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唯一  作者: senga
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いつものように、町に入る門のところで立ち止まる。


「ここも一週間程度になるか?」


「だろうな。もっとも、お前が問題を起こさなければだが」


心外だ。それはお前の方だろう、と不快感を顔で表現してみる。

すると友人はそれはこう表現するのだ、と言うように見事にその手本を見せてくれた。


なるほど、おそらく私よりは数倍出来がいい。本気で嫌がっているように見える。

思わず少し笑う。


後ろで人の倒れる音がした。

悲鳴の欠片も。あぁ見てしまったのかと振り向いてみる。

倒れた男の股あたりから不穏な気配がしたので、私はさっさと話を切り上げることにした。

振り返ると友人はすでに仮面を装着していた。素早い。


「今回は、あの赤い看板の出てる宿屋にしよう。部屋のドアに茶色い布を結んでおく」


「わかった」


そこで私たちは別れた。友人と一緒にいると、いらぬことが起こる。

自分のしたいことができない。邪魔だ。


友人もきっと私と同じ気持ちだろう。


意見の一致で、私たちはいつも町に入るところで別れる。

気が向けば私は友人の背を追い駆けたりすることもあるが、基本的には別行動だ。


ただ友人は宿もとれない人間なので、私がそこを補っている。

人外の獣はもちろん、敵意をもった人間やそうでもない人間からも守ってくれることを考えれば、些細なことだ。楽勝だ。


町を歩きながら、辺りを見回す。

木製の貧相な建物が立ち並び、そこここに色のくすんだ布がちらちらと目にとまるのは、市があるせいか。

平和な、どうということもない町だ。


いや、今まで通ってきた村か町かという田舎と比べれば、まだマシか。

街とも呼べるかもしれない。

私が友人と出合う前、長い間住んでいたのがこの大陸で2番目に大きなリブタートという大都市だったので、どこの町も田舎臭く感じてしまう。

例えば、今現在どこからともなく聞こえてくる、活気ある掛声。

元気がいいのは結構なことだが、右から左からかけられては、何を言っているのかわからない。とても非効率的だ。

派手な目立つ看板でも置いてじっと黙っていればいいものを。


人が多いのが苦手な私はそう思う。


ああでも・・・町のどこかが静かになる。

不自然な静寂が移動し、静けさがゆっくりと広がる。


友人が活動し始めたのだろう。好ましいとまではいかないが、なんとなく気持ちいい反応だ。

聞いているだけなら清々しい。

きっと今頃、またあの仮面をつけて女の人を追い掛け回しているんだろう。

盲目でかなり視線に鈍感な女性でもない限り、おそらく彼の思いを受け止めることはできないだろうに。


そこまで考えて、苦笑した。

どうせ友人は盲目の人間なんて選ばない。

自覚してしまうようなことは、きっとしない。


私の中にも友人の中にも、埋められない空洞がある。


欠け人らしく欲は人の数倍はあるかもしれないが、知らないものは望めない。ないモノねだりは起こらない。


とりあえず、私はまだ活気の途絶えていないらしい市場へと向かうことにした。

友人の通った後なんて、マトモに買い物もできやしない。


雑貨や装飾品、香水などの小さな露天が並ぶ場所で足を止め、見入る。

こういった、価値があるのかないのか曖昧なものが昔から好きだった。

たくさん持っていたが、旅に出るにあたって持っていくわけにもいかず、さほど迷わず捨ててきた。

好きだが、手に入れるとどうでもよくなる。

この旅でも幾度も手に入れては、さっさと売ってきた。これがまた、意外にいい金になる。


「この腕輪きれいだね」


わずかに青みを帯びた銀色の華奢な鎖が、何重にかなっているだけのシンプルなもの。

すぐに壊れそうなほど細い頼りない鎖と、太陽の光を反射して冷たく淡く光る様に惹かれて声をかける。


「ああそうだろう?何しろこれは・・・」


ぺらぺらと喋りだす男は愛想がよく、これは?これは?と問う私に嫌な顔ひとつせず答えてくれる。

強く推し進めず、説明だけしてくれる様子に好感が持てた。

それは贈り物を包んでいる綺麗な包装紙に向ける感情に似ていたかもしれない。

私は半時間ほど迷った素振りをした後、結局何も買わずに立ち去った。

男は残念そうに私を見て、また来てくれよと言った。


振り向いて、笑う。言われなくても、私はまた来るつもりだった。


少し歩くと噴水のある小さな公園に出た。

ベンチにぼおっと腰掛け、水の循環を眺める。


子供が手を浸しているのを見て、あの水はきっと綺麗なものじゃない、などと考える。

まず間違いなく、大人なら眉を顰めてしまうだろう。

私もわざわざゴミの浮いた水に手を浸そうとは思わない。


浸してもいいけれど、理由を必要とする。

例えば、あの水の中に親指サイズのエメラルドが沈んでいるとか。


それにしても、もし恐れを知らないのが子供だとしたら恐怖を知らない私は同じく子供なんだろうか?


