ニーヴァの支部長
「どうしてこうなった」
そう言って頭を抱える蒼一は今、ニーヴァの建物内にある応接室でブリ雄と共にとある人物と面会する事になっていた。
その人物というのはこのニーヴァスルク支部の支部長であった。
「ニーヴァの支部の長、所謂ギルドマスターという奴ですね。加入初日からギルドマスターと面会なんて蒼一様好みの展開じゃないですか」
「その内容が物損と騒動に関するものじゃ無ければな……なんでブリ雄はそんなに落ち着いてるんだよ」
「事ここに至ってはもう慌てたところでどうしようもないですからね。ならばその先を考えて行動するしか道はありません。蒼一様もドンと構えていて下さい」
「ドンとってお前、あれだけやらかしておいてドンと構えてるとか反省の色皆無じゃねぇか」
「私だって悪いとは思っていますよ。故意ではないとはいえ弁償しろと言われれば働いて返そうと考えているくらいには……まぁ私の言う通りにしておいてください。最低でも下に見られかねない態度だけはとらないようお願います」
「それってつまり謝るなって意味だよな?」
事なかれ主義の蒼一としては事を荒立て波風が立つくらいならいくらでも頭を下げたって構わない。
むしろこの状況下でいくら故意ではなかったとはいえ頭を下げないというのは蒼一にとっては胃に穴が開くくらい精神的に負担が掛かる事だった。
「何も一切謝るなとは言ってません。最初に一回謝ったらそれ以降むやみやたらと頭を下げたり下手に出たりするような真似はしないで欲しいというだけです」
「……善処するわ」
「しでかしたのは私ですから、蒼一様がそこまで気にする必要はありませんよ。会話は私に任せて蒼一様は自然体でお願いします」
そんな話を二人がしていると応接室のドアがノックされ、一人の男性が姿を現した。
長い金髪にヘーゼルの瞳、線の細い三十代くらいの紳士風の男が軽い会釈と共に挨拶をする。
「待たせてしまい申し訳ありません。色々と立て込んでいたものでして」
そう言って男は蒼一とブリ雄が腰掛けるソファーとはテーブルを挟んで向かい側にあるソファーに座り、互いに自己紹介を始めた。
「私の名前はアイゼン・クラート、ニーヴァスルク支部の長を務める者です」
「私はブリ雄と申します。こちらは私の主である蒼一様です」
ブリ雄のその紹介に"主?"と変な顔をしたのはアイゼンではなく蒼一の方で、肝心の二人は平然とした顔のままだったので蒼一も口を挟む事無く会話をブリ雄に任せ、黙って会釈だけをする。
「私がお二人を呼んだ理由に関しては薄々気が付いてはいらっしゃると思いますが――おや、紅茶は苦手でしたか?」
会話の最中、蒼一とブリ雄の前に置かれているティーカップの中身が一切減っていない事に気付いたアイゼンがそれを指摘した。
「いえ、苦手という訳では無いのですが、単純に今は気分が進まなかったというだけです」
「そうですか。ウチの秘書が淹れた紅茶は自慢の逸品ですので是非とも感想をお聞きしたかったのですが……」
そう言って目を伏せるアイゼンを見て、ここで出された物に一口も手を付けていないというのは失礼にあたるだろうし、これでは"自分達は貴方達を信用していない"と言っているようなものであり、ブリ雄と蒼一はさり気なくアイコンタクトを交わすと、二人してティーカップに手を伸ばす。
待っている間に紅茶はすっかり冷めてしまっていたが、口を付けた途端二人はその美味さに思わず目を剥く。
人間の舌というのは温度によって感じ易い味覚という物があり、冷えると苦味などを強く感じるようになる。
だからアイスティーの場合は苦味の少ない種類の茶葉を使うし、ホットの場合は冷める前に飲み切るのが良いとされるのだが、今飲んだ紅茶は冷めても苦味はアクセント程度にしか感じないしむしろそれが美味いとさえ感じる素晴らしい出来だった。
「どうでしょう。お客様と話ながらとなるとどうしても途中で冷めてしまうので、温くなっても変わらず美味しく飲めるようにと用意した特別な茶葉です」
「えぇ、これはとても美味しいですね。熱い内に一口も付けなかった事を後悔するくらいには」
正直処理するつもりで冷めた紅茶に口を付けたのに、温くなった後でもここまで美味いと感じる事に蒼一とブリ雄は素直に兜を脱ぐ。
そんな二人の様子にアイゼンは満足そうに頷くが、不意にスッと目を細め二人が紅茶を飲んでいるタイミングで口を開いた。
「単刀直入に聞かせて貰いますが、お二人はどこ中ですか?」
「「ぶほぉ!?」」
アイゼンの口から飛び出た"どこ中"という単語に不意打ちを食らった二人は口に含んだ紅茶を噴き出す。
そんなヤンキーみたいなセリフがまさかアイゼンの口から飛び出すとは思っていなかった二人は気管に入った紅茶に咳が止まらず、ここに来てどうして"所属"が"中"なんて翻訳のされ方をしたのか理解する。
(あの中って"オメーどこ中だよ"の中だったのかよ!)
