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危険なチェイス

霧隠れの山にドラゴンが大挙として押し寄せて来る、その事を知った蒼一とブリ雄の心中は穏やかでは居られなかった。


「お前、それが分かってて力を解放したのか!?」

『仕方なかろう。そこの魔術師の魔力を感じ取り、我も力を解放せねば太刀打ち出来ぬと判断したが故の行動だ』

「はぁ……自衛の為とはいえ、それを大事と考えているならもう少し躊躇しても良かったのでは?」

『我とて何千年と長を務めた身だ。侮られたままでは我慢ならん』

「長としての誇り、ですか」

『既に放棄した地位だがな』

「蒼一様、如何いたしましょうか。私としましてはドラゴン達が大挙して押し寄せて来る前にこっちから出向いて追い返す事を提案しますが」

「ちょっと手荒いけどそれが手っ取り早いか」


この事態を治める為にそう提案するブリ雄とそれに同調する蒼一に対し、話を聞いていたドラゴンが横から口を挟む。


『いやちょっと待ってくれ。元長としてこれからを担っていく者達の心を圧し折りに行くような真似は出来れば避けて欲しいのだが』

「丁度良いではありませんか。停滞気味の者達に自らの力の無さを自覚させる良い機会です。新しい風を取り入れるチャンスですよ」

『新しい風っていうか激しい嵐の間違いだろうが!!貴様ら二人に蹂躙されたら自覚する以前に色々と吹き飛んでしまうわ!』

「酷い言い様だなおい。それじゃあお前が代わりの案を出してくれ」

「私達はここに向かってる群れに関する情報が圧倒的に足りていません。故に力尽くで追い返すという乱暴な手段しか取れない訳ですが、貴方はそうではないでしょう?」

『む、むぅぅ』


自分達の案が嫌なら代案を出せという言葉にドラゴンは唸りながら頭も捻って考える。

自分を連れ戻す為にここに来るであろう数百のドラゴン達、それを穏便に追い返す手段を思い付けるならそもそもこんな所に隠れ住んでは居ないだろう。

とはいえここで無理だなんて言えば蒼一とブリ雄はドラゴン達を追い返しに向かい、結果人間二人に一方的に蹂躙されるというドラゴン達の心に深いトラウマを与える事になる。

ドラゴンという種族のこれからを担っていく者達をこんな所で折られる訳にはいかないとドラゴンは必至になって考えた。


『ならば私が力を解放しながら遠くへと飛び去ろう。そうすれば間違いなく同族達は我を追ってくる筈だ。貴様らとしても我にここに居座られては困るのだろう?』

「確かにそれならここから退去して欲しいという我々の願いも叶いますが、その場合は向かった先にドラゴン達が押し寄せるのでしょう?。群れそのものの進行を止める事は出来ないのですか?」