いやありえないか。


突然、大きな音と共にその汚い水の飛沫らしきものが私の顔にかかった。

汚い。しかもなんだか生温い。

不愉快な気分になる。


黄昏のような雰囲気もぶち壊しだ。

どこの馬鹿だはしゃいでるのはと顔を拭って見てみると、噴水に女性が落ちたようだった。

後ずさりしていたときに背中から落ちたようで、思いっきり水を飲み、咽ているように見えた。


途端に感情が切り替わる。


彼女はとても可哀想だ、色々な要素が今日という日を思い返す彼女を不幸にするに違いない。

恐れを知らない子供も、今日から大人の仲間入りだ。


辺りはいつの間にか静かになっていた。

納得して立ち上がると、面倒に巻き込まれないうちに私は他の市場も見て回ることにした。


目星をつけて数件回り、当初の予定通り宿に向かう。


「1週間ね、先払いだよ」


代金を聞いて、払う。

高いのか低いのかはわからない。ただ持っている額で充分に足りた。

扉の取っ手に茶色い布を結びつけ、中に入ると右のベッドに横たわった。

埃っぽい臭い、灰色が滲むような染みのある紙を張った壁。


質はきっと良くない部屋を目だけで見回すと、思わず笑みが零れる。


「たのしい、か・・・」


口から吐き出してみると実感が湧いた。

そう、私は今の生活をとても気に入っている。

友人の友人でいるのは、スリルがある。


私は旅を始めてからずっと上機嫌だった。


友人の青い目。深くて、暗くて、濁った目。

あの中に何が詰まっているのか想像するとわくわくしてしまう。

割れないから、つついたっていい。空っぽに見えないのに、空に近いものが詰まっていることを私は知っている。

それが嬉しくてたまらない。



・・・



私は塔の最上階にいた。

鉄格子の嵌まった窓しかなくて、登る梯子もなければ入る扉すらない。よって私は出られない。


ある男がそれを作らせ、私をそこに放り込んだ。

男は入る手段、出る手段、出す手段を所有している。

この場合、独占しているという方が正解か。


しかし今のところ不自由はない。

普段はここにいるだけで、私が望めば男は私を外に連れて行ってくれる。

私はふかふかの柔らかいクッションの上に乗せられ、一歩も歩かず外を見回ることができた。


ただし常に傍には同じ男と女がいた。


女は男の妻だった。男の名はグリース、女の名はスミナ。

それは等しくリブタートという街を異能でもって治める主たちの名であった。


グリースは私を甘やかす。

スミナには贈り物ひとつしないのに、私にはあれかこれかと視線が止まるものすべてを与えようとする。

その日も私は外に出たいと言い、グリースは喜んで私を色々な店へと運ばせている最中だった。

無機質がとても魅力的に見えるようになったこの頃、私は冷たいものが欲しくて堪らないような気分になることが多々ある。


そういうときにグリースが近づいてくると我慢できない。

ひとつ買って、ぼんやりと手の中の冷たい宝石を握りしめていると、グリースが顔を覗き込んできた。



「満足か?それとも退屈か?」



私は首を振る。笑みのようなものを浮かべる。

グリースは目を細めて、ゆっくりと私の手に触れた。

生温かい手。嫌がるかどうかを確認するような仕草を、私はいつものように受け止めるだけ受け止めた。

グリースは優しげな顔で笑んで、正直に話せと言う。

その指先から、あまりにも温かいものが流れ込むから、私の口は緩む。


まだ大丈夫じゃないかと思ってしまう。


「約束を、憶えているか?」


