助け出された少女達(三人娘の場合)
(はぁぁ……こういう時、世界ってのは不便だな)
あの地獄が生成されてから約一時間後、様子を見に来たアイゼンの秘書によって混沌と化したあの場は何とか治められ、疲労の限界を迎えていた蒼一とブリ雄はニーヴァの職員用の仮眠室で休息を取っていた。
とはいえブリ雄と違い意識体が本体である蒼一は横になったところで眠れる訳も無く、肉体の方は意識を抜いて休眠状態にしてあるので取り合えず肉体的な疲労は問題なかったが、精神的な方は以前として疲労感を拭い去る事は出来ていない。
(こうのは一眠りでもすればスッキリするんだろうけどなぁ)
意識体ではそれも叶わないと、心の中で何度目かの溜息を吐く。
何も考えずぼーっとする事に努めようとするも処理能力の高さが仇となり、ついつい余計なところまで思考が及んでしまって全然気が休まらない。
(街の中じゃ人の情報も沢山入って来るし、余計に気が休まらん。ブリ雄も寝てるしここは一旦空の上にでも退避して――)
そう考え意識を完全に肉体から切り離して仮眠室から出ていこうとした時だった。
仮眠室の外、扉の直ぐ傍からずっと動かない三人の人間、蒼一の知覚には無論引っ掛かっていたのだが、単純に情報としてそこにあるというだけで今の今まで気にしては居なかったのだが、どうやら仮眠室に用があるらしく、何やらコソコソと話をしていた。
「ねぇ、やっぱり後にした方が良いんじゃない?。ニーヴァの人も疲れてたみたいだから仮眠室を貸してるって言ってたし」
「であればこそです!お疲れになっているのは恐らく私共の所為!ここでブリ雄様をお疲れを癒さずしてどうするのです!」
「わぁ……ネーナ凄い燃えてる。でも私はマリンの意見に賛成、今はブリ雄様を寝かせてあげた方が良いと思う」
(あーなるほどね)
聞こえて来た内容にこの三人が一体何者で、何が用があるのかも即座に把握した蒼一はさてどうするべきかと考えを巡らせる。
(というかここにはブリ雄だけじゃなく肉体も居るんだけどなぁ……)
自分もブリ雄と一緒になって少女らの為に頑張ったというのに、会話の内容に一切自分が含まれていない事に不満を感じつつも、一向に扉から動く気配を見せない三人組が気になって蒼一も蒼一でその場から動けなくなっていた。
(……はぁ、空に退避するのは止めだ。ちょっと話でも聞くか)
ブリ雄から軽く話は聞いていたが、本人達とはまだ会話はおろか顔を合わせても居ない事を思い出し、大陸に来てる間だけとはいえ一緒に住む事になるのだから今の内に挨拶でもしておこうと蒼一は切り離した意識を肉体へと注ぎ直す。
「――――――ッ」
肉体に流れ込む意識と意識へと流れ込んでくる肉体の感覚、強烈な立ち眩みのような症状に見舞われるも全身の感覚を取り戻した蒼一はゆっくりとベッドから起き上がる。
「身体の方は……大分回復してるな。流石はバハムートの身体だ」
肉体的な疲労感は今や寝起きの気怠さに交じって分からないくらいには薄れており、扉の前まで移動すると蒼一は扉を引くと同時に扉の裏へ飛び退く。
「あっ!」
「きゃぁ!」
「わ」
蒼一が起き上がった物音でブリ雄が起きたのではないかと聞き耳を立てていた三人は扉という支えを失い仮眠室の中へと派手な音を立てて倒れ込む。
「あいたた……ネーナ、大丈夫?」
「えぇ、なんとか……それよりも降りてくれないでしょうか」
「そうしたいのは山々なんだけど……コノが」
「肉布団、心地良い」
「ちょっとコノ!退いてくれないと私達が起き上がれないでしょう!」
「無理、お出かけでとても疲れた、私のライフはもうゼロ」
「コォォノォォォ!貴方ねぇ、いい加減に――」
「あのー」
