一文字違いは大きな違い
「さて、依頼を受けて頂くという事で詳細について詰めていきたいのですが、御二人はまだ新兵という事で一人こちらから人員を派遣させて貰います」
「え?人を、ですか?」
そんな提案をされるとは思っても居なかった蒼一は驚いたように言葉を返す。
「えぇ、誤解しないで頂きたいのは御二人の実力を疑っている訳ではありません。二十三体のトレントに四体のエルダートレントを狩って来た時点でその点については疑いようがありませんからね。とはいえ書類上での御二人の等級は新兵、ニーヴァの規則として基本的には等級に見合わない依頼は受ける事が出来ないのですが、等級の高い人物がその依頼を受け、それに同行するという形であれば等級が低い者でも依頼を受ける事は可能なのです」
「なるほど、しかしそういう事は先に伝えておいて然るべきではないのですか?」
二人としては人に言えない秘密が多いだけに余計な同行者は邪魔でしかなく、後出しでこんな事を言われればブリ雄としては受け入れ難い。
場合によっては前言を撤回して依頼を断る事さえ考えていたブリ雄だったが、それを予期していた蒼一が会話に割り込む。
「別にそれくらい良いじゃないかブリ雄」
「蒼一様、しかし」
「人が増えたからって、それで俺達に何か不利益がある訳でもあるまいし、ですよね?」
「はい、こちらからお願いしている事ですので人数が増えたからとその分報酬が等分されるという事はありませんし、同行するだけですので御二人の仕事に口を出すような真似もさせはしません」
「ほら、アイゼンさんだってこう言ってるし別に同行する人が一人増えたって別に良いだろ?」
「……分かりました」
若干不服そうな顔をするブリ雄だったが、蒼一にそこまで言われてしまっては強く否定する事も出来ないと同行者の存在を容認する。
「ちなみに口出しはしないって事でしたけど、俺らから色々と聞いたり確認したりするのは良いですか?。何分他の人と一緒に依頼を受ける以前にそもそも依頼を受けた事もないので、そこら辺を質問したいんですが」
「構いませんよ。彼なら……えぇ彼なら御二人に喜んで教えてくれるでしょう」
何故"彼なら"と一度間を置いてから再確認するよう告げたのか、その事に不安感を感じた蒼一が口を開こうとした時だった。
コンコンと扉がノックされ秘書が扉の向こうから声を掛け、アイゼンがそれに答えると秘書が応接室へと入って来る。
腕には片手では若干はみ出しそうな程度の大きさの袋が二つ抱えられており、秘書はその袋と羊皮紙を一枚テーブルの上に置くと、そそくさと部屋を出ていくと、それを見計らってアイゼンがテーブルの上あった袋と羊皮紙を蒼一とブリ雄の方へと寄せる。
「どうぞ、御確認下さい」
あの秘書が持ってきたという事は流れからして換金した素材の代金だろうと、蒼一が片方の麻袋の中身を確認すると銀色の硬貨が麻袋いっぱい詰め込まれていたが、しかし蒼一が見た事ある銀色の千円硬貨と比べると一回り大きく、表には十と表記されていた。
「これって銀?」
「いえ、それは白金ですから十万円硬貨でしょう」
「じゅッ――!?」
ブリ雄の口から飛び出したその単位に蒼一は目を丸くて手の中にある麻袋の中身を見やる。
片手からはみ出る程の麻袋に詰め込まれた十万円硬貨、少なくとも五十、六十なんて枚数ではない筈だ。
蒼一が手の元にある十万円硬貨の詰まった袋の重さにフリーズしている横で、ブリ雄は羊皮紙の内容を確認する。
「十万円硬貨が百三十枚、一万円硬貨が百五十枚、締めて千四百五十万円ですか。随分とキリが良いですが端数はどうしたのでしょう?まさか――」
そう言って鋭い視線を向けるブリ雄に対し、答えたのはアイゼンではなく今回の査定額を出した鑑定士のサンジスであった。
「ちょろまかしてなんかねぇよ。言ったろ、色を付けるって、その色でキリ良くしただけの話だ」
「いやはや、サンジスには随分と粘られましてね。測定器の弁償金を抜いて千三百四十七万八千円のところをその額まで持っていかれましたよ」
「それは……確かに色を付けて下さるとは仰っていましたが、そこまで色を付けて下さるとは」
色を付けるとしても金額的に精々二十万、三十万くらいが妥当だろうと予想していたブリ雄は百万近い増額に驚きを隠せなかった。
「疑って申し訳ありません」
