第50話 王子様系女子な同級生の宣戦布告(6)
僕の叔母、姫宮なのか。二十八歳。
僕は、この人よりもビジネススーツが似合わない人を知らない。
オーダーメイドのお高いスーツを着ているはずなのに、どうもちぐはぐな印象を受けてしまうのだ。
なんというか、そう……あなたに似合う服はそれじゃない、という気持ちになる。人懐っこそうな、好奇心が内側からあふれ出ている笑顔は、まるで幼稚園児のよう。それはつまり、会社で大人しく働くタイプではない、ということ。
この人に似合う服は、豊臣秀吉が着てそうな金ぴかの羽織とか、どぎつい色合いのドレスとか、あるいはいっそ宇宙服とか……、とにかく、そういう尋常じゃない服装だ。
叔母は大盛り――普通の基準で――の牛丼をかっ込みながら、隣でドカ盛りの牛丼を食べる玲音を見て、目を丸くした。
「玲音さん、たくさん食べるのねぇ。すごい!」
「ええ、まあ。僕の大食いについては、一輝から聞いていなかったんですか?」
「うん。あの子、一緒にご飯を食べている、としか言わなかったから」
玲音が、ふっと柔らかく笑った。僕も同じ気分である。一輝先輩は、話せるだけのことを話しつつ、個人の秘密を守ってくれている。
叔母ははぐはぐ口を動かして、味噌汁を一口飲み、ふはぁ……と幸せそうな息を吐いた。
「……そんなに食事とってなかったの?」
「忙しくてさぁ。今日はプロテインバーとコーヒーだけだったから。もうこれは無理だー! と思って、ことかに何か作ってもらいに来たわけ。そしたら、まさか休日に女子がいるなんてねぇ……」
「すいません、お邪魔してしまって。ご挨拶を、とは思っていたのですが……」
「いえいえ! いつでもお邪魔してちょうだい! あなたみたいな子がいてくれると嬉しいわぁ。ことかは警戒心激薄だし、一輝は見かけ倒しで中身はポンコツの文学少女だし」
一輝先輩がえらい言われようである。まあ……、そうなんだけど。
でも玲音も玲音で、王子様の姿を緩めてだらけがちなので、いちばんしっかりしているのは薫かもしれない。
「そういうことでしたら、お任せください。真面目が取り柄ですので」
真面目であることは真実なんだけれども。
玲音、立ち回りがうまいんだよな……。コミュ力があるというか。
叔母は楽しそうに笑った。
「へえ。真面目が取り柄ってことは、じゃあ、まだえっちなことしてないんだ」
「なのちゃん!?」
「はい、まだです」
「玲音!?」
二人して何言ってるの!?
「若い男子が女子連れ込んで、料理だけするって、ねぇ。逆に不健全でしょ」
「ちょっと、なのちゃん。玲音は別に彼女とかじゃないんだって……」
「彼女じゃなくたってやるときゃやるじゃない。流れよ、流れ」
おい未成年になんてこと言うんだアンタ。
叔母は味噌汁の豆腐を箸で持ち上げて、食べた。
「うーんうまい。やっぱり豆腐よね、日本人なら豆腐を食えって感じ」
「適当に喋りすぎだよ……」
「あら、元の話を続けた方がよかった?」
「僕はその方が嬉しいのですが……、姫宮君はどうかな」
「豆腐の話にしよう。ていうかご飯時なんだから、食卓に即した話をしようよ」
もう叔母と同級生の変な話は聞きたくない僕である。
玲音はくすくす笑った。
「今日も美味しいよ、姫宮君。ご飯がいくらでも食べられそうだ」
「ああ、うん。もらった牛バラのスライスだから、しっかり脂があってご飯と合うよね」
「ホント、ことかは料理うまいわよねー」
叔母が紅ショウガをたっぷり乗せた牛丼を、ひとくち頬張る。脂が多いぶん、紅ショウガとの相性もいいだろう。
「仕事柄、いろんな一流シェフの、とんでもなくうまい料理をたらふく食ってきたけどさ。疲れたときは、アンタの作る家庭料理が無性に食べたくなるのよ。なんでかしらね。一番ほっとする味っていうか」
……この人はこう、なんというか。
ずけずけと物を言うタイプなのだけれど、それが嫌味じゃないというか……、嬉しいことを言ってくれる人だ。
身内のひいき目か、惚れた弱みかもしれないけどさ。
「……そりゃそうだよ。使ってる醤油も味噌も、ぜんぶおばあちゃんが使ってたのと同じやつなんだからさ。子供の頃から食べ馴染んでるんでしょ」
「でも母さんの――アンタのおばあちゃんの料理より好きよ?」
「それは……、なんでだろ。わかんないや」
顔が熱い。ふと、玲音がジト目で僕を見ていることに気づく。圧……。
誤魔化すように、牛丼を食べる。トッピングした卵黄が、牛丼の甘辛い味とあわさり、まろやかに、けれど濃厚に、ご飯と絡み合う。
うん、うまい。シンプルに。
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