謝罪よりも感謝の言葉
ニーヴァを後にして宿への帰路を歩く蒼一とブリ雄、アイゼンの策に見事嵌ってしまい、交渉や腹の探り合いにおいて経験の差を感じて気落ちしていた二人だったが、ふと蒼一が足を止める。
「蒼一様?」
「……なぁブリ雄、あの山の上に居るのは一体何だろうな」
「少なくともエルダートレント以上の何かである事は間違い無いでしょう。それが生き物なのかは不明ですが」
「生き物じゃない可能性があるってのか?」
「えぇ、例えば山頂付近に霧を生み出したり大地を動かす事が出来る何かが居る事は間違いないですが、それらは生き物は勿論、魔道具のようなものでも実現可能です。アイゼン様も話を進める為にモンスターであると仮定はしていましたが、常に"らしい"というように曖昧な言葉を使っていたところからもニーヴァも潜む何かがモンスターかどうかすら断定出来ていないのでしょう」
そう、モンスターが居るという前提で話を進めてはいたものの、実際にモンスターが居るかどうかは誰も断定は出来ていない。
それはあくまで状況証拠から話を滞りなく進めていく上で必要な仮定というだけの話だ。
「まぁ今回得た情報からして魔道具だけが山頂に存在しているという線は薄いでしょう。あの規模の地面操作を可能とするには大量の魔力を要する筈、となると大気中の魔力を集めるタイプでは追いつかない以上、その供給をする何かが存在するのは間違いない」
「それに俺らが中腹に入ってから急に霧が立ち込めた事も考えれば、その供給源が俺達の動きを監視していて、霧を発生させて地面を動かしていたってのが一番可能性としてはあるのか」
「蒼一様、もしや」
あの濃霧の先に一体何が居たのか、蒼一にはそれがずっと気掛かりだった。
何故その事を今このタイミングで蒼一が口にしたのか、数ヵ月蒼一と共に行動してきたブリ雄は理解し、ブリ雄のその先の言葉を蒼一が継ぐ。
「山頂の様子を確かめたい。デミスさんが居たから黒鉄は使えなかったけど、飛んでいけば山頂まで辿り着けるだろ?」
「確かにその通りですが、行く必要ありますか?。単純な好奇心なら正直止めておいた方が良いと思うんですが」
蒼一とブリ雄への調査依頼は既に完了している。
ここで動いたところで個人的な好奇心を満たすだけで何のメリットも無い。
それどころか逆に勝手な行動と咎められる可能性すらあり、そのデメリットを考えるとブリ雄としては単なる好奇心だけではそれを認める事は出来なかった。
「好奇心か。確かにその気がないと言えば嘘になる。でも決してそれだけじゃないんだ」
蒼一はそう言うと胸を張り、霧隠れ山がある方角の空を睨みながら続ける。
「ニーヴァは新人の育成を何よりも重点を置いて取り組んでいる。霧隠れの山はニーヴァにとって重要な場所の筈だ」
「確かに、話を聞く限りあの山のモンスターの棲み分けは他よりも分かり易い。山頂に近づく程にモンスターが厄介になっていくというのは順序良く経験を積んでいくには持って来いの場所でしょう」
「そんな場所が今はその棲み分けも滅茶苦茶でニーヴァはその事で困ってる。そして今の俺はニーヴァに属する人間だ。出来る事ならどうにかしたい――いや、俺達ならそれが出来るんだ」
決して好奇心だけじゃない、組織に属する人間として、自分が出来る事をやりたいと告げる蒼一にブリ雄は考える素振りを見せながら答える。
「まぁ、あの山頂にあるのが何であろうと私達なら問題は無いでしょう。しかし組織に属するというならば、行動する前にアイゼン様に一言告げるべきだと思うのですが」
「そんな事言ったら絶対止められるか、もしくはニーヴァの規則でまた同行者を付けられるだけだろ?。そうなると俺らも迂闊に力は出せないし、そうなったら出来る事も出来なくなる」
「だから勝手に行って解決しようという訳ですか……正直後の事を考えると面倒事が多くなりそうですが」
「大丈夫だろ。アイゼンさんだって"可能なら解決して欲しい"って言ってたし」
「それは依頼の範疇の話でしょう。依頼が終わった以上は報酬が貰えない可能性がありますし、勝手な行動に対し追及を受ける可能性もあります。いくらニーヴァとの契約が緩く、こちらに多くの裁量が委ねられていると言っても契約に無い事ならしても良いという訳ではないのですよ」
「でもさ、向こうの判断に任せてたらきっとこの状況はまだまだ続くんじゃないのか?。山頂から中腹まで地面を動かせるような何かを今すぐどうこう出来る連中が俺達以外にこの街に居るのか?」
「…………」
蒼一のその問いにブリ雄は答えられなかった。
この数日の間にニーヴァの所属メンバーについても情報を仕入れていたブリ雄だが少なくともスルク支部に居る者達でそれに該当する人間の情報はなく、仮にスルク内に居たとしても別会社である以上は協力を仰ぐ必要があるし、即日行動という訳にもいかないだろう。
「俺さ、依頼の話を聞いた時にちょっと調べたんだ。まぁ調査とか大それたもんじゃなく小耳に挟んだ程度のものだけど、霧隠れの山での依頼が受けられないからって別の所行って大怪我した戦士や術師の人の話、この状況が続いたらまた同じような人が増えていくと思う」
「それはニーヴァの所属している以上、依頼を受けたからには怪我はその人の自己責任です。私達にそんな人達を守る義務はありません」
「確かにそれはブリ雄の言う通りだ。でも」
そこで言葉を切り、蒼一は強い意志を感じる瞳でブリ雄の目を見つめながら告げる。
「俺達に彼らを守る義務はないけれど、彼らを守れる力はあるんだよ」
「ッ――」
「だったら俺は義務だとかそんなの関係無しにやりたいんだ。やれるのにやらなかったら、多分俺はきっと後悔するから、今後似たような話を聞いて"あぁ、あの時俺が行動してれば"って、後になって悔んでる自分が嫌になるくらい想像出来てしまうから」
だからどうか俺の好きにやらせて欲しいと目でそう告げる蒼一にブリ雄は諦めたように息を一つ吐く。
「はぁ……分かりました。アイゼン様への言い訳は私がどうにかしましょう。幸いアイゼン様の利害と一致している以上、それ程強く追及される事は無いでしょうし」
「ごめん、ブリ雄」
「謝罪の言葉を口にするくらいならやらないで下さい。一度やると決めたからには、そして私がそれに従うと決めたからには、頂けるなら感謝の言葉の方が私としても嬉しいです」
そう言って微笑むブリ雄に、蒼一は一瞬だけキョトンとした顔を浮かべるも直ぐに同じような笑みをブリ雄へ返し、今度は謝罪ではなく感謝の言葉を口にする。
「そうだな、ありがとうブリ雄」
「どういたしまして、それじゃあ早速向かいましょうか」
「おう!」
二人は来た道を引き返し、スルクの街の正門を目指して歩くのだった。