「良いって事よ。お前には色々と譲って貰ったしな。本当に、色々と」
最後の言葉に若干棘があったのは恐らく無償で譲ったエルダートレントの根の事を文字通り根に持っているからだろう。
ブリ雄はその事に気付かなかった振りをしつつ、蒼一が確認していないもう一つの袋を確認するとそちらには金色の一万円硬貨がビッシリと詰まっていた。
「全て十万円硬貨ではそちらも困るだろうと、一万円硬貨の方も用意したのですが大丈夫でしたか?」
「はい、とても助かります。ところで一つご相談があるのですが」
「何でしょう?」
「今回の依頼についてなのですが、依頼の報酬金を貢献度に代えて頂くという事は出来ますでしょうか?」
「報酬を貢献度に、ですか?」
「えぇ、これからもずっと活動を継続していくならばもっとお金を稼いでおいても良いのでしょうが、我々の目的はあくまでも食糧の調達、何時かは自分達の集落に戻ります。その時使えもしない硬貨を必要以上に溜め込んでいるのは私達にとっても無駄ですし、この国の経済的にも喜ばしい事では無いでしょう」
「それは確かに、御二人が抱えている分だけ市井に出回る硬貨が減る訳ですからね。しかし」
ブリ雄の提案にアイゼンは眉を顰めると、小さく首を横に振る。
「すみませんが、ニーヴァとしてはその提案を受け入れる事は出来ません。報酬金を貢献度に代えられるなら極端な話金銭で等級が買える事になってしまいます。そうなれば実力と等級が見合わない者達が大勢現れる事になるでしょう」
「そうですか……」
残念そうにそう呟くブリ雄にアイゼンが口を開く。
「ただ報酬を金銭ではなく物品に替える事は出来ます。食糧品がお望みであればこちらで用意しますが、その場合調達費等も報酬金から出る事になるので、それが嫌でしたら報酬金を受け取ってご自身で購入する事をオススメします」
「……少し考えさせてください」
そう言ってブリ雄が考え込み、応接室には妙な沈黙が訪れる。
その沈黙に耐えきれなかったのか、蒼一がふと気になっていた事をアイゼンに質問した。
「あの、さっきのアイゼンさんの口振りからして俺達に同行する人はもう決まってるみたいですけど、どんな人なんです?」
先程アイゼンは"彼なら"と特定の個人を想起したような口振りで喋っていた。
既に人選が済んでいるなら知りたいし、何よりもあの時のアイゼンの様子が蒼一には気掛かりだったのだ。
「彼について、ですか。そうですね……強いて言うなら"男を見る目"がある方、でしょうか」
「男……?"人を見る目"ではなく?」
「はい、"男"です」
アイゼンのその解答に蒼一は何やら背筋がぞわぞわとした感覚を覚えるも、まさかなと嫌な想像を振り払い質問を続ける。
「えっと、じゃあそういう能力的な部分じゃなくてその人の人柄というか、外見的な特徴とか、そういうのはどうなんですか?」
「人柄ですか、私としても彼とはあまり関わりたく――あまり関わった事が無いので詳しくは分かりませんね」
「今何か言い直しませんでした?関わりたくないって言い掛けませんでした?」
「基本的に書類上だったり話に聞いているだけですので、人柄については人伝になるのですがそれでも宜しければお話しましょう」
「アイゼンさん?無視しないで下さい」
「では彼の名前から説明しますが」
「駄目だ!徹底的に無視し出したよこの人!!」
蒼一のツッコミも無視してアイゼンはそのまま説明を続行する。
「彼の名前はデミス、等級は重騎士でニーヴァに所属して今年で十二年目の大ベテランです」
「ん?所属?」
アイゼンの口からスッと出てきたその単語に蒼一が反応を示し、その反応にアイゼンもまた反応を示す。
「どうかしましたか?」
「いやアイゼンさん、今所属って――というかその前に、さっきの関わりたくないってどういう」
「職務態度は至って真面目でこれまで違反を犯した事もない模範的な人物ですね」
「説明に戻るなァ!!」
先程の失言を言及しようとした途端、清々しいまでに無視を決め込むアイゼン、その事に蒼一は苛立ちながらも頭の中では先程アイゼンが口にした所属という言葉が引っ掛かり続けていた。
(確かにアイゼンさんは所属って言ったよな。ユーリアの奴、何時の間に翻訳を直したんだ。御礼の後に直ぐお願いするのもあれかなと思って頼まなかった筈なんだが……ブリ雄が頼んだのか?)
