タイトル未定2026/10/12 20:32
マスターは、流花から受け取った通話を慌てて切った。
携帯を黒いリュックにしまい、うつむいて思いきり息をついた。
マスターは、吉田ひろ子が運転をしている車の助手席に座っていた。
運転をしていたひろ子は、いつもの口調で言った。
「電話、彼女でしょ。私に遠慮しないで、携帯に出て良いのに」
マスターは何も答えず、数時間前の診療所にいた自分を思い出していた。
数時間前……。
午後の診療時間が終わり、院内は静まり返っていた。
診察室で、マスターがパソコンのキーを叩く音が聞こえる。
看護師の園田亜美と久保由美は、診察室の奥の窓際の棚の上で、使用した器具の消毒をしていた。
机の上に置いてあった、マスターの携帯の着信音が鳴った。
パソコンのキーを叩いていたマスターは、携帯の画面に見向きもせず、無意識に携帯に出ていた。
「はい……」
携帯に出たものの、目はパソコンの画面に釘付けになっていた。
「あっ君……」
吉田ひろ子の声に、マスターはやっとパソコンの画面から目を離した。
「吉田……さん……?」
マスターが声を潜めて言うと、悲痛なひろ子の声が聞こえてきた。
「誰かにずっと、つけられている」
「えっ?」
「怖い……早く来て」
切羽詰まったひろ子の声に、携帯を切ったマスターは、椅子から立ち上がった。
マスターの携帯の着信音が鳴ったのに気がついた亜美と由美は、そっとマスターの方を見ていた。
携帯を切るなり、慌てて診察室を出て行ったマスターに亜美と由美は、ただならぬものを感じていた。
亜美は、由美に言った。
「何か、あったのかな?」
「電話を切って、すぐ行っちゃったでしょ。電話の相手は……」
「うん、うん」
「彼女だ!」
「やっぱりね。その彼女が、どうしたんだろ?」
「先生、慌てて走り出したから……彼女ストーカーに、あっているんだ!」
「ストーカー……だから、先生に助けを求めたんだ」
「先生、間に合ったかなぁ。彼女、大丈夫かなぁ」
静寂に包まれていた診察室は、一気に賑やかくなっていた。
心配をしている由美とは対照に、亜美は冷静でいた。
以前亜美は、マスターの後をこっそりつけて、流花を見ていた。
モデル並みの体型をしていて、大人びているのに、あどけない表情をする不思議な女性だと、初めて流花を見た亜美はそう思った。
……もし、先生の彼女がストーカーにあっていたとしても、あの彼女ならうまく切り抜けそう。だとしたら、今の電話って……。