グリースはわずかに頬を染めつつ一瞬きょとんとした顔をして、すぐにあぁと納得した顔になる。


「憶えているよ。お前とした約束なら、俺は死ぬまで一瞬たりとも忘れない」


力強く笑う。主らしい、楽しげで残忍かつ軽薄なそれを、私はぼんやりと見た。

初めて見たときは感心し、人の顔はこのように配置されているのが最も望ましいのかもしれないとすら思ったのに。

整ったそれはあまりにつまらないと思い始めたのはいつからだったろうか。


それは、もう私が彼の同じ部分ばかりしか見ることができないと思い知ってからかもしれない。


信じるんじゃなかった。


彼はもう、とうの昔に敗北宣言をしていた。

それを知らせるように私を塔に住まわせ、スミナに周囲を囲わせた。


グリースも私を裏切った。

それはもう慣れた出来事だった。溜息をつく気にもならない。



・・・



ふっと浮上した。

体の重みを思い出すように、寝返りを打つ。

いつの間にか眠ってしまったようだった。

私はベッドの上で寝ぼけた頭をいじめた後、少し空腹を感じたので食事を取ることにした。


友人といるようになってから、生理的欲求に関して私はあまり我慢しないようになった気がある。

思って、苦笑と共に打ち消す。新鮮な感覚なのは当然だ。

気付く暇なく与えられるのが当たり前のようなものだったから。


この宿屋には夕食、というより飲みに来る人間が多いようで、夕食の時間帯である今頃はまだ席が多数空いていた。

カウンターに座ってそこらへんの客が食べているものを指差し、あれと同じのと注文する。

宿屋の親父という雰囲気の男がちらりとこちらを見る。

低い声での返答を聞いて、私はぼんやりとその手元を見つめていた。

しばらくしていい匂いが漂い始めると口元が緩んでくる。


「なぁ聞いたかっ?今この街にあの『狂眼』が来てるんだってさぁ!」


そんなときに声をかけられたものだから、私は肩を揺らしてしまった。

そのうえ、隣いいか?と聞かれて思わず頷いてしまう。

それはまだ若い青年で、機嫌がいいのか鼻歌さえ歌っているようだった。

席について一方的に声を大にして注文を済まし、くるりとこちらに身体を向ける。


「『狂眼』だぜっ!?まさか知らないとかないよな?」


興奮したような口ぶりで話すから、私は慌てた。

このような人間と接触した経験は、そういえばあまりなかった。

頷くと、青年は訝しげに私の顔を覗き込む。


「なんだぁ? 元気ないのか? それとも口がきけないのか? 声が出せるんならちゃんと喋るのがマナーだぜ」


私は驚いた。

このような人間にマナーを語られるとは思いも寄らなかった。

失礼だが実際そう思った。

あまり感情を荒立ててはいけないと、私は落ち着いたような心持ちで口を開く。


「それはすみません。『狂眼』のことなら知っているよ、有名だからね。悪名高いというか」


「だろだろっ」


青年は嬉しそうに何度も首を縦にふった。先程小さな説教をしたことを忘れたように軽快にその舌が回る。

『狂眼』に関する噂をあることないことぺらぺらとよく話すので、私も笑って相槌を打ってしまう。


実際なかなか楽しかった、当人を知っているなら噂は実際と比較可能だから。


もちろん『狂眼』というのは、歩く最悪こと友人のことだ。


食べながらも舌が同じ速さで喋るので、咀嚼物が飛んでこないかと私は冷や冷やしていた。


「・・・それでさ、そいつが言うには『狂眼』ってのは顔が鉄どころか身体まで鉄で出来てて、目からビームが出るロボットだってさ!

