食糧事情改善にむけて
元長のドラゴンであるコバヤシは行き場が無いという事でこの孤島に住む事となり、最初他の者達は初めて見る自分達よりも巨大なコバヤシの姿に驚いてはいたが、直ぐにコバヤシの存在を受け入れた。
これがドラゴンという種族を知る者であればこうも簡単に受け入れる事は出来なかっただろうが、無知故の柔軟さでコバヤシの事は"そういうもの"だと認識したのだろう。
『蒼一よ、ここは本当に彼の伝説の地ではないのか?』
「違うって、ここはレヴィアタンの海域を越えた先にあるただの孤島さ」
『しかし神はこの地に存在しているではないか』
「アイツは暇潰しに来てるだけで住んでる訳でもないしな。ノーカンだノーカン」
『ノーカン……お前らはたまに我の分からない言葉を使うな。それもこの地特有の言葉なのか?』
「それに関しての説明は、あー長くなるし面倒だからまた今度にしてくれ。神だの世界だの正直お前もまだ完全に状況を飲み込めてはいないだろう?」
『うむ、ハッキリ言って半分も飲み込めていない自信がある!』
「本当に自信満々に言いますね」
コバヤシのその言葉にブリ雄は少しだけ呆れたように言葉を漏らすと、意識を切り替えてコバヤシに質問する。
「ところでコバヤシさん、質問があるのですが貴方は普段どれくらいの食事をなされるのでしょうか?」
『食事の量か?それは活動量に比例して変わるぞ。殆ど動かなければそれそこ丸一年は何も食わずに生きていられる』
「活動量に比例してですか。なるほど、そうなると今は随分と腹が減っているのではないですか?」
あの山頂からレヴィアタンの海域まで力を解放したままかなりの速度で飛ばした為、活動量もかなりのものであり食料もそれだけ必要となるのではないかとブリ雄は危惧していた。
『そうだな、ここ数ヵ月食事はしていなかったし、久しぶりに動いたのもあって腹が空いてるのは確かだ』
「申し訳ないですが現在この島の食料事情はあまり芳しくなくてですね。コバヤシさんには海で自分の分の食料を確保して頂けないでしょうか」
『海でか?しかしその、海神は大丈夫か?』
「心配いらん、ここはレヴィアタンの海域から離れた位置にあるからな。少なくとも島が見える範囲の海域なら問題ない」
『そうか……そういう事であれば問題ない。我の糧は海で得るとしよう』
「そうして頂けると助かります」
ブリ雄としては一番気掛かりだった問題点が解決した事で一安心し、次の話題へと話を向ける。
「蒼一様、スルクで購入した作物の種を蒔く畑に関してなのですが、蒼一様のお力で畑をお作り頂けないでしょうか」
「それは別に構わないが、俺がやって良いのか?。ブリ雄なら作業を覚えさせる為にも畑作りは自分達の手でやるものだと考えてたんだが」
「本来ならそうしたいのですが、その場合他にも作業がある以上どうしても片手間になってしまいますし、そうなれば必然的に畑の完成は遅れます。この島の土壌でどの作物が育つのか調べる為にも一刻も早く畑を完成させたいのですよ」
ブリ雄がスルクで購入した種は種類共に決して少なくは無かったが、それでも一種類の収穫物が全員に行き渡る程の量という訳でもない。
これはあくまでもこの島の土壌にどの作物が合っているのかを調べる為であり、この結果を持って本格的に種を調達していく予定なのでブリ雄としては少しでも早くその結果を知る必要があった。
「オーケー、そういう事なら任せろ。どこに作るんだ?洞穴の近くか?」
「川の近くにしようかと、水を汲むのも大変ですから」
「確かに、洞穴近くじゃ水やりが面倒か。じゃあ早速行くか」
『森に入るのか?』
「そうだって、コバヤシの巨体じゃ森の中は無理だよな。悪いけど砂浜で待っ――」
「これならばどうだ」
「――てて…………は?」
コバヤシに砂浜で待っているように告げた蒼一だったが、その言葉に割り込むようにコバヤシがドラゴンの姿を人の姿へと変貌させ、蒼一は言葉を失う。
変身能力を持つドラゴンなんてそれこそテンプレのようなものだが、蒼一が言葉を失ったのはコバヤシの変身能力に関してではなく、その姿に関してであった。
「なんで、俺の姿?」
「人間の姿に化けるのだ。目の前に居る人間の姿を参考にするのは当たり前だろう」
「それは……そうかもな。でも自分と同じ顔が目の前にあるってのは正直違和感が凄いから別の顔にしてくれると有難い」
「別の顔?ブリ雄の顔なら良いのか?」
「それはそれで紛らわしいからもっと違う、あーブリ雄なんか良いの無いか?」
「そういう事でしたら」
ブリ雄は異空間を開くとそこから一冊の本を取り出してコバヤシに見せる。
「こちらの顔を参考になさっては如何でしょう」
「お前達とは随分と顔が違うな。こう、か?」
「えぇ、とてもソックリですよ。これなら紛らわしくはないでしょう」
「いや、確かに凄い見分けは付きやすくなったんだけどな、一人だけタッチが違うんよ」
ブリ雄が見せた本、それは歴史書のようなものでそこに乗っていた偉人の肖像画をコバヤシに見せた結果、コバヤシの顔はその偉人、というよりは肖像画にソックリの顔へと変わっていた。
