助け出された少女達(年長組の場合)
「あぁぁぁ……ひでぇ目にあった」
あの後、どうにか三つ子を落ち着かせてその場を治めた蒼一は残った少女達に挨拶するべく、倉庫の方へと向かっていた。
(対価について一切触れられずにポンポン都合の良い話ばかり出されれば、どんな対価を求められるんだと不安に感じても仕方ないか)
先程は兎に角安心させようと急いた所為で三つ子にとっては余りにも都合の良すぎる話で逆に不安感を煽るような結果になってしまった事を反省し、取り合えず目先の不安要因である住む場所の提示と同時にその対価として屋敷の管理をやって貰うという説明を真っ先にすべきだと考え、蒼一は倉庫へと足を踏み入れる。
(次で三度目、今度こそ失敗しないようにしねぇと)
そう考えながら倉庫の中を見回していると、職員に交じって明らかに服装の異なる二人組の女性の姿が見えた。
「あの二人……で、合ってるんだよな?」
しかしそんな露骨な二人組を見つけたものの、蒼一はそれが本当に自分が探している少女達か微妙に核心が持てずにいた。
その理由はその二人組が少女というにはちょっと無理のある既に成熟した女性であったからだ。
今まで顔を合わせた子達は大半が十代半ば、マリンが後半でコノが前半という感じで全員が少女と言っても差し支えない年齢層だったのだが、その二人はどちらも少なくとも二十歳は超えていそうな成熟した女性であった。
少女の定義は一体どこからどこまでなのだろうかとどうでも良い事を考えた蒼一だったが、直ぐにそんな考えは振り払いそれらしき二人組の方へと近づいて声を掛ける。
「あのーすみません」
「あ、はい!何でしょう?」
「つかぬ事をお聞きしますが、御二方はブリ雄が盗賊から助けた人達ですか?」
「えぇ、そうですが貴方は?」
どうやら正解のようでその事に安どのため息を漏らしながらも、蒼一は自己紹介をする。
「俺は蒼一と言います。ブリ雄から名前は聞いていたと思いますが」
「貴方が蒼一様ですか。私は――」
「アンタが蒼一様?いやぁどんな男かと思ったらブリ雄様と同じくらいの青年じゃない!」
「ちょっとグラファ!貴方初対面の方に対して失礼でしょ!」
「そう?アタシとしてはクラリッサがお堅過ぎるだけだと思うんだけど、なぁ蒼一様はどっちが良い?」
「え?あー俺としては堅苦しいのよりは気安い方が有難いですけど」
「だってさ。蒼一様はアタシの方が良いんだと」
「そうは言っても限度というものがあるわ!グラファはもう少し節度を持って行動して頂戴!」
(あーなるほどね)
このやり取りだけでも二人の性格や立ち位置を察した蒼一は言い争う二人の姿を観察する。
鋭い眼つきに腰まで伸びる金髪のクラリッサと呼ばれていたお堅い印象の女性と悪戯っ子のような笑みを浮かべているせいか幼さを感じさせる顔立ちの茶髪で癖っ気のあるショートヘアのグラファ、そんな対照的な二人の言い争いは生真面目なクラリッサの説教をグラファは適当に聞き流し、その態度がまたクラリッサの怒りを買い説教へという無限ループに陥っていた。
「ごめん、説教は後回しにして貰って良いかな」
このままでは一向に話が進まないと堂々巡りする二人の会話に蒼一が割って入る。
「あ、すみません!」
「ほら、クラリッサの小言が煩いから怒られたじゃん」
「グラファ!」
「はいはい!そこまで!!」
また説教が始まりそうになるのを強引に止めつつ、蒼一はグラファがまた余計な事を言う前にと今後住んで貰う屋敷に関しての説明をする。
お調子者のグラファも流石に今は蒼一の邪魔になると理解したのだろう。
クラリッサと一緒になって大人しく蒼一の説明を聞いていた。
「なるほど、私達に住む場所を提供する代わりにそこの管理を任せたいというお話ですか」