『無茶を言うな。我の言う事を何でも無条件に聞くならばこんな事にはなっておらんさ』

「もう面倒臭いからコイツを群れに差し出せば万事解決じゃないか?誰も不幸にならんだろう」

『ここに不幸になるドラゴンが居るのだが!?。第一、それでは結局遠くない未来ドラゴンという種族が駄目になる。結局不幸になる以上はその提案は受け入れられん』

「戻った後にまたコッソリと抜け出す……では、結局同じ事の繰り返しになりますよね。いっそドラゴン達が追跡を諦めるような魔境に放り込むのも手ですか」

『それ我はどうなるのだ!?』

「頑張ってください」

『投げやりにも程があるだろう貴様ァ!』


そんな漫才を繰り広げるブリ雄とドラゴンの脇で、蒼一は顎に手を当てどうするかを考えていたのだが、その漫才を聞いていた蒼一は思いついたと言わんばかりに柏手を打つ。


「魔境、魔境か……ブリ雄、ナイスアイデアだ!」

『ナイスじゃない!鬼か貴様ら!我の命だけは助けてくれるのでは無かったのか!?』

「安心しろ、何もずっと魔境で過ごせとは言ってないだろう。ちょっと耳を貸せ、良いか――」









「マーカーの設置、完了致しました」

「よし、これで何時でも帰って来れるな」

『……なぁ、本当にさっきの策を実行するのか?』


山頂に転移用のマーカーを設置するブリ雄と蒼一にドラゴンが不安そうに声を掛けると、ブリ雄がその不安に答える。


「群れに手も出さないし、貴方にも害が及ばない。それで納得したのは貴方ですよ?」

『確かにその条件で納得はしたが、それはあくまで無事成功すれば話だろう?もし失敗すれば我らの命は』

「貴方が嫌なら今からでも最初の案に変えますが」


最初の案、それは蒼一とブリ雄でここに向かって来るであろうドラゴンの群れを追い返す案の事であり、元群れの長として群れの未来と自身の命、どちらを優先するかなんて天秤に掛けるまでも無かった。


『……分かった、案は変えなくて良い。このまま行こう』

「そうですか、では蒼一様そろそろ向かいましょうか。こうしてる間にも群れが移動し騒ぎが大きくなるでしょうから」

「そうだな、それじゃあ行くか。レヴィアタンの海域へ!」


群れが追跡を諦める魔境、その候補として真っ先に上がったのはレヴィアタンが守護する海域であった。

作戦としてはドラゴンが群れに自身の位置を伝える為に力を解放したままレヴィアタンの海域まで飛び蒼一達もそれに同行、レヴィアタンの海域へ侵入してブリ雄の転移魔術で孤島に飛ぶ。

レヴィアタンの海域で反応が消失する事で元長のドラゴンが死んだと群れに思い込ませるのが本作戦の肝であった。

故に可能ならば群れも迂闊に近づけないよう、そして疑惑が少しでも確信へと近づくようにレヴィアタンの海域の奥の方まで移動してから転移するのが望ましい。

しかし勿論やり過ぎればレヴィアタンが出て来てしまい蒼一とブリ雄は兎も角、ドラゴンの方は成す術も無くやられてしまう可能性が高いので引き際は見極めねばならなかった。


「索敵の方は任せとけ。それよりブリ雄も転移のタイミングと範囲指定には気を付けてくれよ。俺が先行して飛ぶけどレヴィアタンの接近を感知したらすぐさま反転してそっちに近づくから」

「その時は一も二もなく転移する、分かっていますよ」


レヴィアタンの接近を感知してからでは合図の一つさえ致命的な出遅れになりかねない以上、レヴィアタンの海域に侵入してからは蒼一が何かしらのアクションを起こした時点で転移を発動させるという手筈になっていた。


霧隠れの山から東の方へと飛び立った蒼一達は真っ直ぐ海を目指し最短距離を飛んでいく。


『ぐぅぅぅ……!』

「おい大丈夫か、速度少し落とした方が良いか?」

『ふん、これしき、どういう事は、ないわ』

「念話が途切れ途切れになっているじゃないですか。念話の維持さえ難しいくらい全力で飛んでるなら少し速度を落としますよ。レヴィアタンの海域に到着する前にへばられたら困りますからね」

『むぅぅ、ぅ』


そういう訳で速度を無理のない範囲まで落とし、それから三十分が経ち蒼一達の視線の先に青い海が見えて来た。


「海が見えて来たぞ」

『本当にあの海神の海域へと乗り込むのだな』

「ここから先は全速力でお願いしますよ」

『言われずとも分かっている!……行くぞ!』


覚悟を決めたドラゴンがその覚悟を念話で伝えた次の瞬間、輝くドラゴンの全身、鱗一枚一枚の隙間から炎が爆発するように噴出し一条の光を空に描く。

その瞬間に生じた熱波に煽られ蒼一とブリ雄の体勢が僅かにブレるも即座に立て直し、速度を上げてドラゴンを追走する。


「くっ!早い!」

「ブリ雄!追いつけそうか!?」

「問題ありません!」

「そうか、じゃあ俺は手筈通り先行してるぞ!。赤鉄――"セットアップ"!」


赤鉄を発動させた瞬間、ドラゴンの後方を飛んでいた筈の蒼一の姿は赤い残光だけを残して消え去り、一瞬にしてドラゴンを追い抜き一足先にレヴィアタンの海域へと侵入していく。


(何だあの馬鹿げた速度は!?我の全力を以てしてもまるで追いつけん!)


