デミス
アイゼンより調査依頼を受けた翌日、二人は朝早くにニーヴァへとやって来ていた。
その理由は言わずもがな、今回同行するデミスと合流する為であるのだが……。
「なぁブリ雄、俺今からちょっと腹痛になっても良いか?」
「良い訳無いでしょう。今回の依頼の性質上、私だけでは対処出来なかった場合には蒼一様のお力は絶対に必要になるのですから」
「はは、本当安請け合いするもんじゃねぇなって、今更後悔してるよ」
そう言って頭を抱える蒼一に対し、ブリ雄は周囲の様子を伺ってから蒼一に耳打ちする。
「蒼一様、今回は見知らぬ人間が同行するのですから言動には何時も以上に気を付けてください。それと向こうからの質問にも気を付けて、迂闊に答えず一旦考えてから話すようお願いします。危ない質問だと感じたら私が代わりに応えますので、即答だけはしないでくださいね」
「俺の発言に関しては分かってるけど、向こうからの質問にも気を付けろってどういう事だ?」
「言葉通りの意味です。アイゼン様はニーヴァの規則なんて言っていましたが、恐らく支部長の権限と私達の実績があれば私達だけで依頼に向かわせる事も出来た筈です。しかしそうしなかったのは恐らく私達の能力を把握する為、更に言えば私達の素性を探る為のスパイを送り込む為でしょう」
「それは、ちょっと考え過ぎじゃないのか?。アイゼンさんだって規則を破らずに済むならそうしたいって考えてるだけかもしれないだろ」
「その可能性も確かに否定は出来ないのですがね。こちらが了承してから話を持ち出して来たタイミングといい、何やら他意を感じずにはいられないのですよ。それにどうして同行者に重騎士なんて等級の高い人間を選んだのか、それも疑問です」
「それはアイゼンさんが言っていた通り、その依頼の等級に見合った人間じゃないと依頼が受けられないからだろ?」
それの何が不思議なのだと疑問を口にした蒼一にブリ雄が何に違和感を感じているのかを説明をする。
「良いですか、もし仮に今回の依頼が重騎士等級でなければ受けられないような依頼だったとして、その場合霧隠れの山には重騎士でなければ倒せないようなモンスターが生息している事になります。仮にそんなモンスターが麓にも現れるようになったのならもっと切羽詰まっていても可笑しくは無い筈です」
依頼に関してはアイゼンからも可能なら成果を持ち帰って欲しいくらいにしか言われておらず、身の安全を最優先にと切羽詰まったような印象は受けなかった。
「ん-まぁ今まで低等級の人達が仕事に向かってた場所にそんなのが現れるようになったなら、確かにもうちょっと焦っても良いかもな。それに聞いた限りその山の東側を舐めるように街道が通ってるって話だし街道の方にも出没してる可能性もあるんだよな」
「その割に焦った様子も無ければ、五ヶ月も経っているのに未だに"調査"なんて悠長な事を言っている辺り、恐らく実力の低い者からすれば厄介なだけであって強力なモンスターという訳でもないのでしょう。もし本当に重騎士が出張らなければいけないようなモンスターが麓をうろついているのであれば、他社や或いは国そのものが動いて対処に当たっているでしょうし」
「……もしかして俺、やらかしたか?」
ブリ雄がまた前回のような高圧的な交渉に出ようとする雰囲気を感じ取り、あんな空気は二度と御免だとアイゼンの提案を受け入れる形で強引に割り込んだ蒼一。
もし仮にブリ雄が危惧していた通りならば、蒼一は考え無しに行動した結果として間者を受け入れた事になってしまう。
「まぁ、早計だった事は否定できませんね。だからこそ、それを糧として今回は不用意な発言は控えるようお願いします」
「分かった、気を付けるよ」
やらかした手前、蒼一に反論など出来る筈もなく、そう言いながら蒼一が肩を落とした時だった。
一人の人間が二人の元へと歩いて来る。
「そこの二人、依頼も受けずにずっと座ってるみたいだが、もしかして誰かと待ち合わせか?」
「そうですけど、貴方は?」
