調査報告と真相
「いやぁ、ご苦労様でした」
蒼一達にとって三回目となるニーヴァの応接室、そこにはニーヴァのスルク支部の長であるアイゼンと今回の依頼に同行したデミス、そして蒼一とブリ雄が居た。
秘書の淹れた紅茶で喉を潤し、少しの間を置いてからアイゼンは改めて今回の調査の結果を尋ねる。
「それで如何でした?何か分かりましたか」
「アイゼン様の期待に沿えるだけの成果は得て来たと思っておりますよ」
「ほう、では早速お聞きしても宜しいですか?。私の期待、という事は何故山頂に誰も辿り着けなかったのか、その原因が判明したという事ですよね?」
「はい、霧隠れの山は中腹の辺りから地面が斜め右方向へ、渦を巻くように動いていました」
「……あぁ、すみません、もう一度お願い出来ますか?」
「山の中腹の辺りから地面が斜め右方向へ、渦を巻くように動いていました」
「…………デミスさん?」
「俺もその場で確認した。ブリ雄が空中で停滞している間、俺達は斜め後ろへと動いていた。まぁブリ雄が浮遊して逆に移動していただけって可能性を指摘されると否定材料は無いんだが、そんな嘘をつく意味がブリ雄にあるとは思えんし、信じて良い筈だ」
「分かりました、デミスさんが言うのであれば信じましょう」
ブリ雄の突拍子もない説明に受け入れられない様子のアイゼンだったが、デミスがブリ雄の言葉に同意した様子を見せると素直にそれを受け入れ、そのアッサリ加減にブリ雄は疑問を抱く。
(どうしてこうもアッサリとアイゼンさんは――いや、なるほど、そういう事ですか)
アイゼンの策動、サンジスの言動、そしてデミスの行動、それがブリ雄の中で急速に結びついていき、ブリ雄はアイゼンへと視線を向けて口を開いた。
「やってくれましたね、アイゼン様」
「はて?何の事でしょうか」
恍けた様子のアイゼンにブリ雄は内心で苛立ちを抑えながらも今回の調査で得た情報を伝えていくのだった。
「はぁ……やっぱあの手の空気には馴れんな」
アイゼンへの報告を終え、蒼一とブリ雄はニーヴァを出て宿への道を歩いていた。
「とはいえ、デミスさんにも言われたけど何でもかんでもブリ雄任せってのも拙いし、この手の交渉とか報告事も俺もやってかないとなぁ。となるとまずは何からやってくべきかね。ブリ雄はどうすれば良いと――って、こんな質問する時点で駄目か」
今日休憩時にデミスに言われた事、そして今までの自分の行動を照らし合わせ、余りにもブリ雄に頼っている部分が大きい事を改めて認識した蒼一はそんな言葉を零す。
一方でブリ雄の方はというと報告が終わった後からずっと顰めっ面で何やら考えている様子だった。
「ブリ雄?どうしたんだよ、ずっと難しい顔してるけど」
「…………蒼一様はこの依頼を受けた時の事、正確に言えばデミスさんについて質問した時のアイゼン様とサンジスさんの態度について覚えていますか?」
「それは覚えてるけど、今にして見ればあの二人も酷いよな。俺も同じような事してた手前、他人の事を言えた口じゃないけどさ。それにしたってあんなにも露骨に忌避する事なんてないのに」
今回の依頼を受けるに際し、同行者について詳細を求めた時の二人の態度を思い出しながら蒼一がそう答えると、ブリ雄は未だに気が付いていない蒼一に言葉を投げる。
「その割には今回の報告の際、アイゼン様は頻繁にデミスさんに声を掛けていましたね」
「そりゃあ俺達だけの報告じゃ信憑性が薄いからな。その為の同行者でもあるってデミスさんも言ってたじゃないか」
「確かに、アイゼン様からすれば支部長としての職務を優先しての行動でもあるのでしょうが、それにしては随分と信頼した様子で、しかも和やかに話していました」
ブリ雄の言う通り、アイゼンはブリ雄が報告する度にデミスに確認しながらも、デミスが肯定したり疑問や補足を入れれば考える事はあれど最終的にはそれを全て受け入れるというようにデミスの言葉に全幅の信頼を寄せていた。
余り関わりたくないだなんて言いかけていた人間の態度とは到底思えない。
「蒼一様、今朝デミスさんと合流する前に私がした話も覚えていますか?」
「えっと、同行者が居るから迂闊な発言は控えろって話と、後は調査内容と同行者の等級が合わないって、だからもしかしたら間者の類かも知れないって」
「その通りです。私はそのつもりでデミスさんの行動や言動に注意を払おうとしていました。しかし前日のアイゼン様やサンジスさんの発言の所為で間者を疑う私達の思考の間に、別の物が挟み込まれてしまった」
「それって、まさか」
デミスについて触れた時、過剰に拒否反応を示すアイゼンとサンジスの反応、あれを見た時蒼一とブリ雄は相当な際物がやってくるものだとばかり考えていた。