蒼一のその速度に驚愕していたドラゴンだったが、ブリ雄も蒼一程の速度は出せないが着実に距離を詰めて来ており、改めてこの二人の規格外っぷりにドラゴンは戦慄を隠せなかった。


(何なのだこの二人は)


その一方、先んじてレヴィアタンの海域へと侵入した蒼一は赤鉄を解除し、徐々に速度を落としながら周囲を警戒していた。


(結構沖の方まで来た筈なのに出て来る素振りが無いな。海域に入ったら直ぐにでも反応してくると思ったんだが、反応無しか)


蒼一やブリ雄、そして西の大陸に住む人々はレヴィアタンを侵入すれば問答無用で即刻排除に動く荒神のように考えているが、実際のところレヴィアタンという海神はそれ程勤勉なタイプではない。

レヴィアタンの守護する海域は途方もなく広く、その海域を抜け出すには蒼一の赤鉄の最高速度を以てしても一息では抜けられない程に広大だ。

故にレヴィアタンは即刻排除ではなく最終的に排除すれば良いというスタンスで動いている為、余り海域に深入りせず、直ぐに引き返す素振りさえあれば見逃す事が多かったりする。

しかし現在の蒼一は徐々に速度を落としつつあるとはいえ既に海域の奥深くまで侵入しており、反転する素振りも見せていない以上、それをレヴィアタンが許す筈も無く――


「うぉ!?」


蒼一がその場で即座に反転し全力でスラスターを噴射した瞬間、背を向けた蒼一の背後を凄まじい勢いで水のブレスが通り抜け空を漂う雲海を貫く。


「知覚範囲外からの長距離狙撃かよ!あっぶねぇな!」


蒼一の知覚の隙間を縫う文字通り針のように細く鋭い一撃、海水に紛れたその針のようなブレスに気付かぬまま直進を続けていたら直撃していたのは間違いなく、その事に肝を冷やした蒼一は続け様に飛んでくるブレスを回避しながらブリ雄達の方へと引き返す。


「クソ!予想以上に距離が遠い!」


レヴィアタンの攻撃が予想以上に遅れた為、蒼一とブリ雄達の間にかなりの距離が開いてしまっていた。

最初の狙撃が失敗して以降、レヴィアタンは一度狙いを定めた以上引き返したところで攻撃の手を緩める事は無く、急浮上して攻撃を狙撃から速射に切り替え海上に毎秒何十という水柱が吹き上がる。


『おい!何かヤバいぞ!!』

「貴方は念話してないで速度を落とさず全速力で進む事だけを考えてください!一刻も早く蒼一様と合流しなければ!」

『あれに向かって突っ込めってのか!?』

「遅れたら貴方だけここに置き去りにしますよ!!」

『ぐっ!?畜生ォ!!』


ここまでレヴィアタンの海域に深入りした段階で置き去りにされれば間違いなく命はない。

生き残るには海上から噴き出る何十もの水柱に向かって行くしかないと、ドラゴンは一度した筈の決死の覚悟を今一度し、速度を上げたブリ雄に必死に食らいついていく。


「ブリ雄!」

「蒼一様!」


蒼一がブリ雄の転移範囲内に入った瞬間、ブリ雄は即座に石杭に魔力を込め、全員が纏めてレヴィアタンのブレスに貫かれそうになる寸での所で転移が発動し、間一髪孤島への転移に成功するのであった。

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