助け出された少女達(飼われた少女の場合)
助け出された少女達の最後の一人にして不穏なタイトル。
前話の最後にちょっとシリアス挟みましたが今話もちょっとシリアス継続します。
流石にここでギャグというかおふざけは入れられなかった。
年長組の二人と別れた蒼一は今、蒼一は九人目である最後の少女の元へと向かっている最中であった。
所在不明だった少女の居場所だが、クラリッサに聞いたところその所在は驚く程アッサリと判明した訳なのだが、その時に交わした会話の内容が蒼一の頭の中で引っ掛かっていた。
「もしかしてレミィの事ですか?。あの子ならジィナさんのところに居ると思いますけど」
「ジィナさん?ニーヴァの職員の人?」
「はい、支部長の秘書をやってる人です」
「あの人、ジィナって名前だったのか。ありがとう、秘書室の方に行って見るよ」
「あ、ちょっと待ってください!」
そういえば何時も秘書さんと呼んでたななんて考えながらも、蒼一が倉庫を出て行こうとした時、表情を曇らせたクラリッサが蒼一を呼び止める。
「どうかした?」
「あの、レミィの事なのですが、もしかしたら蒼一様に失礼な態度やご迷惑をお掛けするかもしれなくて、でも決して悪気がある訳じゃないんです!だからあの子の事もどうか!」
「待って待って!ちょっと落ち着いてくれ。大丈夫、一度救い上げた以上、九人全員ちゃんと面倒は見るつもりだから、失礼な態度や迷惑くらいで見捨てたりはしないさ」
その程度で見捨てるのなら蒼一に変態疑惑を掛けた三つ子はとっくに見捨てられているだろう。
失礼さと迷惑の度合いが段違いである。
蒼一のその言葉に一瞬安堵の表情を浮かべたクラリッサだが直ぐにまた表情を曇らせてしまう。
「あの子は私達とは違うんです」
「?どういう意味?」
「……私達はあの男達の商品だったのです」
自分達の事を"商品"と言った時、クラリッサの顔に悲痛さが、グラファの顔に嫌悪感が浮かび上がる。
「私達は大事な商品だったからこそ、最後の一線までは越えられませんでした。ですがあの子は……レミィはあの男達に"飼われていた"のです」
「飼われる……」
クラリッサが口にした"飼われていた"という言葉の意味を蒼一は直ぐにどういう意味かを理解する。
レミィが一体男達の間でどういう扱いを受けていたのかも、ブリ雄に聞いた話からブリ雄が盗賊達のアジトの最奥で見つけた少女の一人こそがそのレミィであるというのも蒼一は今の話で察してしまった。
「その所為でレミィは重度の男性恐怖症になってしまったのです。話す事はおろか男性の姿を見る、男性に姿を見られるだけでも嫌悪感を隠せない程に」
「だからクラリッサは俺にレミィを見捨てないでくれって言ったのか」
「はい……常識的に考えればそんな状態の人間と男性が一つ屋根の下で暮らすなんて無理な話かもしれません。でも今蒼一様達に見捨てられたらレミィじゃ生きていく事は難しい……いえ、不可能でしょう」
「レミィの世話はこっちでやるし、勿論屋敷の管理の仕事だって手伝わせる。蒼一様とブリ雄様には極力迷惑掛けないようにするからさ。だからレミィの事は多めに見てやってくれない?」
「……分かった、レミィの事は同性である皆に任せるよ。でも取り合えず顔だけは合わせて来る。実際に暮らす段になってから顔を合わせるよりは心理的な負担も少ないだろうし」
「分かりました。レミィの事、よろしくお願いします」
「盗賊に飼われていた少女、か。さてどう接したもんかな」
最後の最後にとんでもない爆弾が出てきたものだと、蒼一が頭を抱えている内に秘書室の扉の前に着いてしまう。
数秒扉の前に佇んだ後、蒼一は意を決して扉をノックする。
「はい」
「あのすみません、蒼一ですけど」
「蒼一様ですか?。少々お待ちを」
扉越しにくぐもった声が聞こえ、その声に従い蒼一が扉の前で待っていると秘書室の扉がゆっくりと開かれ中からアイゼンの秘書であるジィナが顔を出す。
「ここにブリ雄が盗賊から助けた女の子、えっとレミィが居るって聞いたんですけど」
「えぇ、レミィならここに」
