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ブリ雄の威嚇

「見えて来たなぁ」


誰に言うでもなくそう呟いたデミス、三人の視線の先には山の頂上付近が霧で隠れた大きな山が見えていた。


「標高はおよそ千百メートル、麓から山頂まで二時間程度ですかね」

「それなりの大きさだな。しかし往復で四時間ってなると殆ど調査に時間を掛けられないぞ」


スルクから山までは約三時間、そこから二時間掛けて山を登り引き返す事も考えれば合計十時間、朝早くに出てきたので多少の時間の余裕はあるが、何時間もガッツリ調査出来る程の余裕はない。

そう考えた蒼一に対し、横で聞いていたデミルが口を挟む。


「俺らの目的はあくまでも調査なんだから必ずしも山頂まで行く必要は無いだろう。それなら十分調査に時間を割ける筈だ。そもそも山頂に行けるかも怪しいところだからな」

「誰も山頂に辿り着く事が出来ない山、か。昔はそんな事は無かったんですか?」

「あぁ、少なくとも一年前までは普通に山頂まで登れてた筈だ」

「一年前?半年前ではなく?」

「あのなぁ、霧隠れの山は娯楽施設じゃねぇんだぞ。この山に来るのは大抵が新兵から上がって間もない戦士や術師ばかりだし、そいつ等が踏み込むのは麓までだ。中腹からは重戦士やら魔術師連中が依頼で訪れはするが、中腹で済む依頼でわざわざ霧に包まれた視界の悪い山頂に足を延ばす阿呆は早々居ないさ」

「つまり一年前に居たその阿呆以降、山頂に登る人間は居なかったと」

「そういうこった」


だからこそ、今の山の異常が一体何時から始まったのか、それを正確に知る者は誰も無い。

安直に考えれば中腹に居たモンスター達が山頂から遠ざかるように麓に現れた五ヵ月前と憶測する事は出来るだろうが、それは中腹に居たモンスターが麓に現れた理由と何時までも辿り着く事が出来ない山頂という二つの問題に関連性があればの話だ。

実は山頂に辿り着けないという問題自体は中腹のモンスターが麓に現れるよりも前に発生していて、それがモンスターが麓に現れるよになった原因を探ろうとした調査で偶然発覚しただけ、つまりまるで関連の無い二つの原因が存在している可能性だって十二分に有り得る。

それを明らかにするのも今回の調査の目的であり、三人は遠目に見えている山を目指し、途中街道を外れて真っ直ぐに進んで行く。


そうして麓まで後数百メートルという距離まで近づいた時、蒼一が不意に足を止め片手で頭を抑えて呻き声を漏らす。


「ゥ――!」

「蒼一様?」

「中腹に居たモンスター達が降りて来てるって聞いてたから、多少の覚悟はしてたんだがな。この数はちょっと予想外だ」


頭を抑えながらそう呟く蒼一の言葉にブリ雄は直ぐにその理由を理解する。

何らかの理由によって山頂から逃げるように麓へと降りて来たせいで、霧隠れの山の麓はモンスター達で過密状態にあり、その膨大な数で蒼一の情報処理能力のキャパシティを圧迫していたのだ。


「どうやって五ヶ月もの間、これだけの数のモンスターが飢えもせず共存出来たんだ?。普通なら食う物なんてとっくに無くなってモンスター同士で殺し合いを始めても可笑しくは無いだろうに……これも霧隠れの山で起きてるっていう異常に関係が?」

「蒼一、お前まさかこの距離から山を探知してんのか!?」


蒼一の言葉にデミスが驚愕を露にしながらそう尋ねると、蒼一は頭痛とは違う別の意味で眉を顰める。

蒼一が索敵に優れているという情報はデミスにも共有していたが、その能力の程度までは教えてはいなかった。

通常の魔術を利用した索敵の場合は発動者を中心に半径二十メートルが精々、才能ある者でもその倍の四十メートルが限界だ。

そう考えると蒼一の索敵範囲は規格外であり、可能な限り隠しておくべき事柄だったのに蒼一は迂闊にも自身の能力を推察出来る情報をデミスに与えてしまった。

これはどうしたものかと蒼一がブリ雄に目配せをすると、ブリ雄は仕方がないというように小さく溜息を吐き、デミスに説明する。


「えぇ、蒼一様の索敵能力は群を抜いています。ただ能力が高過ぎる故に制御も難しく、またその範囲の広大さから一度に流れ込んでくる情報量が非常に膨大で今回のような生物が過密状態にある場所で使うと蒼一様の脳では処理しきれなくなるのです」

