第52話 王子様系女子な同級生の宣戦布告(8)
「あら素敵な宣戦布告」
叔母はやっぱり、いつも通りの調子でそう言った。
「いいわねぇ、青春で。うん、凄くいい。負けません、とかじゃなくて、奪います、なのが特に。そういうバイタリティある子が好きよ、アタシは。……それじゃ、精一杯がんばんなさい。でも、アタシを超えるのは難しいわよー? アタシ、すっごくいいオンナだから」
「ハードルが高いほど燃えるタイプですので。ご期待ください。……それでは、失礼します」
シューズの音が、去って行く。
磨りガラスの向こうの影が、ひとつになっていた。
僕はうずくまったまま、しばらく黙り込んでいた。
ややあって、扉の向こうから、
「ことか。早くスマホ渡してくんない?」
そう声をかけられた。
急に名前を呼ばれたから、びくっと震えてしまう。
恐る恐る引き戸を開けると、憮然とした顔の叔母が僕を見ていた。
「アンタさ、アタシみたいなおばさんの、どこがいいわけ? 玲音さんのほうがよっぽど誠実でいい子じゃない。一輝も将来有望でいい子だし、その二人が認めてるんだから、薫ちゃんて子も可愛くていい子なんでしょ? 比べてみなさい、このババアと」
「ババアて。二十八歳はまだ若いほうなんじゃないの? 社会的にはさ」
「十六、七のガチで若い子たちと比較されて持ち上げられる身になってみなさいって話よ。なによ今の。『アタシ、すっごくいいオンナだから』なんてさ。もう恥ずかしくて仕方ないんだけど」
まくし立ててくる。その勢いに、思わず笑ってしまう。
「……うん。でも、比較じゃなくてさ」
玲音の言葉が、耳の奥で蘇る。
比較じゃないのだ。自分にとって、魅力的な人であれば、それでいい。
玲音。一輝先輩。薫。三人の顔が浮かぶ。
まっすぐ……は、無理でも。
ちょっとだけでも前に進みたいと、素直にそう思った。
「……料理ってさ」
そんな言葉が、まず出てくる。
「違うメニューではもちろん、同じメニューでも、店や作り手次第で、大きく味が変わったりするでしょ?」
「そうだけど……何の話?」
「一流シェフの作るものは美味しいよ、そりゃ。でも、僕は――」
幼い頃、見上げた彼女は、他の何より輝いて見えた。
ううん、今も輝いている。僕の見る夜空では、誰よりも。
「――なのちゃんが、いい」
彼女はしばらく黙っていた。それから、ややあって、巨大な溜息を吐いた。たっぷり十秒くらいかけて、お腹の底からいろんな感情を呼気に乗せて、ぜんぶ吐き出した。
「……わかったわよ。要するに、アタシはアンタにとって、一番ほっとする味ってことね。まったく……」
なのちゃんは唇を曲げて、頭を掻いた。
「アンタの気持ちには応えられない。ごめん。アタシにとって、アンタはちっちゃい甥っ子だもん」
「……そっか。そうだよね」
無論、わかっていたことだ。
なのちゃんは僕を受け入れない――。
心にひびが入って、冷たい風がびゅうびゅうと吹き抜けるような、そんな痛みが胸を刺す。でも、これが始まりなんだ。
僕が王子様達から学んだことは、他にもある。
「まだまだ諦めないよ、なのちゃん」
「んもー……アンタって子はぁ……」
なのちゃんは、大きな大きな溜息を、もう一度吐いた。
「それじゃ、来年の三月までに、アタシを好きにさせてみなさい。それでダメだったら、すっぱり諦めること。それでいいわね? いいって言いなさい。……よろしい。ま、アンタが玲音ちゃん達に落とされるのが先でしょうけどね」
「それはどうだろ。それまでに、僕以外の誰かを好きになるかもしれないし」
「それをアンタが言うの……? 十年以上アタシしか見てないアンタが……?」
僕は笑った。なのちゃんも、小さく笑った。
それから、なのちゃんはスマホを受け取って、今度こそ駐車場に向かった。
黒髪の背中が町角を曲がって見えなくなるまで見送る。
――空を見上げてみる。六月の夜空には、名前も知らない星々が浮かんでいる。このあたりでも、星がはっきり見えるのは珍しい。
……唇の端が曲がって、つり上がるのが抑えられない。ざっくり九ヶ月かぁ。玲音の気持ちがよくわかる。これからの生活が、楽しみで仕方ない。
心には風が吹いているけれど、なんだか晴れやかな気持ちだった。
よろしければ、
・ブクマ
・感想
・下の☆☆☆☆☆で評価
・著者フォロー
・レビュー
・Xで読了ツイート
等々をしていただけると励みになります!