言い辛そうに語気が弱まるジィナの言葉に、蒼一はその内心を察しながら言葉を投げる。
「レミィの事はクラリッサから聞いてます。でもせめて顔合わせというか、挨拶くらいは事前しておこうと思って、いきなり屋敷で初対面じゃ心の準備もないですから」
「…………分かりました。ですが対応には十分気を付けて下さい。今のあの子は非常に不安定でして、迂闊に異性が接すれば乱心しかねません。助け出したブリ雄様にさえ酷い怯えようでして……」
「ブリ雄にもですか」
今まで出会って来た八人がブリ雄の事を様付けで呼ぶのは自分達を助けてくれたブリ雄に対する敬愛の念の表れであり、蒼一にも様付けしているのは自分達が敬愛するブリ雄が蒼一をそう呼んでいるからであって、彼女達がよりどちらに心を許しているかと問えば間違いなくブリ雄と答えるだろう。
それが分かっているだけにレミィがブリ雄にさえ酷く怯えるというのであれば蒼一ではどうしようもない可能性が非常に大きい。
いっそ顔合わせは見送った方がという考えも脳裏に浮かんだが、屋敷に移れば嫌でも顔を合わせるようになる以上、ここで一度顔を見せるというのは間違いでは無い筈だと蒼一は意を決して秘書室の扉を潜った。
事務机と本棚だけの簡素な部屋、秘書としての業務必要最低限な物だけを揃えたその部屋の隅に明らかに異質な真っ白の塊が蒼一の目につく。
それは無地のベッドシーツのようなもので包まった小刻みに蠢く物体であった。
「……あれが?」
「はい、レミィです」
「もしかして俺の声が聞こえたからあんな風に?」
「いえ、蒼一様が来てから確かに震え出しはしましたが、基本的に同性の前でもあんな感じです」
「もうそれ男性恐怖症というか人間不信なのでは」
異性に対してだけでなく同性にもそんな態度だというのなら尚の事どうしようもない。
「一応、自分と同じく助け出された彼女達にはある程度心は開いているようですので、レミィの世話は彼女らに任せれば問題ないかと。それに同性に対しても怯えているとはいえ、男性のそれと比べれば大した問題ではないので」
「なら秘書室に置いておくよりも他の子達と一緒に……いや、それは駄目か」
ブリ雄の元に居る三人娘、出入りの多いエントランスホールに居る三つ子、倉庫で職員の仕事を見学している年長組、レミィ以外の者達の傍には常に男性が居てとてもじゃないがレミィを傍に置いて置ける状況ではない。
そうなると同性であるジィナ以外の出入りが殆ど無い秘書室に置いておくのが一番無難であろう。
「しかしそうなると屋敷まで連れてくのも一苦労か」
「少なくとも人通りの多い昼間は無理ですね。屋敷の契約の方は職員の一人を直ぐに向かわせましたのでそろそろ戻って来る頃合いかと思いますが……」
「そういえばその屋敷って家具とかどうなってるんです?。何かこっちで揃えなきゃいけないものがあったりとか」
「さぁ……屋敷を探して来たのはサンジスさんですので私には分かりませんね。職員が戻ってきたら早速屋敷を確認しに向かわれるのが宜しいかと。この時間からなら今日中に足りない物を確認して注文するなりは出来ると思うので」
「そうですね、職員の方が戻ったらそうします」
話題が少し逸れたが、蒼一はジィナから今回ここに来た目的であるレミィの方へと視線を移す。
相変わらずシーツのようなもので身を隠し、小刻みに震えているレミィだったがその震えは蒼一が入室した時よりも心無しか収まっているようにも見えた。
(ちょっと雑談してる間に少しは落ち着けただろうか)
入室して直ぐに声を掛けるのも負担が大きいかと判断した蒼一はわざと話題を反らし、蒼一がそこに居るという事実を少しでもレミィに受け入れられるよう時間を置いたのだ。
かと言って下手に近づくような真似はせず、秘書室の入り口から一歩も動く事はせずその場にしゃがみ込み、シーツが邪魔で見えないが恐らくここら辺だろうとレミィに目線を合わせるようにしてから蒼一はレミィに声を掛ける。
「レミィ」
「ヒッ……!」
「……大丈夫、何もしないし、これ以上近づかないから」
