第53話 王子様系女子達が僕の家に入り浸って楽しんでいる秘密のこと(1)
六月の終わり頃、日曜日。時刻は昼前。
古民家にサーモンが届けられた。
玄関に置かれた、一抱えもある発泡スチロールを見て、僕はうめいた。
「うわあ、本当に届いちゃったよ……。なのちゃんはまた、こんなことして……」
中身、何キロあるんだろう。確実に三キロはあるだろうな。
なのちゃんめ、玲音の食べっぷりを見て、遠慮しなくなったな……?
「いいじゃないか、ことか君。僕がいれば、なにが何キロ届こうが、食材が無駄になることはないのだから」
嬉しそうに頼もしいことを言いながら、玲音は発泡スチロールをひょいと持ち上げた。
「あ、僕が運ぶよ」
「いいんだよ、ことか君。僕が力持ちなのは知っているだろう? んふふ、ことか君、きみを軽々と持ち上げて一位でゴールしたことを、まさか忘れたわけじゃないだろう? 忘れちゃったなら……、もう一度やって、思い出させてあげるけれど。どうだい、ことか君」
思わずジト目になってしまう。
「……名前、呼びすぎじゃない?」
「外で呼んだら困るのだろう? だから、この家の中で、呼べない日の分までたくさん呼んでおかないと」
玲音は僕のことを名前で呼ぶようになった。
名前呼びはまだちょっと苦手だけれど、馬鹿にしたり、からかったりしてくるわけじゃないから、玲音からなら大丈夫。……玲音たちからなら、かな。
むしろ、甘い声音で呼びかけてくるから、そっちのほうが危険な感じがする。うっかり外で呼ばれて、それをファンに見られでもしたら、僕は八十八つ裂きにされるだろう。
そのとき、リビングの方から声がかけられた。
「こら、ことちゃん、玲音。玄関でいちゃいちゃするんじゃない」
「そうっすよ、こと先輩! 俺らも混ぜてもらわないと」
……訂正。二百六十四つ裂きかも。
リビングから顔を出した一輝先輩と薫が、ぶーぶー言っている。二人もまた、僕のことを名前で呼ぶようになったからね。
「隙を見せた君たちが悪い。恋は戦争だよ?」
玲音が澄まし顔で発泡スチロールの箱をキッチンカウンターまで運んでくれた。
蓋を開ける。大量の保冷剤と、大きなサーモンの頭がまず目に入る。うわ。
あとは、パッキングされた右身、左身と、中骨。
ほっとする。内臓などをとり、三枚におろしたあとのものだ。一匹まるまる送られてきたら、手も足も出なかったに違いない。
小さい魚なら、なんとか捌けるんだけどね。
「で、なぜ私達は日曜日に集められ、サーモンフィレを眺めているのかな。なのかさんが絡んでいることはわかるが」
そう、日曜日である。だから三人とも私服。相変わらずのまばゆい美貌で、どぎまぎしてしまう。
「なんか、なのちゃん、今年から北海道でサーモンの養殖事業にも一枚噛んでるらしくて。一昨日『サーモン一匹送ったよ』って連絡あって、それで三人にメッセージ送ったんですよ。どの状態で届くかわからなかったんで、冷凍前に食べられたらいいなと思って」
「『一匹送るよ』じゃなくて『送ったよ』なんすね! その後出し精神、参考にしたいです!」
なのちゃんを参考にするのは、やめてほしいと思う僕である。
好きな人だけど、ちょっと行動がアクロバティックすぎるから。
「薫、どんな風に参考にするんだい?」
「抱きしめてから『抱きしめますよ』って言うとか」
「かわいいな、薫は。私ならキスしてから『キスするぞ』っていう」
「一輝もまだ弱いね。籍入れてから『籍入れたよ』、これが最強だよ」
「いやそれ、どうやってサインもらうんっすか」
「ことか君はぼんやりしがちだからね。プリントに紛れ込ませておけば、サインと捺印を済ませておいてくれるに違いないよ」
そんなわけないでしょ。ダチョウ並みに鈍い僕でも、さすがに気づきます。
やいのやいの言っている三人から、ごほんと咳をして注目を集める。
「ともかく! 今日はサーモンと、あとトウモロコシの日です」
「トウモロコシ? そんなのもあるのかい」
「なのちゃんから、昨日、北海道のトウモロコシも届いてるんだよね。季節にはちょっと早いらしいけど、暖かいからか、もう収穫が始まってるんだって」
一輝先輩が、ぱあっと表情を明るくした。
「素晴らしい! つまり、トウモロコシのスイーツも仕込んであるということだな?」
「もちろんです。……それじゃ、さっそく始めようかな」
冷蔵輸送された養殖サーモンだ。まずは生でいくべきだろう。冷蔵庫にいくらがあるから、あわせて海鮮親子丼にしてもいい。そうだ、レアカツも試してみたい。
薫が腕をまくった。
「こと先輩、手伝います! サーモン扱うの初めてです!」
「うん、お願い。玲音と一輝先輩は、ちょっと待っててください」
ソファにだらりと座った玲音が、にっこりと笑った。
「楽しみにしているよ、ことか君」
●
だから――、というと、繋がりがわかりにくいけれど。
だから、僕らの関係は、継続している。
大量の食材を消費するために料理を作る僕と、大盛りの料理をファンの女の子たちに秘密で食べたい玲音と、ブランドイメージを守るためにここ以外でスイーツを食べられない一輝先輩と、オシャレ女子を目指して映え料理を勉強中の薫とが集まる、この古民家での関係は。
長ければ、来年の三月までは続くことになっている。
よろしければ、
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