突然声を掛けて来た見知らぬ男に蒼一がそう尋ねる。
「俺はデミスってもんだ。お前らは蒼一とブリ雄で合ってるか?」
「貴方が……」
デミスと名乗った男に蒼一は少しだけ驚いたような顔をする。
デミスの外見は三十代半ばくらいの男性で、筋肉はついているがガッシリとした体形というよりはどちらかといえば細身であり、如何にもベテランといった雰囲気を纏う精悍な顔つきの男であった。
「どうした?変な顔をして」
「いえ、想像してたよりも真っ当そうな人だったのでッ!?」
先程の約束を早速忘れたかのように初対面でいきなりとんでもなく失礼な事を口走ろうとした蒼一の脇にブリ雄の肘が鈍い音を立てて突き刺さる。
かなりの力で肘鉄を打ち込まれた蒼一だったが、素体となったバハムートの肉体の強度は並みではなく、ダメージ自体は殆ど無かったが受けた衝撃は凄まじく蒼一の言葉を中断するだけの威力は持っていた。
傍から見ても明らかに肋が何本かはイったのではないかという威力の肘鉄を躊躇なく繰り出したブリ雄もブリ雄だが、それを受けても痛みに悶える様子もなくバツの悪そうな顔で黙り込むだけの蒼一も他人が見ればどちらも等しく異常な光景である。
「可笑しな奴らだな。しかし想像してたって事はつまり、お前らが蒼一とブリ雄で合ってるんだな?」
そんな光景を見せられたにも関わらず、デミスはその光景を"可笑しな奴ら"なんて一言で済ませ、平然と質問を投げかけてきた。
「はい、私がブリ雄で、こちらが蒼一様です」
「そっか、話じゃ可笑しな恰好してるって聞いてたからよ。見た限り普通の恰好してるし不安だったんだ」
可笑しな恰好というのは恐らく蒼一の作業着の事であろうが、実は蒼一とブリ雄は昨日金を受け取った後に予定通り服を購入しており、今日の二人は何時もの作業着とローブではなくなっていた。
それもただの服ではなく、大金が手に入った二人共そのまま依頼に出られるように特殊な素材で作られた防御力の高い物を選んでおり、蒼一は蜘蛛型のモンスターが吐く糸で作られた黒を基調とした服で、これは糸に魔力が流れると糸が赤色に変化し強度が増すというそのモンスターの特徴を活かしたものであり、蒼一がこれを選んだ理由は黒鉄装着時の色合いを考慮した結果でまたもや性能とか機能面に関しては二の次であった。
一方のブリ雄は藍色をしたローブを選択し、こちらは純粋な防御力もさることながら耐熱耐寒性能に優れ、若干ではあるが魔力を吸収しローブ内に蓄積させ、その魔力を装備者が流用可能にしていたりと完全に機能面だけで選んだガチ装備である。
「最近ちょっとした収入がありましてね。それで昨日装備を新調したのですよ」
「ちょっとした、ね。ちょっとした収入で買えるような装備じゃ無さそうだが、まぁ良い。早速だが向かうとしよう。早く動くに越した事は無いからな」
そう言って先導するように歩き出したデミスの後ろをついて行きながら蒼一がブリ雄にコッソリと耳打ちする。
「なんか、至って普通の人だな。もっとこう露骨なオカマキャラとかガチムチマッチョな人を想像してたんだが」
「それは偏見では無いですか?。その気がある人間が全員そうであるとは限らないでしょう」
「それはそうだが、なんかアイゼンさんやサンジスさんの態度から何か凄い色物が来るものだとばかり考えていたからさ」
二人があそこまで露骨に核心に迫るような言及は避けデミスについて深く触れようとしなかった事に反して、実際に現れたのは至って普通の成人男性であり、警戒していた蒼一としては凄く拍子抜けした気分だった。
「普通であるに越した事は無いでしょう。ガチガチの方が来られても困ってしまいますからね」
「それは、まぁそうだな」
「とはいえ、むしろそういう"ガチガチのキャラ"ではないとなると、別の意味で"ガチ感"が出てしまいますが」
「……それもそれで困ったな」
その場合は一体どう対応するのが正解なのだろうかと、その事に正直やり辛さを感じながらも蒼一とブリ雄はデミスの後に続き調査の為に霧隠れの山へと向かうのであった。