そう思って蒼一がブリ雄に視線を向けると、蒼一の心の声を聞いていたブリ雄が静かに首を横に振る。
(違うのか、となると自主的に直してくれたのか?。俺達の事は見てるみたいだし、俺達の反応を見て修正してくれてんのかな)
きっとそうなのだろうと結論付けた蒼一だったが、実際には昨夜ユーリアとの口喧嘩の際、お互いの不満や欠点を上げ連ねていた時にユーリアの微妙な翻訳について蒼一が言及し、それを聞いたユーリアが後でコッソリと直したというのが真相であった。
「――と、まぁデミスさんの人柄についてはこんなものですかね」
「あ、すみませんちょっと考え事してて聞いてませんでした」
「……人柄の説明はこれくらいにしておいて次の説明ですが」
「すみません!今回は俺が悪かったんでもう一回お願いします!!」
恐らく一番重要な部分であろう内面に関する説明を聞き逃した蒼一が必死に懇願すると、流石にお願いされては無視できなかったのかアイゼンはもう一度説明をする。
「職務態度や違反歴が無いといところまでは聞いていましたよね?。模範的な人物ではありますがこの手の仕事をやっているだけに物腰が柔らかいというよりは気骨のある方で一見すると粗暴に思われがちですが根は優しく、貴方達も知ってるルドルフさんと一緒になって新兵の面倒を見てくれたりと、一部の者達からは"兄貴"と慕われているそうですよ」
「兄貴……兄貴、ね」
何故だろうか、蒼一はその"兄貴"という言葉に深い意味を感じずにはいられず、その一部というのは"ソッチ"の気のある者達ではないかと勘繰ってしまう。
「サンジスさんはそのデミスさんについて知らないんですか?」
「あ?何で俺に」
「だって鑑定士やってるだけに支部長よりも顔を合わせたり喋ったりする機会は断然多いんじゃないですか?」
「ッチ、余計なところに気付きやがって……」
「サンジスさん?何か言いましたか?」
「何でもねぇよ……そうだな、基本的には支部長が言った通りの男だが、俺から何か一つ教えられる事があるとすりゃあ」
そこで言葉を区切り、サンジスは暫し考える素振りを見せてからゆっくりと口を開く。
「デミスの奴は巷じゃ"五本の指が入る男"と呼ばれてるな」
「五本の指が入る男?。えっと、何を基準としてるのかは分かりませんが、それって五本の指"に"入る男の間違いでは?」
「いや、五本の指"が"入る男で間違いない」
「…………あぁ、そうですか」
一瞬"その五本の指は一体どこに入るんですか?"と聞きたくなった蒼一だが、多分聞いたところで誰も幸せにはなれないし、むしろ不幸になる気がすると蒼一の本能が告げていた。
結局デミスに関する事はそれ以上追及する事はせず、この場は解散する流れとなり、その際応接室を出ていこうとした二人の背に向かってサンジスが"後ろには気を付けろ"と小さな声で忠告を飛ばしてきたが、二人は敢えてそれを聞こえなかった事にしてそそくさとその場を後にするのだった。