「そういう事、俺達もずっとスルクに居る訳じゃないからね。それと生活費はある程度出すけどその管理もそっちに任せるから無駄遣いは気を付けて……とは言っても九人分の一月あたりの生活費とか分かんないから具体的な額とかは追々、実際に生活を始めてからになるけど」
「何から何までありがとうございます」
「いやいや、住み込みで働いて貰うんだからこれくらいは最低条件でしょう」
家だけ渡して後はご勝手にというのは流石に無責任過ぎるし、かといって何から何まで世話をするというのも三つ子の時のようにまた逆に不安にさせかねない。
住み込みで管理という仕事を任せるのだから衣食住を保証するのは可笑しな話では無い筈だと、蒼一は自身の常識に照らし合わせて相手に不信感を与えない程良い条件を提示する。
「それで他に何か聞きたい事とか、不安なところはない?」
「そうですね……その」
「何か聞き辛い事?」
躊躇いを見せるクラリッサに蒼一がそう尋ねると、クラリッサはそれを肯定するように黙り込んでしまう。
そんな態度を見せられると気になって仕方ない蒼一だが、迂闊に追及すれば碌な事にならないという予感がそれを邪魔する。
「蒼一様、ちょっと良い?」
「あ、うん、何?」
そこに真面目さの欠片も無いグラファの声が入って来て、蒼一は気の抜けた返事を返す。
「家賃や生活費は出すから外で別の仕事をするってのは駄目かな?」
「グラファ!」
「クラリッサだってそうしたいんでしょ?なのにどうしてそれを聞かないのさ」
「それは、だってここまでして貰ってるのにそんな身勝手な事……」
「ごめん、話が見えてこないんだけど一から説明して貰える?」
二人の会話の内容を要約するに屋敷の管理ではなく別の仕事をしたいという事なのだろうが、取り合えずどうしてそういう事になったのか順序立てて説明してくれと蒼一が言うと、クラリッサが話してしまったのだから仕方ないという様子で口を開く。
「実はニーヴァでお世話になっている間にこちらで働かせて頂けないかと相談していまして、まだ決まった訳では無いのですが」
「…………あっ」
そう打ち明けたクラリッサの顔を見た時、蒼一の脳裏に生前の記憶が蘇って来る。
それは何年も面倒を見ていた後輩が転職を打ち明けた時の事だった。
「何?転職を考えてる?」
「はい……」
「転職ってなんでまたこのタイミングで、ちょっと前なら兎も角、労働環境改善が叫ばれるようになってウチも働きやすくなって暫く経つってのに、あーもしかしてブラックな環境が恋しくなったのか?」
「茶化さないで下さいよ。ほらウチってIT業界全体で見ると随分とニッチな分野というか、それ一本でやってるじゃないですか。今は兎も角、十年、二十年先どうなってるのかなって考えた時、途端に不安になったんです」
「ん-まぁ確かに十年後どうなってるかは分からん業界ではあるな」
「そうなんすよ。栁井さんってもう歳言ってるしそんな先の事関係ないかも知れないっすけど、俺はまだバリバリの二十代っすよ!定年までまだまだ長いし先行き不安で仕方ないんです」
「おいコラ葛城、お前今サラっと先輩をディスったな?俺だってまだ四十代、十年後もバリバリ働いとるわ!」
「ちょ、そんな怒んないで下さいよ。可愛い後輩の小粋なジョークじゃないっすか」
「可愛い後輩名乗るなら茶髪に染めて背中くらいまで伸ばして美容整形もして、あと五歳は若返って性転換してから出直してこい」
「それもう別人!完全に栁井さんの趣味じゃないっすか……真面目な話、何時沈むかも分からない泥船に乗り続けるくらいなら、色々と手広くやってる豪華客船に乗り換えたいなって考えてるんです。でも俺、栁井さんにはすげぇお世話になったしここまで育てて貰っておいて転職だなんて、裏切るみたいでなんか嫌だなって」
