生ハムパーティ
鍋パに続き今度はハムパです。
「……なぁ、私がここに居るのは場違いではないか?」
「ん?そうか?。皆何だかんだユーリアの事受け入れてくれてると思うんだが」
「これは受け入れているのではなく、単純に気にしないようにしてるだけだろう」
倉庫で口喧嘩をしていた蒼一とユーリアの二人は今、生ハムパーティの開催地となる何時もの海岸でブリ雄達が忙しなくパーティの準備を進めているのを眺めていた。
普段の管理神もといユーリアであれば、こんなお祭り騒ぎの場に出て来る事も無く"何故私がそんなものに付き合わねばならん!"とお決まりのセリフを吐いて早々に姿を消していた事だろう。
それがどうしてこの場に居るのかというと少し時を遡る事十分前、二人が口喧嘩を終えるのを待ち続けたブリ雄だったがあれから三十分待っても一向に出て来る様子もなく、これ以上待っていたら夕食の準備が先に整ってしまうと判断したブリ雄がもう一度倉庫の方へと様子を見に行けば案の定、二人の口喧嘩は未だに継続しており、これはもう中断させるしかないとブリ雄は夕食の準備が後少しで出来る事を理由に二人の間に割って入った。
そこですんなり中断出来れば話はそこで終わったのだろうが、ヒートアップし続けていた二人がそう簡単にクールダウン出来る筈もなく、ブリ雄に呼ばれた蒼一が倉庫を後にする前に最後に一言文句を言って外に出ようとし、それに対し"言い逃げする気か"とユーリアが追いかけて……気が付けばこの状況である。
「まぁ折角ここまで来たんだし、食べて行けよ。トレントの根って美味いんだぜ……って、この世界を管理してるユーリアなら知ってるか」
ユーリアはこの世界を管理する神であり、そしてこの世界を創り上げてきた存在だ。
トレントのようなモンスターだって自然発生した訳ではなくユーリアが意図的に生み出した存在であり、そんな事は言われるまでと無いだろうと蒼一は自身の発言を取り消すような言い方をしたのだが、しかし
「いや、この世界を管理する神だからと言って何でも把握している訳ではない。世界を管理する上で必要の無い情報を私は持ち合わせていないし、味等という情報は尚更だ。そもそも私達管理神に食事の必要は無いからな」
「あ、そうなのか?」
ユーリアの口から語られた事実に蒼一は最初は意外だと驚いたような顔をしていたが、良く良く考えてみれば確かにユーリアからしたら味の情報なんてなんの役にも立たないのだろうと納得する。
「でも"必要がない"ってのは"食べられない"って事では無いんだろ?」
「む……まぁ確かに必要がないだけで食事を摂取する事は出来るが」
「じゃあ食事を遠慮する必要もない訳だ。それならこれを機にトレントの味を覚えて行けよ、きっと気に入るからさ」
「まぁ、そこまで言うのなら」
これが出会った当初であれば鰾膠も無く断られていたか、そもそもここまで会話を続ける事さえ出来なかっただろう。
それを思えばユーリアの態度も随分と軟化してきており、蒼一としてもそれは非常に喜ばしい事だった。
「お二人方、準備が出来ましたよ」
「お、出来たか」
少し離れた位置で準備が整うのを待っていた蒼一とユーリアに向けてブリ雄が声を掛け、二人は集団の中心の方へと移動する。
「なんだか、落ち着かんな」
「神様なのにあがり症なのか?」
「以前にも言っただろう。私は今まで人前に姿を現した事など無かったのだ。神だから何でも平気だと思うな。お前が思う程神なんてものは万能ではないんだ。私達の祖であり世界樹を管理する始祖神様ですら全知全能とは程遠いのだからな」
「今サラっと気になる単語出して来たな」
さも当然の事のように何か重要な単語をポロっと出して来たユーリアに蒼一が詳細を尋ねようとするも、ユーリアはそっぽを向いて説明する事を拒否する。
「蒼一が気にするような話ではない。それにこれも前に言った筈だ。"望むな、願うな、頑張るな。真実など求めず、お前はただこの島で静かに生きていれば良い"――それよりも皆がお待ちかねだぞ」
