1。聞かれてしまった叫び声
日向はずっと優しいままだった。
誰にでも笑いかけて、まるで太陽は日向が笑った時だけ世界を照らすんじゃないかと思えるくらいに。
もうずっと昔のことだ。
幼稚園に通っていた頃、誰も僕と遊んでくれなくて、いつも教室の隅に一人でいたあの頃から。
僕はずっと、日向を目で追っていた。
柔らかそうなオレンジ色の髪を揺らしながら、男の子たちに囲まれている日向。
カブトムシがどうやって這ったのかを必死に身振り手振りで説明していて、正直ちょっと間抜けだった。
でもその時、思ったんだ。
――ああ、面白い人だな。
――友達になれたらいいのに。
そう思った直後、目の前に何かの気配を感じた。
顔を上げると、日向が膝に手をついて、首を傾げながら僕を覗き込んでいた。
「ねえ、銀髪くん。僕と友達になろうよ!」
そう言われて、僕は目を細めた。
信じられなかった。
だって、こんな根暗な僕と友達になりたいなんて、そんな人いるはずないだろう?
「日向くん、その子に話しかけない方がいいよ。怖いもん。」
――ほらね。
日向みたいな人が僕なんかに近づく理由なんて、どうせ同情だ。
「……僕を哀れまないで。」
そう言った瞬間だった。
「おいっ! 恨ちゃんの悪口言うなよ!」
日向がほとんど叫ぶような声で男の子たちに言い返した。
誰かが僕を庇ってくれたのなんて、それが初めてだった。
「つまんなーい。日向くん、あの子と遊ぶなら勝手にしなよ。」
男の子たちはそう言って離れていった。
日向はもう一度僕の方を向くと、そっと手を差し出した。
「友達になろうよ、恨ちゃん。」
――僕の名前、覚えていてくれたんだ。
こんな目立たない僕のことを。
どうして。
わからない。
それでも僕は顔を上げて、まっすぐ日向を見た。
その瞬間だった。
世界が止まったような気がした。
白い光が日向を包み込んでいるように見えた。
少し赤くなった頬。
どこか不安そうな表情。
風に揺れる柔らかな髪。
胸が一瞬だけ止まって、その次の瞬間には狂ったみたいに脈打ち始めた。
心臓の奥から何かが溢れ出しそうで。
頭の中は知らない感情でいっぱいになって。
気づけば僕はその手を取っていた。
その光の中へ、自分から飛び込むみたいに。
「……うん。」
あの日から、日向はいつも僕の隣にいた。
登下校の途中でも、休み時間でも。
日向は楽しそうに色んな話をしてくれて。
僕はそんな日向の幸せそうな顔を眺めていた。
日向のことを考えるたびに、胸が高鳴った。
――日向が好きだ。
もっと早く伝えたかった。
何度もそう思った。
だけど一日が過ぎて、また一日が過ぎて。
結局、僕には勇気が出せなかった。
そして昨日。
放課後、校舎を歩いていた時だった。
偶然、日向が女の子に告白されているところを見てしまった。
飛び出して止めたかった。
その言葉を言わせたくなかった。
でも遅かった。
日向はすぐに頷いた。
受け入れたんだ。
もう日向は誰かのものになった。
そう考えるだけで吐き気がする。
僕には何もできなかった。
引き止めることもできなかった。
「日向が好きだ……!」
「好きなんだ……!」
泣きそうな声で叫ぶ。
その時だった。
思考を遮るように、廊下を駆ける足音が聞こえた。
続いて母さんの声。
「あら、日向ちゃん。今日は帰るの早いのね。」
そして少し慌てたような高い声。
「失礼します!」
次の瞬間、玄関のドアが勢いよく閉まる音がした。
嫌な予感が胸を締めつけた。
僕はゆっくりと部屋のドアを見る。
完全には閉まっていない。
わずかに隙間が開いていた。
さっき聞こえた音。
母さんの言葉。
そしてこのドア。
全部を繋ぎ合わせた瞬間、血の気が引いた。
――日向がいた。
――聞かれた。
――今の全部。
聞いてしまったんだ。
僕が叫んだ言葉を。
それで慌てて逃げるみたいに帰っていったんだ。
終わった。
本当に終わった。
最悪だ。
明日、学校でどんな顔をして日向に会えばいいんだ?
彼女には?
どう説明すればいい?
いっそこのまま一生学校を休んで、この部屋で朽ち果てた方がマシなんじゃないか?
あああああああ。
僕の人生、終わった。