「裏切る、ねぇ……気にし過ぎなんだよ。お前普段は不真面目な癖して変な所で義理堅いというか、生真面目だよな。まぁ転職するしないは自由だが、引継ぎだけは頼むぞマジで、急に明日仕事辞めますとかだけは勘弁してくれ」
「ははは、そうなったら栁井さん過労で死んじゃいますもんね!。ただでさえ残り少ない栁井さんの寿命を削らないよう頑張りますよ!」
「良い度胸だなぁ葛城ィ!頑張ってくれるってなら明日のプレゼンお前に担当して貰うか」
「明日!?今から資料作れと!?ちょ、栁井さん冗談ですってばぁ~。あ、ねぇ栁井さん?どこ行くんで――栁井さぁぁぁぁぁん!!」
(結局、葛城が転職する前にあんな事を言ってた俺が突然転生しちまった訳だが……皆大丈夫かなぁ)
「あの、蒼一様?」
「え?あ、ごめん」
自分が居なくなった事でその皺寄せを食らっているであろうプロジェクトのメンバー達を思い浮かべぼんやりとしていた蒼一の意識をクラリッサが引き戻す。
「ちゃんと話は聞いてたよ。そっか、まぁそうだよね。ブリ雄の奴、何の相談も無しに飛び出してった訳だし、そういう話になってても仕方ないか」
「いえ、先程も言ったようにまだ決まった訳ではないので、あの、だからその……」
「すんごい勝手な事言うけど、アタシらが自立できるようになるまで世話になって良い?」
「ちょっと、グラファ!」
「クラリッサはまどろっこしいんだって、蒼一様は神様じゃないんだからちゃんと言わなきゃ伝わんないよ?」
「だからって、もっとこう順序というか言い方ってものがあるでしょ!助けて貰った立場でそんな身勝手な事」
(そっか、クラリッサもグラファも葛城と同じなのか)
再び言い争いをする二人を見て、蒼一は二人に嘗ての後輩の姿を重ねていた。
途方も無い力を持つ蒼一とブリ雄だが傍から見ればニーヴァに所属する新兵二人でしかないのだ。
それは言うなれば何時沈むかも分からない泥船であり、個人の力による保護なんて何時無くなるか分かった物ではない。
それならば個人より組織、泥船より豪華客船へ乗り換えようというのは実に堅実的な考え方だった。
しかしそれを葛城が前向きな意味合いではなく後ろめたく感じていたように、クラリッサもまたその事を恩に対する裏切りだと感じてしまい、後ろめたい気持ちが邪魔をして切り出せなかったのだろう。
そう考えると……何故だろうか。
「クラリッサ、グラファ」
「え?」
「ん?」
蒼一は自然とつり上がる口角を抑える事が出来ず、言い争いを止めた二人に声を掛けて言った。
「良いよ、自立出来るようになるまでの間だけでも、一度救い上げてしまったんだから自立出来るようになるまで面倒は見るさ」
「流石蒼一様!話が分かるぅ!」
「えっと、宜しいのですか?」
「男に二言は無い。但し屋敷の管理をやらない分、生活費とかそっちは多少助けて貰うけどね」
「それは勿論!ありがとうございます!」
(あぁ、やっぱ何処となく似てる)
クラリッサもグラファも葛城も、三人は根っこの部分が良く似ている。
顔も性別も性格さえもまるで違うけど、三人はそれぞれ全く違う存在だというのは分かっているけれど――
("お前を送り出す事が出来なかった俺なりの罪滅ぼし"なんて言ったら、葛城……お調子者のお前は"俺みたいなのとこんな可愛い子達を一緒にするのは失礼っすよ!"って言っただろうな)
生前の同僚の事を思い出し、暖かい気持ちで胸がいっぱいになるのと同時に哀愁の念が込み上げて来る。
(俺はもう、二度と皆に会う事は出来ないんだな)
そんな当たり前の事、転生した事実を知った時から分かっていた筈なのに、今更になってその事が胸の中にすっと落ちて来る。
きっとそれは今まで無意識的に考える事を避けていた蒼一の自己防衛本能、それが今さらになって蒼一を現実へと向き合わせるのだった。




