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唯一  作者: senga
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次の日も、市場を見回る。

友人のせいで少し店の数が減った。

昨日市場を避けて徘徊しろと釘をさしたのだが、友人は気をつけると頷いたものの、思い人が逃げ込んだら踏み込むことに躊躇しないだろう。

しょうがなく、市場だけじゃなく建物の中にある少し高級な店も見回ることにした。

そういう理由なら、しょうがない。これはしょうがなくだ。決して、そういう理由ができたら気分的に入りやすいなんて思ってもいない。


装飾品を扱う店。

服を扱う店。

なんだかわからない薬を扱う店。

魔法具らしきものを扱う店。

高級雑貨を扱う店。


いろいろ見回って、また市場に行く。

昨日腕輪を見た店は、まだ無事にあった。

そこでまた話をし、今日は細工の種類なんかについて聞く。


「んで、おすすめなのはこの2つだな。

この無骨なのがジルゲバ風、こっちの繊細そうなのがトゥエルガ風」


「ふうん。随分雰囲気が違うね」


「凹凸の自然な美しさを楽しむんだ、ジルゲバは。それに丈夫だ。指輪とかは、殴るときにも便利だって男に人気だな。

トゥエルガはさすがに葉や蔦や花模様が細かくて綺麗でなぁ。しかし細かい分脆い。こっちはどう見ても女性向けだな」


「へえ」


「だがジルゲバってのは変わった方法でこいつを作るらしいね。

この鉱石なんか、ほんとは硬くて穴どころか凹凸さえもつけられないはずなんだ。

どうやってるんだかは知らねえが、これを作るやつに代々受け継がれる秘伝の技とかいうのがあって、なんでも一発勝負で彫ってそれ以上いじくらないのが鉄則だとか。

だから無骨に見えてもこんぐらいなら、結構な名のあるやつが作ったってわかるわけよ」


「凄い」


「対してトゥエルガでは、脆いがこれもまた特殊な金属を使っている。

水に浸すとわかるんだが、透けるんだ。こっちの首飾りなんかはつけると中に淡い桃色の石が見える。

このブレスレットなんかは水につけたら軽くて浮くから、この石の花や葉だけが浮いたように見えてな。

しかもこれに月光の光を集める習性があるもんだから女には人気で・・・」


「そう」


など。


覚える気もない知識を右から左へ受け取って、流す。

皆親切で、そんな私を相手にニコニコと笑顔で根気良く話し、帰ると一言言えば名残惜しそうな顔をしながらも笑って見送ってくれる。

また明日も来るよと言えば、大げさに喜ぶ。

皆一様に、同じ反応を返してくる。


それはとても見慣れたものだった。



店を回り、その日も宿で夕食をとっていた。

蒸したジャガイモにバターとこの店オリジナルのピリリと辛いソースをかけたものと、平たく焼いた硬めのパンの上に熱々の具を載せて食べる簡単な定食を頼み、最初に出てきたサラダを齧る。

あ、ドレッシングがうまい。柑橘系で、さっぱりフルーティ。


「あっ、昨日の人じゃん!」


聞き覚えがある声に、私は口の中にめいっぱい野菜を押し込んだ。

トマトがはち切れそうになる。振り向くとやっぱり、昨日ここで会った騒がしい青年が入り口から笑顔でこちらに向かってくるところだった。


「ね、連れいる?また隣座っていい?」


私は口の中の野菜をもごもごと噛みながら頷く。

詰め込みすぎでしょ、と笑いながら青年も注文を済まして私に向き直る。


「いや~、そういえば昨日はお互い名乗りもせず話しただろ?

