表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/171

ブリ雄の交渉術

応接室に充満する剣呑な空気、事なかれ主義の蒼一には耐え難い雰囲気に蒼一が顔を青くしていた時だった。

トントンと応接室の扉がノックされ、紅茶を持った秘書が応接室に入って来る。


「失礼いたします。紅茶をお持ちしました」

「あぁ、ありがとう」


秘書の入室によって剣呑な空気が幾分か和らぎ、それぞれの前に湯気を立たせたティーカップが置かれ、可能なら話が終わるまでずっといてくれという蒼一の願いが届く訳も無く、空になったティーカップを持って秘書はそそくさと応接室を出ていく。


秘書が退出し、応接室の空気は再び張り詰めていく中、そんな空気を作った原因である当のブリ雄はティーカップに手を伸ばし、紅茶の香りを楽しむ余裕さえ見せながら淹れ立ての紅茶に口を付ける。

この状況下でどうしてそこまで平然としてられるのだとブリ雄の肝の太さに驚く蒼一を他所に、アイゼンはそんなブリ雄の様子をじっと観察し続け、やがて諦めたように小さく溜息を吐く。


「はぁ……良いでしょう。これ以上の追及はしません」


"え?"と思わず反射的に漏らしそうになるのを堪えつつ、蒼一はアイゼンの判断に驚いていた。

まだ何一つとしてこれといった目ぼしい情報を得てはいない上に、明らかに怪しさしか感じない自分達に対しこんなところで追及を止めるなんて蒼一からしたら考えられない事だ。

アイゼンの考えはまるで理解出来なかったが蒼一にとっては僥倖であり敢えてその話題を掘り返すような真似はせず、一度自分で話を引っ込めた以上は話題を変えて来るだろうとアイゼンの出方を伺う。


「それでは貴方達が起こした騒動と物損について話ましょうか」


その言葉が出た瞬間、蒼一は"あ、やられた"と頬を引き攣らせてしまう。

もしブリ雄がある程度の譲歩を見せて友好的な態度を見せていたならばその後の話も友好的なままで終わったかもしれない。

しかし先程までの流れは友好的という言葉からは程遠く、更にアイゼンの方から折れて終わった形になる以上、あちらが今後の交渉で手心を加える可能性は皆無であり、むしろそれを材料に交渉を自分に優位に運ぼうとするだろう。

ただでさえ今回の件に関しては蒼一達の側に非がありアイゼンは被害を被った側なのだからこの流れは非常に不味い。


社会人経験数十年のベテランとはいえ営業でもなければ基本的に機械に向かって仕事をしていた蒼一には最早現状は荷が重すぎる問題であり、ここまで来ると謝罪の言葉を挟む勇気すら今の蒼一には無く、"もうどうにでもなぁれ"と半ば諦めて蒼一は死んだ魚のような目で紅茶を啜る。


「事のあらましは聞いていますが、一応(・・)故意ではないとの事で」

「えぇ、まさか腕を挿し込んだ段階で壊れたり、魔力を解放しただけで壊れるとは、流石にそんな事故(・・)は予想していなかったものですから」

「事故、ですか。しかし測定器の方はそうだったとしても、貴方の魔力を解放すれば騒動が起こるのは分かって(・・・・)いたのでは?」

「それについてはそちらも理解しているつもりだったのですよ。私の持つ桁外れの魔力に関しては私達をここに連れて来てくれたニーヴァの方々が報告していた筈なのですがどうやらそちらの(・・・・)情報伝達に齟齬があったようでして、実際に魔力を解放する直前にも受付の方に話したのですが信じて貰えなかったので止むを得ず……」


にこやかに言葉を交わす二人だったがその中身はただの責任の押し付け合いであり、表面上はどこまでも和やかなのにその内容は徐々にヒートアップしていき、紅茶を飲み干してしまった蒼一は空になったカップを呆然と眺め、現実逃避に注力していると不意に肩を叩かれ、ハッとした様子で顔を上げると何時の間にか立ち上がったブリ雄が蒼一の肩に手を置いていた。