しかも人間の恐怖を司る部分をコントロールする匂いを発するって言うんだ。ホルモンだっけ、フェロモンだっけ?

さすがにそれはないだろって言うのに、そいつは実際に接近しないとわからないって言ってさー・・・」


ころころと表情が変わるのを見ているのは正直おもしろかった。

友人も私もとても表情に富んでいるとは言いがたいくらいに顔面の筋肉をサボらせている人間だ。

顔面の筋肉をフル活用しているような人間を見るのはとても久しぶりで、そのうえ青年は本当に楽しそうに話すから私はつられないようぼんやりしつつ聞くのが精一杯だった。



「・・・それで、君は彼を見にいくのか?」



それでも、それだけはついつい聞いてしまう。

怖いもの見たさとやらで今まで友人の前で失神や失禁した人間を何人も見てきた。

宿の廊下や道端、それはともかく私の目の前でそのようなことをされるのは気持ちいいものじゃない。


喜ぶのは歪んだ頭を持つ友人くらいだ。


しかも友人は後始末をしない。

前に何とかしろと要求すると人間ごと蒸発させてはいかがかと真顔で聞いてきたので、アホだと思った。


気体になったら余計嫌だ。


当然、それなら放置しようと進言した。

それにもし本当にそんなことをしたら、余計に面倒が増えるに決まっている。


青年が見に行くといったら、『狂眼』の極秘情報(仮)を教えてこの宿からさっさと出て行ってもらうつもりだった。


「まっさか!」


予想に反して青年はカラカラと笑う。


「今日道でブルブル震えてる人とか吐いてる人とかおしっこちびっちゃってる人見たのに、そんなのわざわざ見に行くなんて馬鹿だって!

偶然出会っちゃったら話の種ゲットって感じかもしんないけど、俺は正直何があっても会いたくないね」


へぇ。


青年はあまり頭の良さげな顔をしていなかった。

笑うと垂れ目になる人懐っこい顔はともかく、少し舌っ足らずな話し方で、落ち着きなく椅子をガタガタ揺する。

行くだろうと思っていたから、意外だった。


その後もしばらく青年は話し続け、会話というには些か一方的なカタチでそれは終わった。

青年は、予想外に長居しちゃったと突然席を立つと別れるときさえ口を閉ざさず、縁があったらまたまたと明るく笑って去っていった。



部屋に戻ると友人がベッドで仮面を磨いていた。


「それはやっぱり、磨かないといけないものだったのか」


友人の前では多弁になる自分。

それを感じながら口を開くと、ついつい笑んでしまう。

反対に友人はまったくの無表情で、錆びるだろうと顔も上げずに言う。


言葉が素通りしていく感覚が楽しくて、今日あったことをぺらぺらと話す。

酒場であった青年のことに及んで、ようやく友人が反応を返してくれた。


「その人間とは、随分な時間会話したのか?」


「会話したといっても、相槌を打つだけだ。反応を声で返さないと少し怒るものだから、“あぁ”とか“うん”とか言っていただけだよ。

実際は彼がずっと口を開きっぱなしだったから、私は結局ずっと料理を食べていたといっても過言じゃない」


「しかしお前は気にいったようだ。

頼むからもう面倒だけは起こすなよ。お前の起こすものは規模が大きいうえに厄介で疲れる」


「・・・気をつけるよ」


この友人に溜息までつかれる私はいったいなんなのだろう。


私はこんなに非力で人畜無害だというのに。


人を傷付けたことなんてないし、人を怯えさせたこともない。殺したことなんて、もってのほか。


この身体を見よ。筋肉は旅に必要な最低限だけだし、魔法なんてとんちんかん。


そんな私を危険だと言うのは、友人だけだ。



愛を知らない恐怖の伝道師である、この気狂いな男だけだ。


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