(確かにある意味では所属と意訳出来ない訳では無いですが、まさかよりにもよってそこをチョイスするとは)
エ●サイト翻訳も大概にしろと翻訳して貰ったという立場も忘れ内心で管理神に対し文句を言う二人、その一方で二人が噴き出した本当の理由など知らないアイゼンは二人が図星を突かれて噴き出したのだと誤解していた。
「まさかここまで露骨に反応して頂けるとは、タイミングを計った自分が言うのも何ですが大丈夫ですか?」
アイゼンが紅茶を二人に紅茶を勧めたのは秘書が淹れた紅茶を自慢したかった訳ではない。
自慢したいという気持ちが微塵もなかった訳ではないが、本当の目的は二人の反応を見る為だ。
普通に面と向かって話している中で同じ言葉を投げたとしてもただ普通に話を聞いているだけの相手から見られる反応というのはそれ程多くはない。
見れたところで顔や肩の動き程度で、それも相手が途轍もなく隠し事が苦手なタイプでもない限りそれだけで相手の真意を知る事など不可能だろう。
だからこそアイゼンは相手に紅茶を薦め、相手の意識が紅茶に向けられている隙にその言葉を刺し込む事で相手の反応を伺おうとしたのだ。
カップを持つ手に紅茶を飲む喉の動き、所作が増えればそれだけ反応を見られる箇所も増えてくる。
そう考えての行動だったのが、二人があまりにも派手なリアクションを見せたのでアイゼンは何時までも咳き込む二人に思わず心配そうに声を掛けてしまう。
「げほっ……うっ、あ゛ー……」
「はぁ、はぁ……ゴホッ――!」
「あの、本当に大丈夫ですか?。僧侶でも呼びましょうか?」
「い、いえ……大丈夫です。ちょっと予想外の出来事過ぎて驚いただけですので」
咳も止まりようやく落ち着いてきた二人は残った紅茶を喉の奥へと流し入れ、人心地付けてからアイゼンの方へと意識を向け直す。
「御見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「それは別に問題ないのですが……」
普通であればあんな聞き方をした時点で緊迫した空気が張り詰めていても可笑しくない筈が紅茶を噴き出すなんてギャグのせいで微妙な雰囲気が漂い、この空気からどう本題に話を持って行こうかとアイゼンは困った顔をする。
次に出す言葉選びにアイゼンが迷っている隙に、ブリ雄が話の主導権を得るべく口を開く。
「何やら誤解があったようですが、私達は別に何処かの組織に中する者ではありませんよ」
「えぇ……あれだけ露骨に反応しておいてそれはちょっと無理があるような」
「それに関してはどう説明したら良いのやら、正直私達としても難しいのですが……言語の壁とでも言いましょうか」
ヤンキーみたいなセリフが唐突に飛び出して来たので驚きました、なんて説明したところで伝わる訳も無いのでブリ雄は困った顔でそう告げる。
「兎に角、私達は今のところニーヴァ以外の組織とは関係を持ってはいません」
「その私達というのが組織を意味しているのではないですか?」
「私達は組織なんてそんな上等な物ではありませんよ。外界から遮断された世界で生き抜く為に出来上がっただけの群れでしかありません」
「それが狂気の森の向こう側にあるという貴方達の故郷だと?」
「はい」
普通に考えてブリ雄の言っている事は図星を突かれた事を誤魔化す為の言い訳でしかないと判断するところだろう。