「おいおい、それって大丈夫なのかよ」

「……正直言ってあまり大丈夫では無いですね。これが依頼でなければ大人しく引き返していたのでしょうが」

「いや、別に引き返さなくても索敵を止めれば取り合えずは大丈夫なんじゃないのか?」


デミスが呈したその疑問にブリ雄は"来たか"と来るであろうと予測していたその質問に対する返答を頭の中で思い浮かべる。

蒼一(世界)索敵能力(知覚)は人間でいう皮膚感覚のようなものであり、オンオフが自由に切り替えられるものではない。

蒼一が世界であるという事実は何よりも秘匿すべき事柄であり、素直に説明する訳にはいかないし、そもそも理解する事も出来ないだろう。

となると蒼一の索敵能力には偽りの説明が必要になるのだが、ブリ雄はそれを予め考えていた。


「蒼一様の能力は簡単に切り替えが出来るようなものではありません。急激な処理能力の向上はそれだけで脳に多大な負担が掛かります。もしここで能力を解除してからまた発動させるというような真似をすれば、酷使された蒼一様の脳はその負荷に耐えきれないでしょう」

「一度解除したら休憩が必要って事か。まぁそれだけの能力ならそれくらいのデメリットはあって当然か。ったく、そういう事ならこんなところでいきなり使うんじゃねぇよ」

「蒼一様を叱らないで下さい。もし能力を発動させた場所の近くにモンスターの密集地帯があったら、それだけで蒼一様の脳は壊れてしまう可能性があるのです。それを回避する為には安全域で能力を発動させるしかない」

「む、それもそうか。麓から離れたこの位置で苦しそうにしてるのに、中腹でそんなもん発動させたら耐えきれなくて当然だよな……考え無しに物を言って悪かった」

「あ、はい」


何やら自分の知らない内に設定が加えられたと思ったら叱られたり謝られたりと、流れ込んでくる膨大な数のモンスターの情報の処理で手一杯になっている今の蒼一ではその状況の変化についていけず、気の無い返事を返すので精一杯になっていた。


「しかしそうなると今回は蒼一の能力には期待出来ないか。そんだけ凄い能力なら今回の原因を突き止める事が出来たかも知れないのに……」


蒼一の索敵能力があれば例え山頂に辿り着けなくてもその手前まででも近づければその範囲の広さで山頂の様子を確認する事は出来たかも知れないのにと、悔しがるデミスに対しブリ雄が口を開く。


「そう諦めるにはまだ早いですよ」

「何?他に方法があるのか?」

「えぇ、ちょっと乱暴な方法にはなりますが私の魔力でモンスター達を散らします」

「魔力でモンスターを散らす?それは魔術で蹴散らすって意味か?」

「いいえ、そこまで乱暴ではありませんよ。単純に魔力で威嚇して遠くに行って貰うだけです」

「魔力で威嚇って」

「まぁ見ていてください」


魔力で威嚇するというその意味を理解出来ていないデミスに、ブリ雄はそれだけ告げると地を蹴ると軽やかな動きで飛び上がり、一足で麓まで移動する。

その殆ど力を入れていない極自然な動作にデミスが衝撃を受けていると、更なる衝撃がデミスを襲う。

突然として全身が沼の中に飲み込まれたかのような錯覚がデミスを包み、全身は重くなり呼吸する事さえ苦しくなる。


「これ、は――」


自身に圧し掛かる圧迫感、それが自身の前方、ブリ雄の方から発せられている事に気付いたデミスはブリ雄が言っていた魔力での威嚇、その意味を自分の身を持って理解した。

最初、魔力で威嚇するとブリ雄が告げた時、デミスにはその意味が良く理解出来なかった。

魔力なんて魔術を発動させる為のエネルギーでしかなく、魔力は魔術として発現させなければそこら辺を漂う空気と何ら変わりはない。

人間の中には極稀に途轍もない魔力を持ち、周囲に居る人間に息苦しさを覚えさせる者も居るが、所詮は"なんか息苦しいな"くらいのものでそれが威嚇として成立するかと言われれば無理があるだろう。

