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初心な神様

クラリッサと別れた蒼一は真っ直ぐ自分の部屋へと戻り、扉を閉めると小さな声でユーリアの名前を呼ぶ。


「ユーリア、悪いんだがちょっとこっちに来てくれないか」


夜中という事で皆を起こさないよう少し控えめな声でユーリアを呼び続ける蒼一、普段であれば十秒もすれば渋々といった様子でユーリアが周囲の空間から滲み出すようにして姿を現すのだが、今回は幾ら呼んでもそんな気配は微塵もなかった。


「聞こえてないのか?でも前もこれくらいの声で呼んで出て来てくれた筈だし……もしかして寝てるのか?」


神様が眠れるかどうかは蒼一も知らないが、夜更けなんだし寝ていても不思議では無いのかも知れない。


「参ったな、クラリッサにあんなこと言った手前、朝になる前に事を済ませたかったんだが」


どうしたものかと蒼一が頭を悩ませていると、ギィィ――っと蒼一の背後から扉の開く音が聞こえ、蒼一が振り返ると扉がほんの僅かに開いており、その隙間からライトグレーの髪が見え隠れする。


「ユーリア、そんな所で何してるんだ?」


蒼一の知り合いの中でライトグレーの髪を持つのはユーリアしかおらず、そう声を掛けつつ僅かに開いた扉の隙間を覗き見るとそこには案の定ユーリアが居たのだが、その顔は暗がりの中でもハッキリと分かるくらい紅潮していた。

今までにないユーリアのその表情に蒼一はドギマギしながらも取り合えず部屋の中に入るように誘導する。


「えーと、取り合えず部屋入ったら?」

「うっ……ここじゃ駄目なのか?」

「夜更けとはいえ廊下じゃ誰かに見られるかも知れないだろ。良いからほらこっち来いって」


そう言って扉を開こうとする蒼一だったが、ユーリアがドアノブを引っ張る所為でそれ以上扉を開ける事が出来なかった。


「ちょっと、なんで抵抗するんだよ!」

「こ、こんな夜更けに女が男の部屋に行くのだぞ?いくら私とて心の準備くらいは必要なのだ!」

「何勘繰ってんだお前は!そういうんじゃねーから!良いから早くこの扉を開けろ馬鹿!」


神様の癖に貞操観念があるのかとか、ユーリアに自身が女であるという意識がちゃんとあったのかとか、色々とツッコミたい事はあったが取り合えずこの状況を誰かに見られる方がまずいと蒼一は更に力を込めて扉を引っ張る。


「や……!駄目、これは以上は(ドアが)壊れる!」

「そう思うなら力抜けって!」

「本当に駄目だ蒼一、お願いだからもっと優しく……!」

「お前が言う通りにするなら優しくしてやるよ!」


事情を知らぬ者が聞いていたら間違いなく誤解するような言葉が飛び交う、そんな最中――


――ガチャ


「「ッ!!」」

「ふぁ~……おトイレ…………うん?」


尿意を催し途中で目覚めてしまったマリンが寝ぼけ眼を擦りながら廊下に出て来ると、蒼一の部屋の扉が開け放たれている事に気付き、フラフラと引き寄せられるように近づいて来る。


「蒼一様~起きてらっしゃるのですか~」


マリンが蒼一の部屋を覗き込むと、ベッドの上で布団に身を包み顔だけを出した蒼一と目が合う。


「マ、マリンか。おはよう」

「おはようございます~……扉が開けっ放しですけど、どうしたんですか~?」

「えっと、その……そう換気!部屋の換気をしてたんだ!」


かなり苦しい言い訳だったが、寝ぼけていたマリンは特に疑う様子も無く素直にその言葉を受け入れる。


「換気ですか、なるほど~……でも換気するなら窓も開けた方が良いですよ~」

「あ、あぁそうだな。窓も開けておくよ」

「それでは私はこれで~おやすみなさい~」

「お、おやすみ……」


そう言ってマリンが歩き去ってからも蒼一は扉の方を警戒し続け、マリンが階段を下りて一階のトイレに向かった事を確認してからようやく蒼一も緊張を解く。


「ふぅ……助かった」

「蒼一……」


安堵の溜息を吐いた次の瞬間、自身の下から聞こえて来たその声に蒼一の心臓がドクンと跳ね上がる。

蒼一が自身を包んでいた布団を恐る恐る払い除けると、ベッドに押し倒される形になっていたユーリアが茹蛸のように真っ赤になった顔で蒼一の事を見上げていた。


「その、もう大丈夫なら退いて欲しいのだが……」

「ご、ごめん!」


非常事態とはいえユーリアの腕を掴んで部屋に引っ張り込み、ベッドに押し倒した事を思い出した蒼一は慌ててユーリアの上から飛び退くと、開けっ放しになっていた扉を閉める。

ドクンドクンと早鐘を打つ心臓の音が耳に付き、蒼一は扉と向かい合ったまま背後を見れずにいた。


(お、落ち着け俺、何を緊張してるんだ。思春期の男子じゃあるまいし、第一そういう為に呼んだ訳じゃないだろう。アイツの緊張感に吞まれるんじゃない)