しかし実際にやって来たデミスは一見真っ当でそんな素振りも殆ど見せはしなかった。
それでも前日の二人のあの態度が気に掛かり、実は隠してるだけで相当ヤバい何かを抱えているのではないかと、蒼一とブリ雄はデミスの口からその価値観を聞くまでずっと疑っていた。
「えぇ、まんまと担がれた訳ですよ。良く良く考えれば可笑しいのです。私が素材を持ち込んだ際、サンジスさんに蒼一様の索敵能力に関して話をしたのが昨日の夕方、それを聞いたアイゼン様が今回の調査を私達に依頼してくるまでに一日も時間が経っていません。にも拘わらずその段階で既にデミスさんが同行者として行動する事は決定していた。そんな短期間にデミスさんは一体どうやって今回の調査について聞きつけ、自分を同行させるようアイゼン様に頼み込んだというのです?」
「……デミスさんがアイゼンさんに頼み込んだのではなく、アイゼンさんがデミスさんに頼んだって事か」
「恐らく間違いないかと、普段であれば直ぐに思い至ったでしょうが、私達に興味があるという言葉を違う意味に捉えてしまい間者であるという思考が潰される形になりました」
「それを狙ってのあの態度って訳かよ……はは」
まさかあの態度にそんな真相が隠されていたなんて思いもよらなかった蒼一は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「やっぱ俺、交渉事はブリ雄に任せようかなぁ……俺交渉とか上手く出来る自信が無くなって来たよ」
「私もまだまだ未熟です。これから二人で学んでいきましょう」
遠い目をする蒼一の肩に手を置きながらブリ雄はそう告げ、二人は気落ちしつつ宿へと帰るのだった。
一方で時を少し遡り、蒼一とブリ雄が退室して直ぐの応接室にはアイゼンとデミスがまだ残っていた。
「支部長、アイツ等に何か吹き込んだか?」
「いいえ、私は何も変な事は吹き込んではいませんよ。吹き込んでは、ね」
「つまりは何かはしたんだな」
その言葉の通りアイゼンは蒼一とブリ雄に対し、デミスの事に関しては何も変な事は言っていない。
何も語りたくないような素振りを見せる事で蒼一とブリ雄の不安感を煽ったのだが、アイゼンの口振りから凡その事情を察したデミスが見せつけるように大きく溜息を吐く。
「はぁ……アンタのその意地の悪い性格はどうにかならんのかね」
「意地の悪いとは失礼な、これでも真っ当な人間のつもりですよ。少なくとも嘘はついていません」
「それって本当の事も言ってないやつだろうが、嘘じゃないだけ余計に性質が悪いんだよ」
本当ならば受け入れて、嘘なら嘘と切り捨てる事は出来るだろうが、本当でもなければ嘘でもないとなるとその判断は非常に難しくなる。
アイゼンは核心を隠しつつ相手を誘導する事に非常に長けており、デミスとしてはその能力は信頼するに値するが、逆にアイゼン本人の事はイマイチ信頼出来なかった。
「それで調査については分かりましたが、あの二人について何か分かった事を教えてください。その為に貴方にお願いしたのですから」
「分かっちゃいるが、相変わらず切り替えがはえーな……まぁ良い、取り合えずアンタが一番気にしているであろうアイツ等の素性については何も分かっていない」
「そうですか、流石にあの程度の小細工では駄目でしたか。まぁ素性に関してはかなり警戒しているようですし、相手が間者であろうとなかろうと口を漏らす訳はない、か。ポロっと口を零させるなら警戒心を別に向けさせるのではなく、薄れさせる方向性でなければ駄目ですね」
もはや策を弄していた事を隠しもしないアイゼンの発言にデミスは呆れたように投げやりに言葉をぶつける。
「もう真正面から腹割って話した方が早いんじゃねーの?アンタの搦め手って正直言って回りくどすぎるんだよ」
「それならもう最初に試しましたよ。誤魔化されたから搦め手を使っているのです」
「そりゃ関係値が殆どないからだろ。少なくとも今ならある程度は教えてくれるんじゃないか?」
「だと良いんですけどねぇ……私とブリ雄さんはあまり相性が良くないようですので、出来ればデミスさんの方から聞いてくれません?」
「悪いが俺の依頼は終わってるんでな。それと今後アイツ等の素性調査に関する依頼を受けるつもりもない」
「おや、もしかして二人に惚れましたか?」
「侠気には確かに惚れたかもな。でもお前が考えているような意味合いじゃねぇ」
「分かっています。貴方がそこまで気の多い人では無い事は理解していますので……それでは話を戻しましょうか。何でも構いません、貴方の目で見て感じた事を教えてください」
「そうだな、まず二人の実力だが――」
それから二人は調査報告から追加で一時間情報交換を続けるのだった。




