。


「であればこちらの肝心な部分だけ生地の無いフレンチスリーブブラウスとタックスカートのセットが――」

「よしクラリッサ、別の店に行くから他の皆に声掛けてくれ」

「ちょっとお待ちを!!」


踵を返して店の入り口へと向かおうとする蒼一の背中を女性店主がカウンターから上半身を乗り出して引っ掴む。


「すみませんちょっと調子に乗りました!テンション上げ過ぎました!次からは本っっっっ当に普通の洋服をお出しするので!あと何着かサービスしますから!」

「…………次は無いですからね」

「ほっ」


その言葉を受け、店主は掴んでいた蒼一の背から手を放し、蒼一は再び店主の方へと向き直る。


「とりあえず今日働いて貰う子達を何人か連れて来てるんで、セールストークならその子達にお願いします。代金はこっちで払うんで――という訳でクラリッサ、悪いんだけど皆を呼んできて貰えるか?」

「分かりました」


皆を呼びに向かったクラリッサの背を見送った後、蒼一はもう一度店主の方へと向き直ると、クラリッサ達が戻って来る前に店主に念押しする。


「俺に対してだけじゃなく、今から来る子達に対してもあぁいうのは止めてくださいよ。彼女達はその、性的な事柄に関して忌避感を持った子が多いので」

「……なるほど、承知いたしました」


蒼一のその言葉で何となく事情を察したのか、女性店主は真面目な顔で頷くとカウンターの上に置かれていた何着かをカウンターの裏へと仕舞っていく。

パッと見た限りは透けてたり変にスリットが入ったりしているようには見えなかったが、夏物という事で普通の衣服であっても丈が短く肌の露出が多めの服も多く、男の目を惹きそうなそれらは下げてくれたようだ。


そうこうしてる間にクラリッサが店内に散らばっていた皆を呼び集め、カウンターへとやって来る。


「蒼一様、皆を呼んで参りました」

「ありがとう。呼んだのは仕事着の事で、今カウンターの上に亜麻布の服を出して貰ったから皆自由に選んでくれ」

「え?私達で選んで良いのですか?。てっきりサイズ確認の為だけに連れて来られたのかと思ってたのですが」


服自体を選ばせて貰えるとは思っていなかったのか、驚いた様子のマリンに対し、蒼一が口を開く。


「残念な事に俺にファッションセンスの類は無いからな。それに俺一人で九人分の服を選ぶなんて面倒此の上無いし、それを着る本人に選ばせた方がお互いの為でしょ」

「蒼一様がそれで宜しいのでしたらこちらとしても不満はありませんが」

「じゃあ早速だけど選んでくれ。ミーシャとコノは留守にしてる三人の分も頼んだぞ」

「「はい」」


話が終わると娘達はカウンターの前に集まり、各々思い思いに服を物色し始める。


「そういえば蒼一様、聞いてなかったけど仕事着って一人何着買って行くの?」

「あーそれ考えてなかったな。どうしようか?」


グラファから出たその質問に蒼一はカウンターに集まっている娘達とは一歩引いた所で皆の様子を静観していたクラリッサに意見を求めた。


「洗濯は毎日しますし、仕事着は二着あれば十分かと」

「それは最低限過ぎないか?。急に雨が降って洗濯物が駄目になったりする時だってあるかも知れないだろ?」

「亜麻布の服ですので、洗い直して部屋干ししたとしても翌日には着られます。例え乾いていなかったとしても、それならもう一日その服で仕事をするだけです」

「うーん……」


クラリッサの意見に蒼一は少々頭を悩ませる。

言っている事は尤もなのだが、いくら亜麻布の服とはいえ夏になれば汗もかくし、汗塗れになった服でもう一日仕事をさせるというのもあまり気持ちの良いものではない。


「よし、じゃあ一人三着にしよう。二着交互に着るより三着を回した方が長持ちするし、毎日こまめに洗濯するなら三着あれば同じ服を連日着るって事も無くなるでしょ」

「蒼一様がそれで宜しいのであれば……分かりました」


蒼一の決定にクラリッサが少し納得のいかないといった表情を浮かべながらも、その決定を受け入れる。

クラリッサとしては保護されている者として、労働力以外に返せる物が無い現状で必要以上に用意して貰う訳にはいかないという気持ちがあるのだろう。

皆が思い思いに自分好みの服を選んでいく中、クラリッサは早々に三着を選び終えていたが、その手に収まっているのはオシャレとは程遠い一目で安物と分かる服だけだった。


「クラリッサ、もっと好きなの選んで良いんだぞ?」

「いえ、仕事着なのですからこれで十分です」


明らかに遠慮しているクラリッサに蒼一がそう声を掛けるも、返って来たのは案の定仕事着だからこれで良いという冷めた言葉であった。

その言葉にやれやれと蒼一が嘆息していると、クラリッサと同じく年長組であるグラファがカウンターから離れクラリッサの方へと近づいていく。


「クラリッサってば、何遠慮してんのさ。蒼一様が好きに選んで良いって言うんだから、好きに選ばせて貰いなよ」

「グラファ、何時も言ってるけど貴女は自分が保護して貰っている立場だという事を――」

「はいはい、御小言ならお屋敷に帰ってから聞くから、早く選ばないと蒼一様にもお店にも迷惑でしょ」

「それなら私はもう選んでるから」

「一番安そうなの適当に取っただけでしょ。そういうのは選んだって言わないって」


消極的なクラリッサのその態度にグラファは呆れたような顔をした後、不意にニンマリと悪戯を思い付いた子供のような表情を浮かべる。


「蒼一様、クラリッサってば真面目に選ぶ気が無い見たいだから、私の方でクラリッサの服選んで良い?」

「ちょっとグラファ!貴女一体何を」

「あぁ、別に良いぞ」

「蒼一様!?」

「良し、蒼一様の許しが出た事だし、クラリッサにどんな服着せようかなー!。こっちのピンクのフリルが大量にあしらわれた服なんて良いかも」

「わ、わわ!分かったわよ!ちゃんと選ぶから!」


このままグラファに選ばせたらどんな服を買われるか分かったものではないと、クラリッサは先程とは違い皆に混ざって服を選び始めるのだった。

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