「「「ッ!」」」
完全に自分達の世界に入っていた三人に蒼一が躊躇いがちに声を掛けると、三人はようやく周囲の状況に目が向き始めたのか、自分達の傍に立っていた蒼一へと視線を向けた。
蒼一としては三人が何をしていたのかは知っているのだが、三人からしてみれば名も知らない謎の男なので、蒼一も相手に合わせて何も知らない体で声を掛ける。
「三人は一体そこで何をしてるんだ?」
「あ、えっと、私達はブリ雄様に助けて頂いた者なのですが」
「ブリ雄様がとてもお疲れになってここで休んでいると聞き居ても立っても居られなくなり」
「だからここに来た。でも正確には暴走するネーナを止めに来た。だから私は無実、怒られるのはネーナだけで良い」
「コノ!?」
「あー……うん、元気があるのは良い事だけど、取り合えず静かにしてくれないか?ブリ雄が起きちまう」
蒼一のその言葉にハッとした様子の三人は慌てて口を閉じ、仮眠室にあるベッドの方へと視線を向けると、余程疲れているのか今の騒ぎでも起きる事のなかったブリ雄が穏やかな寝息を立てており、それを確認すると三人は音も立てずゆっくりと立ち上がり静かに扉を閉める。
とりあえず落ち着いた三人の様子を見て、蒼一はベッドに腰掛けてから改めて三人に自己紹介をした。
「俺は蒼一、ブリ雄の仲間だ」
「蒼一様?では貴方がブリ雄様の仰っていた」
「ん?なんだ、ブリ雄の奴俺の事話してたのか?」
「はい、この街に向かう道中、不安で胸がいっぱいだった私達を落ち着ける為に色々とお話下さったのです」
「へー……ちなみに俺の事はなんて言ってた?」
ブリ雄が蒼一の事をどんな風に思っているのか、それは蒼一も理解しているつもりだが蒼一に向かって話すのと他の相手に対し蒼一の事を話すのでは言い方も変わって来るだろうし、蒼一としてはそれがちょっと気になっていた。
「蒼一様はブリ雄様とその家族を救ってくださった命の恩人であると聞いております。だから自分も救われた者として私達を見捨てる事が出来なかったとも」
「アイツ、そんな事まで話したのか」
下手なボロが出ないよう不必要に自分達に関する情報を出さないようにと散々蒼一に注意してきたブリ雄がそんな事を喋ったのかと、ブリ雄のその言葉に喜べば良いのか話した事に怒れば良いのか、蒼一は何とも言えない表情をする。
ブリ雄の名誉の為に言うがブリ雄とて何もただ口を滑らせた訳でも蒼一に注意した事を忘れてしまった訳でもない。
ひもじさに屈した親族に裏切られ盗賊に売られた少女達、助けられたとはいえ親族に裏切られた後に通りすがりでしかない赤の他人をそう簡単に信用できる筈はなく、ブリ雄に助けられた少女達の内心は盗賊達に捕らえられていた時と変わりない、或いはそれ以上に穏やかではなくなっていた。
本当に助けられたのか?前より酷い目に遭うのではないか?そんな不安が少女達の間に広がっている事を察したブリ雄はその不安を少しでも和らげてやりたくて本来なら話さない自分の身の上を少女達に話して聞かせたのだ。
話しては拙い部分は伏せつつも要点は抑え、自分達が飢饉に陥り餓死した仲間の亡骸を食うか食わないかの瀬戸際にまで追い詰められていた事、そこに蒼一が現れ皆を救ってくれた事、ひもじさに屈して売り払われた少女達にとって飢饉というのは他人事ではなく、その時点でブリ雄に対してある種の連帯感のような思いを抱くようになっていた。
ブリ雄もそんな境遇だったから、赤の他人に救われたブリ雄だからこそ、同じく赤の他人でしかない自分達を助けてくれたのだと、そこまで理解して少女達はようやく安堵する事が出来たのだ。
(まぁ話したところでそこまで致命的な事でもない筈だし、大丈夫……だよな?)
