タイトル未定2026/10/12 20:34
慌てて診察室から出て行ったマスターは、診療所に併設された実家に行った。
リビングに入るなり、持っていた黒いリュックを放り投げ、白衣を脱ぐと勢いよくソファーに白衣を脱ぎ捨てた。
その姿を見た家政婦のまちこは、声を上げた。
「坊っちゃん!帰ってくるなり、なんですか!」
いつもならすぐ謝るマスターだが、まちこの声が聞こえていないのか、黒いリュックを背負うと、リビングを出て玄関に走って行った。
ひろ子が運転する車の助手席に座っていたマスターは、ひろ子から視線をそらし腕組みをして、車の窓から見える流れる景色を見つめていた。
「……怒ってる?」
「怒っていますよ。『誰かにずっと、つけられている』なんて嘘をついて、ボクを呼び出して」
「だって、ああでも言わないと、あっ君私と会ってくれないでしょ」
「吉田さんが言った嘘を真に受けて、飛び出した自分が恥ずかしいです」
ストーカー被害を訴えたひろ子の電話に、マスターはひろ子の思惑通りまんまと引っかかった。
電話でひろ子に呼び出されたマスターは、ひろ子と一緒にに不動産の店に行き、アパートの物件を見に行った。
「こんな事で、いちいちボクを呼びさないでください。吉田さんなら、物件探しくらい一人でできるでしょ」
「だって、あっ君と一緒に物件を見に行きたかったから。ねっ、年数がいっている割には、あのアパートの部屋綺麗だったよね」
アパートの部屋を見たひろ子は、部屋を借りることにその場で即決をした。
「……本当に、離婚をしたんですね」
「一年の結婚生活か……あっという間の、一年だった」
腕組みをしたまま、車の窓から見える流れる景色を見つめていたマスターは、寂しそうに言うひろ子をチラリと見るだけだった。
ひろ子が運転する車は、マスターが住むマンションの前に止まった。
「送ってくれて、ありがとう」
マスターが、車から降りようとした時だった。
ひろ子はマスターの腕を、力いっぱい掴んだ。
驚いたマスターは、ひろ子の方を振り返った。
「わがままなのは、わかってる。時々で良いから、あっ君と話をしたい」
ひろ子の力強い眼力に、マスターは吸い込まれそうになった。
「私……本当に一人ぼっちになったんだ」
マスターの手がひろ子の肩に触れようとしたが、我に返ったマスターは伸ばした腕を下ろし、黙ったまま車から降りて早歩きで歩きだした。
……何故、吉田さんの言葉を真に受けたんだろう……。
ひろ子はマスターと同い年で、切れ長で眼力のある目をしていて、当に大人の女性だった。
流花とは、全く違ったタイプの女性だった。
自分でも、気がついていた。
……ボクは、吉田さんに惹かれている……。
マスター自身気がついていたが、ひろ子への想いを認めたくなかった。
マスターが住むマンションの棟の前まで来ると、マスターはリュックから携帯を取り出し流花に電話をかけた。
しかし、流花が電話に出ることはなかった。
マスターは立ち止まり、ラインを打ち始めた。