だからこそ、そんな物でモンスターを威嚇するなんて不可能だと考えていたデミスだったが、その考えはブリ雄から放たれる魔力によって一瞬にして打ち砕かれてしまった。


「はは……こりゃ確かに、威嚇としては十分過ぎるな」


それからブリ雄が魔力を解放し威嚇を開始してから一分が経過し、今も尚増し続ける圧迫感にデミスはその場に立っている事も出来なくなっていた。


(これが始まってから何分経った?。クソ、これ以上はこっちが持たねぇぞ)


過去にブリ雄が魔力を解放した状態でルドルフ達と出会った時、ルドルフ達はブリ雄から発せられる圧迫感に恐れ慄く事はあったが立っていられなく程ではなかった。

なのになぜデミスがここまでの負荷を感じているのかというと、それはブリ雄がただ魔力を解放しているのではなく、魔力を放出(・・)しているからだ。

ブリ雄からすれば魔力を解放した状態は自然体であり、それが相手にどの程度のプレッシャーを与え、またどれだけの範囲の者がそれを感知出来るのかというのを理解していない。

故にただ魔力を解放しただけで麓のモンスター達が逃げてくれるのかも判断出来なかったブリ雄は魔力を意図的に放出する事で圧迫感と効果範囲を引き上げたのだ。

とはいえ蒼一程の索敵能力もないブリ雄では現在のモンスターの数が蒼一の許容範囲まで減っているかどうか判断出来ないので、結局は可能な限り魔力を放出して頃合いを見て放出を止めるしかない。


(これは以上は、もう――)


増加し続ける圧迫感にデミスが限界を迎えようとしたその時だった。


「ふぅ……あー、しんどかった」


最早指の一本も動かせなくなっていたデミスの横合いから気の抜けた蒼一の声が聞こえ、デミスが目線だけを必死に動かし蒼一へと目を向ける。


「デミスさん?大丈夫……じゃなさそうですね。おーい!ブリ雄!もう平気だから魔力抑えてくれ!デミスさんがヤバそうだ!」


その声が聞こえたのか山の麓から感じていた圧迫感が急激に薄れていき、突然拘束を解かれたようにデミスが前のめりに倒れ込みそうになりながらも、震える腕で身体を支えギリギリのところで踏ん張っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――ぅぁ」

「デミスさん、水要りますか?」

「あ、あぁ……貰おう」


蒼一から差し出された水筒を受け取るとデミスは水筒に口を付けて人心地付くと水筒を蒼一へと返し、デミスが口を開く。


「蒼一、お前良くあの魔力の中で平然としてられたな」

「え?あー」


ブリ雄が魔力を放出している最中、最後の方にもなるとデミスは指一本さえまともに動かす事が出来なくなっていたのに、直ぐ隣に居た蒼一は平然とした様子でデミスの事を心配し、ブリ雄に大声で呼び掛けていた。

その事について言及するデミスの言葉に対し、ブリ雄から不用意な発言を控えるように言われていた蒼一がどう返したものかと頭を悩ませると、麓まで移動していたブリ雄が見計らったようなタイミングで二人の元へと帰ってくる。


「戻りました。蒼一様、もう大丈夫ですか?」

「ブリ雄のおかげでな。モンスターの数もかなり、というか生き物の類は殆ど範囲外まで逃げてったぞ」

「ならば良かったです。早速ですが威嚇したモンスター達が戻って来る前に調査に向かいましょう」

「それもそうだな。これで戻って来られたら威嚇した意味が無いし、デミスさん、いけますか?」

「……あぁ、もう問題ない」


あれだけの魔力を放出したブリ雄も、あの魔力に晒されていた蒼一にも少しも堪えた様子が無い事にデミスは改めて戦慄を覚えながらも立ち上がり、三人はモンスター達が居なくなった霧隠れの山へと足早に向かうのであった。

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