初心なユーリアを見てついつい自分も緊張している事に気付いた蒼一は深呼吸を繰り返し、気を落ち着けてから振り返る。


「うっ」


振り返りベッドの上に腰掛けるユーリアを見た瞬間、蒼一は自分の心臓がまたもやドクンと跳ねるように脈打つのが分かった。

強引に引っ張り込み押し倒したせいで乱れた髪と衣服、頬を赤らめるそのしどけない姿に蒼一の中でグラリと何かが揺らぎそうになるも、本来の目的を思い出しグッと堪える。


「それで、こんな夜更けに私を呼んだ理由は何なのだ?」

「お、おぉ……えっとな、俺の行動を監視してたなら既に知ってると思うんだが、今日から一緒に暮らす事になった娘達の中に歯のないレミィって娘が居るんだ。その子の歯を元通りにしてやりたいんだけど、何か方法が無いか?」

「歯を生やすだけなら方法はそれこそ幾らでもあるが」

「じゃあ俺でも出来そうな簡単な方法で頼む」

「それならばお前が木の実にやっていたように、始源による改竄が手っ取り早いだろう。というかこれくらいなら私に相談せずとも思いついていたのではないか?」

「それなら俺も確かに真っ先に思いついた事なんだけどさ。方法を思い付くのとそれを実践する事が出来るかってのは別というか……」

「つまり?」

「やり方分かんないんで教えてください!!」


一瞬たりとも迷うことなく潔く頭を下げる蒼一、自分では無理だと思ったら相手が誰であろうとプライドなんぞかなぐり捨てて頭を下げる諦めの速さは長年の社会人経験の賜物である。

そんな情けないのか潔いのかよく分からない蒼一の姿を見て、一人緊張しているのも馬鹿らしくなったのかユーリアが何時もの調子を取り戻す。


「はぁ……然程難しい事ではないし、それくらい別に構わないが、お前この世界として転生して何ヶ月経った?。その程度はとっくに出来るようになっているものだと思っていたが」

「世界の管理者として生まれたユーリアと違って、こちとら生まれはただの人間だぞ。世界としての力の使い方とかそんなアッサリと理解出来る訳無いだろ」

「そんな力強く言われても困るのだがな……まぁ良い。肉体の再構築だがこれは簡単だ。まず対象となる存在の遺伝子情報を読み取り、それから――」

「待て待て!"遺伝子情報を読み取り"ってなんだよ!さらっと言われてもそんなん出来る訳ないだろ。こちとら人間一人が持つ情報の意味さえ殆ど分かってない状態だってのに」

「それが読み取れないというならもうこの段階で詰んでいるのだが」

「あー取り合えず、その遺伝子情報の部分だけ世界(オレ)に流してくれない?。遺伝子情報と現在の肉体の情報の切り分けさえ出来れば何とかなるかも知れないし」

「全く面倒な……分かった。今からその情報を伝えるからしっかりと理解しろ」

「おう!」


という訳でユーリアとのマンツーマン指導が始まった訳なのだが……。


「まずは外分泌上皮細胞から唾液腺粘液細胞、これが唾液腺n1細胞、あとこっちがフォン・エブネル腺細胞の情報で――」

「ごめん、ちょっと細胞単位とか細かすぎて良く分からなかったからもっと大雑把に頼む」

「何だと?仕方ない、であれば――」


余りにも細かい所から始まったユーリアの指導、大雑把にと言ったものの最初が細胞だった時点でユーリアの大雑把加減はお察しであり、それから同じやり取りを何度も何度も繰り返した末にとある所に落ち着く。


「良いか、これがレミィという娘の歯の情報で、こっちが現在の肉体の情報だ」

「おぉぉう、ちょい待ち……こっちが歯で、こっちが今のレミィの情報だな」

「その肉体の情報に娘の歯の情報を上書きしてやればお前が望んだ通りの結果になる」

「あぁ、ありがとう。でも本当にちょっと待って、今話しかけられると覚えたもんが全部飛んできそう」


一時間近くマンツーマンで教えて貰った蒼一だったが結局教えられた情報の殆どを覚える事は出来ず、最終的に今回の目的であるレミィの歯を再生させる為に必要最低限の情報だけを頭に叩き込もうという結論に至った。


「はぁ……まさかここまで覚えが悪いとは予想外だったぞ」

「いや本当に頼むから静かにしててくれ。こっちは覚えるのに必死なんだよ」

「むっ」


覚えるのに必死でそれ以外の余裕が無くなっているのは分かるが、それでも折角教えたのにその言い方は面白くないと、ユーリアが眉を顰めて言う。


「だったら覚えている今の内にその娘の歯を再生させて来れば良いだろ」

「それもそうだな、ちょっと行ってくる!」


ユーリアのその言葉に蒼一は同意すると、肉体を抜け出して意識体の状態でレミィとコノの部屋へと向かう。

記憶する事で頭が一杯だったとはいえ、どうやら肉体を伴った状態で部屋に行くは拙いという判断くらいは出来たらしい。

蒼一(意識)が居なくなり静寂が支配する部屋に取り残されたユーリアと蒼一(肉体)、ベッドに腰掛けていたユーリアは立ち上がると、抜け殻となった蒼一の枕元に立ち、その場にしゃがみ込む。


「堕し児相手に何をやっているのだろうな、私は」


ユーリアの細く白い指が意識の無い蒼一の頬をふにふにと突く。


「お前にそういうつもりが無い事なんて、私だって分かってたさ。それでも――」


――私が目の前に居るというのに他の娘の事ばかり考えるのは酷いと思わないか?。


恥ずかしくて決して口に出来ないそんな言葉を胸に秘めながら、蒼一の意識が戻って来るまでの間、ユーリアはふくれっ面で蒼一の頬を突き続けるのだった。

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