それ思い出したら、なんとなく今日も会えないかなぁとか思って来ちゃった。

いつもここで食事してるの?あ、その前に名乗らなくちゃな。

またまた同じ失敗繰り返すとこだった!俺はシルフォン、シルって呼んで」


私は野菜をまだもぐもぐ言わせながら、頷く。

口を開いたらトマトの汁が、だーっと流れ出しそうだった。詰め込むときに汁モノはやめよう。

というか、この青年のせいじゃないか。名前もシルとか言ってるし。

話せないのを見てとったのか、青年も今は返事を声で返さないことに何も言わない。


「まぁ今口の中いっぱいだろうし、後で名前教えて。

そうそう、『狂眼』まだいるらしいね!

しばらくこの街に留まるみたいだ。今のところ、1日に1人の割合で女の子を追い掛け回してるって話。

しかし追い掛け回して、何か楽しいのかね。相当なSとか?歪んでると思わない?

でも頭おかしいらしいし、人とか建築物とか山を吹きとばしたりしないだけマシかー。規模小さいから。

何があったか知らないけど、1年くらい前から大人しくなったってもっぱらの噂」


シルは男で良かったな、と心の中で語りかける。


私が思うに、表情が豊富で逃げ足が速く、それなりに自分を可愛がっている人間が、友人に好まれる。

友人はうまいことそういう人間を選別して追い駆け、必死で逃げるその顔が崩れていく様を楽しんでいるようだから。

それに、そういう人間は適度に精神が強いので壊れにくい。

ぼーっと話を聞き流しながら考えていると、ふいにぽつりと耳が音を拾った。


「・・・突然なぁ、大きい街の領主がここに来るとかで・・・」


はっとして、振り返る。

思わず飲み込んだサラダが食道を流れていくのを感じた。少し苦しい。


「どしたの。訪問者に興味あり?」


顔を戻すと、面白そうなものを見る目でシルが見ていた。

子供のような、無邪気な顔。

何に反応したかなんてお見通し、というのを通り越して、あなたの知りたいことなら知ってるよ、と言いたげな笑んだ口元。

さすが初対面の人間に説教もどきを押し付けただけのことはある。なかなかにいい性格のようだった。


「どこの領主がこの街に来るか、知っているのか?」


彼のマナーにのっとって、わざわざ口に出す。

結果、満足そうに笑われ、胸を張られてしまった。


「知らない。でも、知ることはできる」


今知らないなら話にならない。


役立たず。その一言を口から出すのも面倒だった。

俺はそれ以降横で喚くシルを無視し続け、食事を終えたら部屋に戻った。

友人は、珍しくもう部屋にいた。

仮面を磨いてはおらず、ベッドの上からちらりとこちらを見て興味なさげに目を閉じた。

話があるので、私は友人の腰掛けるベッドに近づく。

友人を見下ろす機会は、本当に珍しい。

街では毎日遅くに帰ってくるし、野宿のときは食事の用意なり薪の収集なり術の準備なりで動き回っているから。

こういうときにしておかねば損な気がした。


「珍しいな。もう部屋にいるなんて」


「壊れたから」


短く言う。

今日狙った人は予想外に脆かったらしい。可哀想に。

いつもならそれを口に出して言い、少しばかりは説教のようなことをしてみるのだが生憎今日は優先事項がある。


「そうか気の毒に。それよりこの街にどこかの領主が来るという話は知ってるか?」


「俺が知るわけもない」


そりゃあそうだ。


友人は、いろんな物事から隔離された人間だ。形式的に言ってみただけに決まっている。


「来るらしい。調べてくれ」


「・・・」


友人は私を睨んだ。

ひゅっとその手が動いたのを見て、左にステップ。


私も随分と慣れた。

カツ、カランと音がして、仮面が壁に当たり、床に転がった。

それを拾って、友人の手にのせる。


「任せた。厄介ごとは嫌いなんだろう。

それと、物を粗末に扱うのはいけない。これ、意外にいいものなんだから」


「・・・」


震える友人の手に、しっかりとそれを握らせて私は笑う。

睨まなきゃいいのに、つい癖でやってしまう友人を少しばかり馬鹿にしながら。


「お前にだけは言われたくない」


そう言って、早々に友人は寝てしまった。

でもきっと、夜になったら起きるだろう。

私が寝ているのを確認して、情報収集のための魔術を使うのだ。ありがたやありがたや。

だから私は、友人に感謝を示す。ただ、早く寝るだけだけれど。

そうすれば、仕事を終わらせた友人も早く眠れるだろう?