まるであの時のように、しかしあの時のように拒絶するのではなく慈しむような柔らかな声色でそう告げるユーリアに蒼一の中の胸のモヤモヤは大きくなっていくも、自分が手を付けるまで決して手を付けようとしない皆をこれ以上空きっ腹のまま放置しておくのも可哀想だと、蒼一は一旦その事を心の奥底へと押し込み、自分の為に用意された場所に腰を下ろした。
目の前には薄切りにされた生ハムと適当な大きさに切り分けられたチーズが並べられており、それを見た瞬間、さっきまでムカムカしていた筈の気持ちは何処へやら、抗う事の出来ない食欲に後押しされるように蒼一は生ハムに手を伸ばす。
まずは薄切りされた生ハムを一枚そのまま口に運び、味わうように咀嚼する。
最初に食べた時は根に齧りつくようにして食べたが、こうして薄切りにされた物はまた違った印象を受けた。
(同じトレントの根の筈なのに、食感は勿論だけど木の香りが幾分か和らいで肉の味が鮮明に感じる)
トレントの生ハムを味わった後、次に蒼一は切り分けられたチーズを摘まみ上げるとそれをぽいっと口に放り込む。
見た目は固形チーズだが口に含んでみると舌先で押しつぶせるくらいに柔らかく、僅かにシャリシャリとした粒の食感があると思ったらそれが弾け、塩気が口の中に広がっていく。
(固形チーズかと思ったらクリームチーズみたいな滑らかさだな。それに塩の粒が中に入ってて最初に噛み締めた時は塩っ辛いと感じたのに、二回三回と噛む頃にはチーズのまろやかさが塩気を中和して良い塩梅だ)
そしていよいよ本番、蒼一はチーズを二つばかり摘まむとそれを生ハムの上に乗せてチーズを包むようにして生ハムを巻き、それを一口でいく。
「んっ!」
一噛み、二噛みとした時、蒼一はあのチーズ屋の店主のオススメに偽りなしと口の中に広がる味わいにそう確信する。
生ハムという薄い皮を歯が破いた途端、中からチーズの風味と塩気が顔を出しその瞬間はチーズの圧倒的な味が口内を支配するも咀嚼する度にチーズの濃厚な味わいを生ハムの風味が包み込み、木の自然な香りが後味を掻き消しチーズと生ハムを食べた後とは思えないくらいに口内はさっぱりしていた。
それにも関わずその味わいは強烈に記憶の中に残っており、もう一口いきたいと蒼一は思わず手を伸ばす。
「あの、蒼一様」
「はっ!」
横合いから蒼一を呼ぶブリ雄の声に蒼一は我に返り、自身に向けられる数多の視線を思い出す。
鍋パーティの時と同じで、皆蒼一が食べ、蒼一が許すまで決して手を付けようとしないのを思い出し、蒼一は生ハムに伸ばした手を真上に上げ声を張り上げる。
「皆!食べて良いぞ!」
その言葉と共に"わっ!"と周囲が沸き立ち、全員が一斉に生ハムに手を伸ばす。
皆蒼一がやったように生ハムから手を付けその味に驚き、次にチーズに手を付ければその味にまた驚き、最後に生ハムとチーズを一緒に食べては再三驚いた。
「……美味いな」
そんな中、他と比べるとリアクションは控えめなもののユーリアもその味に驚いた様子で目を剥く。
「食べた事は無くても自分で創ったものだろう?そんなに驚く事か?」
「蒼一、味覚を重要視していない私が設計の際に味を考慮に入れると思うか?」
「それは……無いな、という事はこの味は偶然の産物なのか」
「そういう事だ。だからこそ私も、いや私だからこそ驚いているんだ。これが設計当初からこうだったのか、それともこの世界に根付き年月を追う毎にそうなっていったかは知らんがな」
普通の人間からすればトレントとは"こういう物だ"或いは"こういう物なのか"といった認識になるだろうが、その設計をした本人であるユーリアからすればこれはまるで意図していない仕様であり、驚くのも無理はなかった。
そんなユーリアを横目に見ながら蒼一はとても可笑しそうにクツクツと笑いを堪える。
「何だ、嫌らしい笑みを浮かべおって」
「いやな、普通のトレントで驚いてるユーリアがエルダートレントの根を食べたらどんな顔するんだろうなって思ってさ」
そう、今この場に出ているのは全て普通のトレントの根から取り出した生ハムであり、エルダートレントの物はまだ出していない。
今回獲って来たエルダートレント三体分の根があればそれだけ全員の腹を満たす事は出来るだろうが、それでは折角獲って来た普通のトレントの根が無駄になるし贅沢させ過ぎるのも良くないというブリ雄の案でトレントの根でお腹を満たしつつ、今後こういった催しの際は最後のお楽しみ枠としてエルダートレントの生ハムを振る舞おうという事になった。