アイゼンも八割方はそうだろうとは思っているが、残り二割のところで"果たしてこんな下手クソな誤魔化しをする意味があるのか"という疑念もあった。
本気で誤魔化すつもりならもっと良い言い訳の仕方もあった筈、その中でこんな誤魔化しとも言えないような杜撰な言い訳をするというのはそうとしか言い様がない事実だからではないかと考える。
(単なる考え過ぎかも知れないが……しかし)
真剣な顔をするブリ雄を見て、アイゼンは一つ確認をしてみる事にした。
「そうですね、一旦組織云々については置いておきましょう。そこで一つ質問なのですが貴方達の集落とは具体的に何処にあるのですか?」
狂気の森の向こう側という曖昧な情報しか知らないアイゼンは気になっていた尋ねる。
狂気の森はスルクから見て北東に位置しており、狂気の森の北側と東側には険しい山脈と海が広がっており、どちらも集落が作れるような場所ではない。
しかしその二択ならまず間違いなく山脈の方になるのだろうが、いくら険しいと言っても外界から遮断されたと断言する程人が立ち入る事が出来ない訳では無いし、何よりその山脈には頻繁ではないにしろニーヴァからも毎年何名かは派遣しており、今まで集落らしき存在の報告など上がって来た事は無かった。
「狂気の森の周辺にはニーヴァからも定期的に人をそれなりに派遣してはいますが、集落はおろか人が住んでいると思わしき痕跡すら報告に上がった事はありません」
定期的、それなりなど相手の受け取り方によって何とでも捉えられるような言い方をし、実際にどれだけの人的リソースを投入しているのかは隠しつつ相手を揺さぶる。
嘘は言わないが真実も告げない、狂気の森の向こう側から来たとしか主張しない事に対する意趣返しにブリ雄は動揺する素振りも見せず平然とした様子で言葉を返す。
「言った筈です、外界から遮断された場所だと、普通の方法で辿り着けるような場所にはありませんよ」
「その具体的な場所を教えて頂く事は?」
「残念ながら言えません。そもそも言ったところで辿り着けるような場所にはありませんし、到底信じて頂ける場所ではありませんので」
「でしたら教えてしまっても構わないのではないですか?。誰にも辿り着けない場所にあると言うのが事実であるなら、それに本当にそうならば貴方達二人はどうやってここにやって来たと言うのです?」
(おいブリ雄、これ大丈夫なんだろうな?)
誰が見ても自分達の方が圧倒的に不利な状況に蒼一が内心で不安そうに言葉を漏らす。
その声が聞こえているブリ雄はアイゼンに見えないテーブルの下で"問題ない"とハンドサインを送る。
「そこも残念ながらお話する事は出来ません。自ら手の内を晒す術師もそうはいないでしょう」
「それはつまりここまで辿り着いた方法も、貴方達の集落が見つからない理由も、その手の内にあると?」
「さぁ、どうでしょうね。先程も述べた通り自ら手の内を晒すつもりは私には毛頭御座いませんので」
互いに表面上は穏やかな表情を浮かべつつも言葉の節々には相手を牽制する意図が込められており、応接室には剣呑な空気が充満していくのだった。
思いつきで適当に考えた名前ですが、なんか「アイゼン・クラート」って「蔵戸 愛染」という日本人みたいな名前だなーとか執筆しながら思ってました。