「蒼一様、帰りますよ」

「は?あ、え?」

「それではアイゼン様、私達は失礼します」

「えぇ、胴体の方の処理は任せてください」

「え、胴体?」

「さぁ蒼一様、行きますよ」

「……おう」


混乱する蒼一はブリ雄に腕を引っ張られるまま、碌な抵抗もせず応接室の外へと引っ張り出される。

しかし世界として並外れた処理能力を持つ蒼一はパタンと応接室の扉をブリ雄が閉める頃には先程までの混乱が嘘のように落ち着きを取り戻し、ブリ雄に説明を求める。


「それでブリ雄、交渉はどうなったんだよ。胴体って単語からして査定を依頼したモンスターの話なんだろうけど、何時の間にそんな話に変わったんだ?」

「蒼一様が空になったティーカップを眺めている間にですよ。取り合えず用事も終わった訳ですし、査定の方も既に終わっているそうなのでギルドカードと一緒に受け取ってお暇しましょう」

「金も払って貰えるのか?。てっきり持ってかれると思ったのに」


あんな事をしでかした後なのだ。

その損害を補填する為に今回受け取る筈だった金は全額ニーヴァに持っていかれるものだとばかり考えていたのに、まさか払って貰えるとは予想もしていなかった。


「今の私達には現金が必要ですからね。流石に払って貰えないと色々と困りますからね」

「それはそうだけど、良くあの雰囲気からそこまで譲歩して貰えたな……というか!なんだのあの空気は!なんであんな態度で交渉したんだよ、絶対逆効果だろうに」

「そうは言いますが、その結果交渉としてはかなりこちらに有利な条件を引き出せましたよ?。先程も言いましたが昨日の査定分は払って貰える事になりましたし、今回の騒動に関しても今後持ち込んだモンスターの素材の何割かを売却ではなくギルドに納めるという形で決着が着きましたし」

「本当、良くもまぁあの空気からそれだけの条件を引っ張り出せたな。支部長が温厚そうな人だったから良かったけど、これでスキンヘッドの冒険者上がりの人とかだったら絶対取っ組み合いの喧嘩になってたぞ」

「かも知れませんね。その場合は流石の私ももう少し態度を変えていたでしょうが、アイゼン様の場場合はあれで正解でしたよ。まぁ昨日のアレが無ければここまでスムーズに、それもこれだけの譲歩を引き出す事は難しかったでしょうが」

「昨日のアレ?」


ブリ雄の言うアレが何の事なのか分からない蒼一が首を傾げてそう尋ねると、ブリ雄はふっと微笑みを浮かべながらこう告げる。


「バハムートの牙ですよ」








「支部長、この内容で本当に宜しかったのですか?」


蒼一達がアイゼンとの交渉を終えてから少し時が経った頃、アイゼンの執務室で秘書の女が今回のアイゼンとブリ雄の間で行われた交渉の内容を見て眉を顰めていた。


「かなりあちらに譲歩した形になりますが、この報告書を本部に送れば支部長に対する本部の評価も悪くなるのでは」

「それくらい問題ありませんよ。むしろ彼らと事を構えた時の方が被害が大きくなるでしょうし、そっちの方が評価という意味では最悪でしょう」

「……それ程に危険視する程の相手なのでしょうか。確かに桁外れの魔力を持っているようですが、だからといってそれが強さに直結する訳ではありません」


この女の言う通り魔力が多いからと言ってそれだけで強さの全てが決まる訳では無い。

身も蓋もない言い方をすれば魔力量などただ扱える魔力が多いというだけでそれを使いこなす事が出来るのかはまた別の話だ。

無論魔力の量が多ければ継戦能力が向上し、大規模魔術を連発も可能になるという点では魔力量も立派な強さのバロメータになるが、それはあくまで魔力を上手く扱える事を前提とした強さである。