「皆!こっちを注目してください」
そうして殆どの者達が生ハムもチーズも食べ終えた頃、ブリ雄がすっと立ち上がると声を上げて全員の注目を集めると、杖を掲げ異空間を開きエルダートレントの根を取り出すと、殆どの者が首を傾げる中反応を示した者が二人。
「ん-!」
「ムー!」
反応したのはクレアとムーの食いしん坊コンビであり、まだまだトレントの根が食べ足りなかったから単純におかわりに対してテンションが上がっただけかもしれないが、何故だろうその様子を見ていた蒼一には二人がこれが普通のトレントの根とは違う事に気が付いているように見えてならなかった。
「ん!ん!」
「ム!ム!」
ブリ雄の持ったエルダートレントの根に視線を釘付けにしながらブリ雄の周りをピョンピョンと跳ね回るクレア、その姿にブリ雄は苦笑いを浮かべつつも一人の女性にそれを手渡し先程の生ハムと同じように薄切りにするよう指示する。
そうして程なく、エルダートレントの根一本が薄切りにされ全員の前に並べられた。
「それじゃあ俺から」
自分が食べなきゃ進まない事を理解している蒼一は促されるまでも無く切り分けられた生ハムを口に入れる。
普通のトレントの生ハムの場合は薄切りにした事で香りが和らいでいたが、エルダートレントのそれは薄切りにしても香りが際立っており、口に含んだ瞬間まるで口内に森が広がったような錯覚を覚えた。
そしてその味を噛み締めるように咀嚼した筈が、何時の間にか生ハムはスルリと喉の奥へと流れていってしまう。
「ほぅ……」
一度食べたにも関わらず、その言い様も無い美味さに蒼一の口から感嘆の吐息が漏れ出る。
「皆、食べて良いぞ!」
蒼一のその言葉にクレアとムーが飛びつくような勢いで生ハムへ手と鰭を伸ばし、他の者達は既にある程度腹に納めていた事もあり慌てた様子もなくゆっくりと口に運んでいく。
しかし生ハムを口に入れた途端に全員の目が驚愕に見開かれ、ある者は口を開いて生ハムが何時の間にか無くなっている事に驚き、またある者は飲み込んだ事も気付かず咀嚼し続け、そのあまりの美味さに慌てたように残った生ハムを口に入れていく。
「んっ、何だこれは!」
そしてこれには流石のユーリアも驚きを隠せなかったのか声を荒げ、そして直ぐに声を荒げた事を恥ずかしく思ったのか顔を赤くし手で口を塞ぐ。
その様子をニヤニヤとした笑みを浮かべながら蒼一は見守りつつ、自身の皿に残ったチーズをエルダートレントの生ハムの上に乗せる。
蒼一はエルダートレントの生ハムがこの後に出される事を知っていた為、チーズを残していたのだ。
(そのまま食っても美味いエルダートレントの生ハムにこのチーズを合わせたら、さてどんな味になるんだ)
口の端から涎が零れそうになるのもお構いなしに、蒼一は口を開いて一口でいく。
「…………んん」
単品でもあれだけ美味かった生ハムがチーズと合わせる事でどれだけ美味くなるのか、そう期待していた蒼一の口から漏れ出たのは感嘆の吐息でも美味いという単純な言葉でもなく、明らかな落胆であった。
「どうしましたか?」
「いや、チーズと一緒に食べてみたんだけどさ。思ったような味にならなかったというか、エルダートレントの生ハムが美味過ぎてこのチーズじゃその美味さに負けてしまうというか、生ハムの足を引っ張ってるというか」
「要はぼやけたような味だと」
「そうそう、そんな感じ。生ハムの味が際立ってるだけに中途半端な食材じゃ余計な雑味にしか感じられないんだよな」
そう不満を口にする蒼一だが、いくら味がぼやけているとはいえその状態でも先程まで食べていた生ハムとチーズの取り合わせよりは格段に美味い事に違いはない。
それでも不満が出てしまうのはエルダートレントの生ハム自体の味があまりにも洗練され過ぎている所為だろう。
蒼一は残ったチーズを半ば処理するように口に入れてから、エルダートレントの生ハムを楽しみ、前回の鍋パーティに引き続き生ハムパーティも成功の内に幕を閉じるのであった。




