第51話 王子様系女子な同級生の宣戦布告(7)
食後のコーヒー。叔母はミルクと砂糖を、少しだけ入れる。
他愛もない話をしながら、まったりと過ごす。
「昼はラーメン作ったのアンタ。マジ? 凄いわねぇ。でも麺は自家製じゃないのよね。そうだ、製麺機いる? いま、鋳鉄製のを二台持て余しててさぁ」
「持て余さないでよ、そんな大層なものを。二台も」
「いや、しくったのよね。知り合いがパスタ屋やるっていうから、伝手をたどってテキトーに話を繋いだら、なんかうまいこと繋がりすぎて、古い手回しの製麺機が三台も集まっちゃって。せっかくだから全部リペアしたんだけど、二台余ってさ」
「手回し式? ……それならちょっと欲しいかも」
「是非お願いします、なのかさん」
「なぜ玲音が前のめりなの……?」
とか。あるいは。
「あの本棚の本、いつも読ませてもらっていて、どれも大変面白いです。どういう基準で選んでいるんですか?」
「買ったやつ適当に放り込んでるだけよ。ああでも、学生の頃に図書室で読んだ本とか、付き合いで献本してもらった雑誌とかが多めではあるわね。実はまだ倉庫にいっぱいあるんだけど、興味あるなら持ってこようか?」
「いえ! そこまでしていただくわけには……」
「なのちゃん、倉庫も借りてるんだよね……年一で掃除に駆り出されてさ……」
「そうなの? では、次の機会には僕らもお呼びください。読書のお礼に、お手伝いしますよ」
みたいな。
玲音は持ち前のコミュ力で、叔母とすぐに打ち解けた。叔母もコミュ力の塊だしね。僕は二人の会話の間に口を挟んだり、ツッコミを入れたり……。
でも、たぶん、玲音は本当に聞きたいことを聞いていない。
リビングの真ん中に、誰も触れない話題が、透明な風船みたいに浮かんでいる。
ふと、叔母が視線を上げた。リビングの柱にかかった鳩時計を見上げている。
「もう十九時じゃない。玲音さん、泊まり?」
「泊まりなわけないでしょ」
「はい、泊まります」
「泊まらせるわけないでしょ」
隙あらば変な小ボケを入れてくる。まったくもう……。
二人はくすくす笑った。
「じゃあ、帰りは電車? 駅まで送っていこうか、アタシ車だから」
「いえ、歩きます。腹ごなしに」
「なるほど、確かにあれだけ食べたら……、ちょっと待って。あれだけ食べたのに、ほっそいお腹してるわね。若さって怖いわねぇ」
いや、玲音のは若さではなく、特異体質だと思うけどね。
ともあれ、そろそろお開きの時間だ。
玲音はベストを、叔母はジャケットを手に取って、玄関に向かう。
「それじゃ、姫宮君。また学校で」
「じゃーねー、ことか。今度は製麺機と電気ピザ窯持ってくるからよろしくー」
なんて言って、引き戸が閉まる。
去り際は、さらりとしたものだった。
色々あったけれど、充実した一日だったと思う。
これから、玲音のこと、いや、一輝先輩と薫のことも考えないといけないけれど……。叔母に――なのちゃんに、告白するつもりなんてないけれど、でも、三人のことを思うと……。
……うん。よし、食洗機回すか。現実逃避だ、現実逃避。
リビングに戻って、カウンターキッチンに向かって……、気づく。
カウンターの上に、真っ赤なケースに入ったスマホが置いてある。僕の物ではない。玲音はケースを使っていなかったはず。てことは。
このあたりは古民家の密集地で、道も狭いから、駐車場は少し離れた場所にある。今すぐ走れば間に合うはずだ。
僕は再び、玄関に向かう。
……そして、引き戸の磨りガラスの向こうに、人の影があった。
二人分。まだ帰ってなかったのか。何か話し込んでいるのだろうか。
思わず、そっと抜き足差し足で近寄って、耳を近づける。
「なのかさん。単刀直入にお聞きしますが、姫宮君のことを――ことか君のことを、どう思っているんですか」
玲音が、そう問いかけた。
いつも通りの、麗しい王子様の声ではない。どこか乾いている。ささくれて棘の立った声。
玲音は、風船を割ったのだ。僕のいないところで。
「可愛い甥っ子だけど」
「それだけですか?」
「そうねぇ……」
対する叔母の声は、まるでいつも通り。
「ま、困った子ではあるわね。幼稚園児の頃からずっと、アタシを見る目が変わらないんだもん。アタシのことが大好きー、って視線」
苦笑交じりのセリフ。
僕はゆっくりとうずくまって、胸を押さえた。
やっぱりそうだよ。僕なんか、相手にされるわけない。年の差もあるし、叔母と甥だし……、人間が違いすぎるし。
なのちゃんは傑物だ。凡人の僕とは違う。
「それは危ないですね。ことか君は魅力的な人だから、なのかさんをその気にさせてしまいかねない」
磨りガラスの向こうから、玲音のそんな声が聞こえた。
「そう? 甥っ子の評価が高くて嬉しいわね」
「はい。彼は、世界一の男の子です。……少なくとも、僕らにとっては。だから」
そこで、玲音は一拍おいた。シューズがアスファルトを踏む音。その姿が、簡単に想像できる。体を叔母に向けて、きっと大真面目な顔をしているのだろう。
正々堂々。
玲音はそういうやつだから。
「最初に謝っておきます。私が、なのかさんから世界一の男の子を奪います。あなたから、ことか君のことを奪っちゃいます。彼にとって、誰よりも、あなたよりも、魅力的な――世界一の女の子になります。ごめんなさい」
まっすぐ、戦えてしまうやつだから。
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