私は、友人の良い友人であろうと常に努力している。





朝起きると、友人がまだ部屋にいた。

今日は遅い。いつもなら私が起きる前に今日の恋人を物色しに行っているのに。


「この街を出るぞ」


起き抜けの頭は呆けていた。

当然、友人の言葉など表面を滑るだけで、私は再び枕に顔を沈めた。





「・・・で、何と言った?」


それから、いくらかがたって私は聞いた。

友人はまだいた。窓から入る日光に仮面を光らせて頬杖をついている。

ハゲればいいのに。ふとそう思う。


「この街を出ると言った」


「どうして?」


「本気で聞いているのか?」


「まさか。来るんだろう?」


友人はいつも通りいらついたような顔で頷いた。


私の知る、私達以外の欠け人。


長いときを共に過ごし、つまらないものに喜んで囚われた裏切り者。

グリース。スミナ。

懐かしくもない名前だ。一年前は飽きるほど一緒にいた。


私は少し考え込んだ。

まだ、まだこの街で何もしていない。


「二人は、いつ来る?」


「早くて明日の晩・・・もしくは明後日だ。馬鹿が。遠征などと兵をぞろぞろ連れているから歩みが遅い」


だが、いざとなったら切り離して来るだろう。そう言って私を見た。

言いたいことはわかる。二人は私の位置を大まかに掴んでいるのだろう。

おおよその見当をつけて周囲の村、町を見回っているはずだ。

しかしここにいると確かにわかったなら、文字通り飛んでくるだろう。そうすれば一瞬だ。

溜息も出てしまう。気付かれたら、友人のせいだ。


「お前の変人行為は、目立つ。もう少し控えられないのか」


例えば、路地裏に連れ込んで穏便に話す程度に。


「無理だ」


それもそうだ。

友人と見つめ合えばまず相手の精神はもたない。

追いかけっこは、友人にとって最大の譲歩の結果だ。


そもそも、そんなことしなければいいのに。無駄なのに。


その言葉は、出てこないけれど視線に込める。

友人が私の鼻を睨んで、行くぞ、と言う。


「まだだ」


「は?」


「まだ、出たくない」


私は、まだ寝起きのままだ。

腹も減っているし、服も着替えなければ気がすまない。何もできていない。


それを抜きにしても、この街での収穫がまだない。これでは気がすまない。


「今日1日待ってくれ。夜に出よう」


「・・・ふざけているのか?」


友人がぎりっと歯を噛み締めたのがわかる。怒っている。私の目も見られないくせに、怒っている。


「ふざけていない。夜には出られる。

そこまで警戒しなくてもいいだろう?どうせ狙われているのは私だ」


「それが問題なんだ。お前は弱いから」


「自分の弱さくらい自覚している。だが、お前は強い。

むこうにとって限りなく邪魔なのはお前で、そんなお前はうざいほど強いから何とかなる。

弱いのは私で、狙われているのは私だから大丈夫だ」


命を狙われているわけでなし。


まぁとにかく大丈夫と言いたかった。友人が煩わしいのが面倒だった。

正直、友人と話すよりはここを出て早く動きたかったのだ。


「夕陽の沈む頃、ここの西門で待っていてくれ。必ず行く」


有無を言わさずさっさとそう告げ、支度を済ませると部屋を出た。

ここの滞在は結局3日程度だ。宿代の半分以上が無駄になった。

もったいなくはないが、できたらそれ以上は取り戻したい。


そう思うと、少し楽しくなる。


どこに滞在しても、行うことにしているゲーム。

人の好意をお金に変えて集める、そんな遊び。ここではどれだけ集まるだろうか。





「連れの都合で、今日出立することになったんだ」


私はいかにも残念そうに言った。苦笑して、寂しそうな表情を浮かべてみる。