アイゼンの狡猾さと鋭さを思い返すとそんな些細なヒントからも答えを導き出しそうで正直不安で仕方のない蒼一だったが、流石のブリ雄もそれくらいは考えて発言している筈だとこの話題はそこで一旦打ち止めにする。
「俺の話は聞いていたみたいだし細かい自己紹介は必要無さそうだな。君達の事を教えてくれるか?。ブリ雄の奴、女の子を九人助けたというだけで性別と人数以外の情報を碌に話さないままに狩りに連れ出しやがったもんで何も知らないんだよ」
「あ、はい、分かりました」
そう言って一人目、肩まで伸びたセミロングの黒髪少女が胸に手を当てて自己紹介を始める。
「私の名前はマリン、ヘマル村で生まれ育ちました。特技は料理に掃除と、あとちょっとした計算くらいなら出来ます!」
「お、おう」
マリンの様子に自己紹介というよりは何だか面接みたいだなと感じつつ蒼一は次の娘へと視線を向けた。
二人目は溌剌とした青髪のショートヘアの娘で、蒼一に視線を向けられると身を乗り出す勢いで自己紹介を始める。
「私はネーナです!ガナ村の出身で、良く村の近くの山で山菜摘みをしていました。猟師の人に交じってモンスターを捌いた事もあるので、解体などはお任せください!」
「そ、そうか……その時はお願いするよ」
「はい!是非!」
そして最後に三番目、二人と比べると頭一つ半くらい小柄で髪も切るのが面倒臭かったのか伸び放題というものぐさが服を着て歩ているという印象を受ける少女だ。
「コノ、ラーム村出身、趣味は食べる事と寝る事、運動は苦手」
「……それだけ?」
「それだけ」
「……そう」
絵に描いたようなものぐさっぷりに蒼一が引き攣った笑みを浮かべていると、マリンとネーナが慌てた様子でコノに詰め寄る。
「ちょっとコノ!もう少し何かあるでしょ!?」
「そうです!もっとアピールする部分があるでしょう!例えば……そう、その…………あっ!身体が小さいから小さな隙間も綺麗に掃除出来ますとか!」
「手も小さいから隙間の奥まで届かない」
「私が折角捻りだしたアピールポイントを自ら否定しないでください!」
(何だ、盗賊に捕まってたって聞いてもっと精神的に参ってるものだと思ったのに案外元気そうだな)
ワイワイと姦しい三人娘を見つめながらそんな事を考える蒼一はその事に安堵の笑みを浮かべながらぼそっと無意識に言葉を零す。
「良かった、三人は元気そうで……これなら変に気に掛けてやる必要は無さそうだな」
「え?」
「あ、あのッ!」
「それ、は……」
蒼一の口から零れ出た言葉、それを耳にした途端三人の表情が明らかに強張り、先程までの姦しさが嘘のようになくなってしまう。
「どうしたんだ?そんな暗い顔をして、俺なんか変な事言ったか?」
「だって、だって……!」
「ちょ!?泣くなって!えぇぇ、どうして急にこんな」
「今のは蒼一様が悪いですよ」
「ッ!」
一瞬にしてお通夜のような空気になった事に蒼一が面食らっていると、ベッドで横になっていた筈のブリ雄がむくりと起き上がる。
「ブリ雄!もう起きて大丈夫なのか?」
「いえ、正直まだ頭がクラクラしますが、このまま蒼一様に任せると後が面倒になりそうなので……蒼一様はもう少し人の機微に対して敏感になった方が宜しいかと」
「ぐっ、自分がそういうのに鈍いのは自覚あるけど、そこまでハッキリと言われると腹立つな。それで俺の何がいけなかったって言うんだよ」
自分の発言を今一度思い返してみても別段三人を泣かせるような発言をした記憶は一切ない。
それなのに何故三人に泣かれなければならないのだと若干不服そうな顔をする蒼一にブリ雄がその訳を告げる。