「絵が飛び出して来たみたいな顔だな」
「先程から文句が多いな貴様は、取り合えず身体は小さくしたのだからこれで森に入っても問題はあるまい」
「まぁ、そうだな。取り合えずはそれで行くか」
一人だけ明らかに顔で浮いているがここは孤島、他人の目を気にする必要も無いので三人はリアルなタッチをしたコバヤシを連れて畑予定地である川辺の土地まで移動する。
畑はまだだったが場所自体は既に準備してあったのか、草や木の根を掘り返して作った開けた場所で足を止めると、蒼一は早速地面を掬い上げるように動かして地面を耕す。
「これだけ派手に大地を動かしているのに、魔力は微塵も感じられない。本当に大地そのものが動いているのだな」
「肖像画で真面目に解説し出すの止めてくれねぇかな。シュールにも程があるぞ」
「というか声帯を使って喋っているという事は外面だけでなく内面もしっかり変化させているのですね。それに随分と流暢な喋りで」
「何千年も生きていれば色々と覚えるさ。人に化けて街や村に入り込んだ事もあったからな」
「流石は元長、強すぎて世代交代が出来なかっただけはある」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえんぞ……それよりどれだけ耕し続ける気だ?もう十分に見えるのだが」
「っと、そうだな。ブリ雄、種を出してくれ」
「了解しました」
種は既に異空間から取り出してあったのか、ブリ雄は懐から五つの小袋を取り出すと、蒼一が耕した大地を五つの区画に分けて種を植えていく。
「種類を試すという割に五種類だけしか用意していないのだな。せめてその倍の十種類くらいは用意しているものだと思ったのだが」
「種類だけなら確かに増やす事は出来ますが、スルクの街で定量が手に入るのはこの五種類だけなのですよ。数が少ない、次何時入荷するかも分からない作物が育ったところで意味は無いですからね」
「なるほど、そういう事か」
「ん?育った実から種を採るのは駄目なのか?」
ブリ雄とコバヤシの会話にそんな疑問を抱いた蒼一が会話に割り込むと、ブリ雄がその疑問に答える。
「人の手で育てた作物から採れた種では芽が出にくいのです。正確に言えば原種と呼ばれる種の発芽率を十とした時、第一世代の作物から採れた種を植えた場合その発芽率は五と半分にまで落ちます。そして第二世代の作物から採れた種の発芽率は更にその半分と、世代を重ねる毎にどんどん芽が出なくなるのですよ」
「なんだそりゃ、じゃあその原種は何処から調達してくるんだ?」
「森や山に自生してる分や、値段と数がネックになりますが世代を重ねても発芽率をある程度は維持出来るようにした種などもありますね」
世代を重ねると芽が出なくなるなんて、普通に考えればそんな植物絶滅してても可笑しくはないのだが、それが野生にはしっかりと現存し続けている。
恐らくユーリアが世界に何らかの細工を仕込んでいるのだろうと、蒼一は理屈の分からないその疑問を飲み込む。
「そうだブリ雄、余った種があったらくれないか?」
「はい?それは別に構いませんが、何をなされるので?」
「俺の力を借りずに自分達の力だけで食料事情を解決したいってのは分かるんだが、それはそれとして俺個人としても力を使って作物を育ててみたいんだ。力の扱い方の練習も兼ねて」
「なるほど、特に拒否する理由は御座いませんので、余剰分で良ければお渡ししましょう」
「サンキュー」
後でブリ雄達の邪魔にならないように川を挟んだ反対側の方に改めて実験用の畑を作るかと考えていた蒼一に、ブリ雄が声を掛ける。
「其れはそうと蒼一様、明日についてなのですが」
「明日?なんか予定あったっけ」
「いえ、予定はありませんでしたがこの状況、アイゼン様に一報も入れないという訳にはいきません」
「あ、あー……確かに」
流れでコバヤシを孤島に連れ帰り、頭は完全に農業気分だった蒼一は街に戻らなければならない、厳密に言えばまたアイゼンと向かい合って交渉事をしなければならないのかと露骨に眉を顰めた。
「如何いたしましょう。説明に行くだけそれが終われば直ぐ戻ってくる予定ですし、私一人でも十分ではありますが」
「そうだなぁ」
蒼一の本音を言えばアイゼンとの交渉事なんて可能な限り避けたいイベントの一つだ。
交渉なんて得意か否かで聞かれれば否と即答するくらい苦手であり、だからこそブリ雄任せにするのではなく、これからは自分も積極的に会話に参加して得意とまではいかなくてもせめて人並くらいには慣れておかないと、ブリ雄任せにしないという以前に宣した決意が形だけのものとなってしまう。
とはいえ今回の場合は普通の交渉事とは訳が違い、真実と嘘を交えた非常にややこしい説明をしなければならない以上、二人で説明して下手に食い違いを生むくらいならブリ雄だけに任せた方が利口なのは間違いなかった。
「……今回は遠慮しとくよ。俺は今は農作業に集中したいし」
「了解しました」
という事で、何だかんだと理由を並べ蒼一は今回の件に関する説明をブリ雄に丸投げするのだった。
翌日、自身がその事を激しく後悔する事になるとも知らずに。