すると、目の前の顔は一瞬呆けたようになり、それから俯く。

顔を隠すようにぼそぼそと言葉を出す。


「・・・そうか。あんたと話すの、正直すごく楽しかったみたいだ。こんなにショックだと思わなかった」


「私も、とても楽しかったよ。聞いているだけで胸が弾んだような気がした」


気がした、だけだ。


「そう、か・・・ありがとな」


ずっと、鼻を啜る音。

それは、どんな気持ちなのだろう。

3度ほど語り合い、離れていく相手に思うこと。


「よかったら、これやるよ」


男が、俯いたまま手を伸ばす。

私が手の平を差し出すと、そっと何かを乗せる。


「・・・これは」


「あんたが、ここに来て最初に綺麗だねって言ったやつ」


「だけど、これは売り物だろう。いいのか?」


「いいんだ。俺があんたに持っていて欲しいんだ。あんたの手に、飾っていて欲しい」


青銀色の華奢な鎖でできた、腕輪。

冷たい輝きを放つそれは、予想通りひんやりと冷たかった。

手首につけると、シャランと涼しげな音が鳴った。

労働をしない私の手首は、まるで女のように白く細い。


「よく、似合ってる・・・」


「ありがとう」


男は、ようやく顔を上げていた。

目は潤んで、鼻の下も少し潤んで、顔が何だかほんのり赤い。

早く立ち去ろうと、私は足を動かした。


「それじゃ、行くよ」


「あ・・・あぁ」


「ここでの君の商売が、うまく行くよう祈ってるよ」


「・・・」


私は、一度も振り返らなかった。

鳥肌が立った腕に、手首のひんやりとした鎖が染みるようで、道を曲がってからすぐ外した。


「・・・次、行くか」


呟く言葉は、周囲の喧騒にかき消されてすぐ消える。






西の空が赤く染まり始める頃、私は馬車で門の前に乗りつけた。

馬2頭に小さい荷台がくくりつけてある、質素だが丈夫そうな馬車だ。


「ここまででいいよ、ありがとう」


にっこり笑うと、悲しそうな顔をして御者が降りた。

何か言いたそうにもじもじとしているので、私はさようならまた機会があれば会おうと微笑んでみた。

こくりと頷くのを確認して、周囲に視線を飛ばす。友人は門の傍にひっそりと佇んでいた。

まぁ、ひっそりとというのは語弊がある。

ただ単にその周囲だけ異様に静かで人の姿がまったくないだけだ。


「こっちだ。これで行こう」


言うと、友人が近づいてきた。

同時に静寂が移動する。降りた御者も風のように消えていた。

本当に、友人は魔術師なのだ。


「また貢物か」


「あぁ。足が欲しいんだって言ったらくれたよ。

あるところにはあるものだよね、余分だったんだってさこれ」


私が笑うと、友人はこちらを見ずにさっさと御者の席についた。

出立し、ガタガタと揺れる馬車の中で、沈む夕陽をぼおっと眺める。

車輪の振動があまり響かず、薄いクッションのおかげで尻が痛くない程度に揺れるのが心地いい。

頭が壁にがつがつと軽くぶつかるのがおもしろかった。


友人がぽつりと言う。


「お前、いつか殺されるな」


「お前が死んだらな」


ガタガタという馬車の音に紛れての細いやり取り。

お互い、聞こえているかどうかも確認しなかった。


私も友人も、長く生きられるような生き方をしていない。

出会った人に下向きの感情を残すような旅。

目的などなく、蓄積した憂鬱を晴らすためだけの流れるような旅。


そこでは、恐怖も愛も、色濃く黒い軌跡を描くだけの産物に成り果てるだけだった。



本当に、くだらない。



笑ってしまう。


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