「良いですか、彼女らは頼れる者も居ない見知らぬ土地にその身一つでここに居るんです。それを不安に思うのは当然ですし、そんな状況で頼る事の出来るかもしれない人間から"気に掛ける必要は無い"なんて言われたら蒼一様はどう思います」
「あぁ、そういう事か」
その説明で蒼一もこの三人が自身の発言をどういう風に受け止めたのか理解し、そして先程の面接紛いの自己紹介の訳も同時に理解した。
(面接みたい、じゃなくて本当に面接のつもりだったんだな。自分の有用性を示して俺達に着いて来ようとしてたのか――って、ちょっと待てよ)
ブリ雄の説明に納得しかけた蒼一だったが、頭の中でとある事柄が引っ掛かりその事についてブリ雄に追及する。
「ブリ雄、お前まさかこの子達に屋敷の話とか何もしてないのか?」
「…………そういえばしてませんでしたね」
「それ一番肝心な奴じゃねぇか!この子達を不安させてる原因だよそれ!!」
気まずそうにそっぽを向くブリ雄に対し、蒼一はここぞとばかりに追撃する。
「お前が事前にその事を説明していればこの子達だってそんな不安を抱える事も無かったし、俺だって事前にこの子達がその事を知らないと理解してればもっと気を遣った発言が――」
「出来ていましたか?」
「――出来なかったも知れないけど!それでも今回はブリ雄にも非があるぞ!」
事前に説明していれば余計な不安を抱かせる必要も無かったというのは事実であり、こればかりはブリ雄も蒼一の事ばかり責める事は出来ない。
一方で蚊帳の外にされていた三人娘はキョトンとした表情で二人のやり取りを眺めていた。
話の内容からして自分達にとって悪い話ではない、それどころか良い話であるというのは察する事が出来たが、二人のやり取りだけではその詳細はまるで見えてこない。
「あの、御二人は何のお話をしているのですか?」
「君達の住む屋敷の話だよ。昨日ブリ雄が帰って来て早々に"助けた少女九人を住まわせられる屋敷を買いましょう"って言い出したんだ」
「お、お屋敷ですか!?」
「あぁ、その為の資金調達で俺とブリ雄はほぼ半日モンスターを狩り続けてたんだ」
「では御二人が疲れていらっしゃるのは、私達の為に……?」
それは身を粉にした二人の善意に対してか、或いは見捨てられた訳ではないのだという安堵からかは不明だが感涙にむせぶ三人を見て、蒼一は何だか見てはいけないものを見てしまったような微妙な気持ちになりそっと三人から視線を反らしてブリ雄を見る。
「良く考えれば屋敷の事も伝えてないって事はニーヴァに預けた後、碌な説明もしないまま一晩中放置してたのか?。普通に考えて見捨てられたんじゃないかと不安がっても仕方ないぞ」
「申し訳ありません。急いていたもので……そこまで気が回りませんでした」
「謝るなら俺じゃなくて女の子達に言ってやれ」
そう言うと蒼一はベッドから腰を上げ、扉の方へと歩いて行く。
「蒼一様、どちらへ?」
「他の子達にもこの事伝えて来る。きっとそこの三人みたいに不安に思ってるだろうからな」
「であれば私も――ッ!?」
「ブリ雄様!」
ベッドから起き上がろうとした途端立ち眩みに襲われ倒れ込みそうになったブリ雄をネーナが咄嗟に支える。
「無茶するな。まだ体調も万全じゃないんだから今は大人しく寝ておけよ。三人共、悪いけど俺の代わりにブリ雄をみてやってくれ」
「はい!」
「畏まりました!」
「任せて」
「じゃ、頼んだぞ」
それだけ言うと蒼一は仮眠室を出て、他の子達にも挨拶するべくニーヴァのエントランスホールの方へと足を向けるのだった。