桁外れな魔力を持つ者の中にはその強大さ故に魔力を制御する事が出来ず、実際の実力はその魔力の十分の一にも満たない相手よりも弱いなんて事もザラにあるくらいだ。



「実力には関しては実際にあるでしょう。今まであの膨大な魔力を抑えていた訳ですし、何より報告では空間魔術を使えるそうじゃないですか。扱いの難しいと言われる空間魔術を使えるという時点で魔術の腕前もそこら辺の術師とは比ぶべくもない筈、それともう一つ報告にあった倉庫にすら収まらない巨大な牙、あれを持っているというのが決定的ですね」

「その牙だって本当に彼らが倒して手に入れたという確証は有りません。もっと違う手段で手に入れたという可能性だって」


疑り深い秘書のその言葉にアイゼンは苦笑いを浮かべながら秘書の淹れた紅茶を一口飲み、唇を潤してから口を開く。


「何か勘違いしているようですが、私は別に彼らがモンスターを倒して手に入れたかどうかなんて重要視していませんよ。先程も言った通り"持っている"というのが重要なんです」

「どういう事ですか?」

「良いですか、彼らがアレをどうやって手に入れたかその方法は置いておいて、仮に私達がアレと同じ物を手に入れようとしたらどんな手段を使えば手に入れられると思いますか?」


アイゼンからのその問い掛けに女は直ぐに自分達が取り得るありとあらゆる手段でアレを手に入れる算段を考え、一つの答えを出す。


「……彼らから奪い取る、ですか?」

「最悪の答えですね。何故いきなりそんな乱暴な手段を提示したのですか?他にも思いつく方法はいくらでもあるでしょう。例えば金銭で譲って貰うとか、奪うよりもまず先に頭に浮かんだでしょうにどうしてそれを真っ先に上げなかったのですか?」

「それは、スルク支部の倉庫にある素材や金銭と引き換えにしても釣り合いが取れそうに無かったからです」

「そうですね、その通りです。つまり私達には金銭的にはあの牙を手に入れる事は不可能という事であり、貴女が考えた結果私達があの牙を手に入れるには彼らから奪う以外に方法は無かった。そんな代物を彼らは持っている。それを手に入れた方法が物理的、経済的、権力的なものかは定かではありませんが、それを持っているという事をそれを手に入れる事が出来るだけの力を彼らが有している事の証明なのです。どんな力を有しているかも分からない得体の知れない相手に喧嘩を売って我々が何の得をするというのですか?」

「それは……」

「"力"というのは何も物理的な物に限りません。我々にはアレを手に入れる"力"はなく、彼らにはその"力"がある。それだけでも彼らとの衝突を避ける理由としては十分でしょう。その代償が今回の騒動に目を瞑るだけというなら安い物です。二台の測定器の弁償に関しては少しずつですが払って貰えるという事ですし」


正直、アイゼンとしては測定器の弁償に関しては無理だろうと考えていた。

破壊したのはブリ雄とはいえブリ雄はただ魔力を流しただけで、しかもその魔力を流すよう指示したのはニーヴァの受付嬢であるトリシャなのだ。

だからこそ一台目に関しては言わずもがな、請求出来たとしても二台目の方だけだがあちらも故意にやった訳ではないと言い切られては弁償を求めるのは難しいし、魔力を解放しただけで壊れるなんてそれこそアイゼンだって想像した事も無かったのだから尚更である。

必要以上に事を荒立てたくないアイゼンとしては全ての責任を自分達側に押し付けられたとしてもその条件を飲み込むしかなく半ばそれを覚悟していたのだが、測定器の弁償に関してはブリ雄の方から払うと言い出し、思わず聞き返してしまったくらいだ。


(少なくとも測定器を壊した事に関しては罪悪感を感じていたという事でしょうか)


何にせよ、そのおかげで本部に送る測定器の物損における報告書に記載する内容がかなりマシになったというのは事実であり、アイゼンはその事にホッと安堵のため息をつくのだった。

そういや本編中で語られませんでしたが、胴体の処分に関してはスルク支部では前例が無かったものの、他の支部に問い合わせたら前例があったのでそちらを参考にして査定がなされたので予定よりも早くに査定結果が出てスムーズに受け取る事が出来ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