小さく悲鳴を上げたレミィに蒼一は一言一言に間を置いて、ゆっくりと語り掛け続けた。
「俺は蒼一、ブリ雄から名前を聞いてないか?」
「ッ!!」
ブリ雄の名が出た瞬間、シーツがビクンと跳ね、その反応に蒼一は続く言葉を取り止める。
(ブリ雄の名前に反応した?。知った名前が出たから……にしてはちょっと過敏過ぎる気もするが)
それが悪いかは兎も角、少なくとも好ましい反応には見えなかった蒼一は別の人間、レミィにとって馴染みのある名前を出していく。
「さっき皆と会って来た。皆ってのはマリン、ネーナ、コノの三人と、三つ子のサーシャ、ミーシャ、クーシャ、それとクラリッサとグラファ、知ってるよな?」
他の人間と比べレミィが心を許している筈の娘達の名前を上げていくも、レミィは得にこれといった反応は見せない。
「知らない人の所に放っておいてごめんな。他の所じゃ人が沢山いるからさ、今日中には皆と一緒に居られて、他の人が居ない場所に連れてくから、それまで我慢してくれ」
蒼一がそう告げるも、レミィからの反応はブリ雄の名前を出してから一切無く、必要以上に語り掛けるのも心理的負担になると無言の時間が暫く続いた時だった。
レミィを覆い隠していたシーツが少しずつ退けられ、シーツの裏に隠れていたレミィの身体が見えて来る。
泥塗れの素足、衣服と呼ぶにも烏滸がましい襤褸切れを身に纏い、シーツと華奢な四肢の間から見える白髪の毛、そして――
「……尻尾?」
両脚の間に見えたその尾に思わず蒼一が声を漏らした途端、レミィはビクンと反応した後再びシーツに包まってしまう。
「ジィナさん、レミィはもしかして」
「はい、レミィは獣人の子です」
ブリ雄達のような魔術で人間を模した例を除けば、蒼一は今まで極一般的な人間しか見たことが無く、獣人を見るのはこれが初めて出会った。
こんな出会い方でなければ蒼一もテンション上げて"テンプレだ!"と喜んでいたのだろうが、今はとてもじゃないがそんな気分にはなれない。
「服、随分と汚れてますね」
「他の子達のように着替えさせようとしたのですが、大人しくしてくれなくて」
「もしかしてニーヴァの方で服を用意してくれたんですか?」
蒼一が顔を合わせた時、皆汚れ一つ無い小奇麗な服を着ているとは思っていたがどうやらそれはニーヴァの方で用意してくれたものだったようである。
「元着ていた服はその……とても汚れていたので」
「……そうですか」
汚れていた、そう口にした時のジィナの声色、そしてクラリッサから聞いていた"最後の一線までは越えられなかった"という言葉から蒼一はそれがどういう意味かを理解してしまった。
「レミィの分の服も用意だけはしてあるので、落ち着いた時にでも着替えさせて上げてください」
「ありがとうございます」
ジィナが差し出して来た衣服を受け取りながら蒼一が頭を下げると、廊下を駆け足でこちらへと向かって来る足音が聞こえてくる。
その音に蒼一が顔を上げると、ニーヴァの職員の女性が秘書室の前で足を止めた。
「ジィナさん、屋敷の契約の方滞りなく完了しました。これが権利書と鍵です」
「ご苦労さま、急に仕事を押し付けて悪かったわね」
「いえ、それでは私はこれで」
そういうと女性職員はジィナと蒼一に一礼してから踵を返していく。
その背を見送った後、ジィナは女性職員から受け取った物を蒼一へと手渡す。
「これが蒼一様とブリ雄様が購入なされた屋敷の権利書と鍵です」
「ありがとうございます。早速ブリ雄と確認に行こうと思うんですけど、その」
申し訳なさそうな顔をする蒼一を見て蒼一の言わんとする事を察したジィナがふっと笑みを浮かべて答える。
「レミィの事はお任せを、人通りが減った頃合いに迎えに来てください」
「本当にありがとうございます」
「構いません。あの子の様子を見て無理に連れて行けとは流石に言えませんからね」
余程身勝手な人間でもない限り、ジィナの言う通りこの場面で無理に連れていけとは言わないだろう。
そういう訳で蒼一はレミィへの顔合わせをそこで切り上げ、ブリ雄を連れて屋敷を見に行く事にしたのだった。




