第49話 王子様系女子な同級生の宣戦布告(5)
晩ご飯まで、僕らはだらだら過ごした。
普段通りがいいというオーダーだったし、僕もちょうど『パンどろぼうのせかいいちおいしいパンレシピ』を読みかけだった。『パンどろぼう』そのものはないのにレシピ本だけはあるんだよな。謎の本棚である。
実は、前からパン作りに興味があったのだ。せっかく大きなキッチンカウンターもあることだし……。
ゆっくりと時間が流れていく。
お互い、たまにぽつぽつと話すだけの、穏やかな空間。
気づくと、もう十七時を過ぎていた。
玲音は小説を二冊読み終わり、僕は三冊のレシピ本に付箋を貼りまくっていた。
「晩ご飯にしよっか」
「うん。読書って意外とお腹が減るよね。何故だろう」
それは玲音だけじゃなかろうか……。いや、実は脳みそってめちゃくちゃカロリー使うんだっけ。
「メニューは何かな?」
「牛丼と味噌汁。お昼は凝ったものだったから、夜はシンプルにしようかなって」
「ほほう! 嬉しいね、麺類の次は丼物とは」
嬉しそうにカウンターにやってくる。
とはいえ、これからの調理に面白いところはない。
うちの牛丼は非常にシンプルだからね。
くし切りにしたタマネギを、醤油、酒、みりん、砂糖、おろし生姜、水をあわせた調味液で煮て、牛バラ肉をほぐしながら投入して火を入れるだけ。だし汁や隠し味は一切入れない。
いつもと違うところがあるとすれば、タマネギは三つ、牛バラ肉は一キロ使っているところかな。僕一人なら半分でも余らせるからね。
玲音は楽しそうに僕を眺めている。
何がそんなに……、あ。
昼のことを、ふっと思い出して、顔が熱くなる。
玲音がにまにま笑った。
「んふふ。ふとした瞬間に効いてくるでしょ? 意識しちゃうよね?」
「……もう」
顔を手のひらであおいで冷ます。
次は味噌汁だ。こちらもシンプルなレシピ。
和風だしパックと合わせ味噌で作る。具材は乾燥わかめと豆腐。母がよく作る組み合わせである。
牛丼と味噌汁、二つあわせて三十分もかからず出来上がった。
あとは配膳して――というところで、想定外のことが起きた。
がちゃん、と玄関から音がしたのである。
鍵の開く音だ。……つまり、この家の鍵を持っている人が、やってきたのだ。
続いて、がらがらと引き戸の開く音。
「姫宮君、誰か来たようだけれど」
玲音が言う。
鍵を持っている人は、三人。父、母、叔母だ。そのうちの誰かというと……、どたばたした足音で、すぐにわかった。
僕が玲音に返事するよりも前に、リビングにずかずかとその人が入り込んできた。……いや、入り込んできた、という言い方は失礼極まりない。だって、この人こそが、この古民家の真の持ち主なのだから。
「やっほやっほー! ことか、いるわよね? なんか女子の靴あったけど彼女連れ込んでたりするー? まー、ないか。アンタだもんね。てことはついに女装に目覚めたか、この優男め。それよりなんかいい匂いするけどなにこれ牛丼? 美味しそう! アタシのぶんもあるわよね!? さっそくいただきます――って、わお!」
黒い長髪に、赤いフレームの眼鏡。くりくりした大きな瞳。
彼女はどんどん言葉をまくし立てながらキッチンカウンターまでやって来て、鍋の中身を覗き込み、それからようやく玲音に気づいた。
「本当に女の子いるじゃないの。しかもイケメン」
対する玲音は、瞬時に外行きの王子様スマイルを作り上げて、しっかりと一礼した。
「はじめまして! 僕は白鷺玲音と言います。あなたは――、もしかして、姫宮なのかさんですか?」
「あら、ご丁寧にどうも。そうよ、姫宮なのかです。白鷺玲音ちゃん……ああ! 一輝の言ってた子ね! 噂通りイケメンねぇ、一輝が夜っぽいならあなたは昼っぽいわね。どう? モデルやんない?」
「それはごめんなさい。これまでに、いくつか仕事を請けたのですが、モデルは性に合わなくて」
「えー勿体ない。でもそうねぇ、舞台俳優とかのほうが向いてるかもねぇ。まあ気が向いたら連絡して、はいこれ名刺。一輝経由で連絡くれてもいいわよ。あ、ことか、アタシ牛丼大盛りね! あー疲れた」
相変わらずよく回る舌だ。
でも、キッチンカウンターに座ろうとしている叔母に、ひとまず言わなければならないことがある。
「なのちゃん、その前に手を洗ってきてくれる……?」
「おっと。ごめんごめん」
そそくさと洗面所に向かった。
はあ、と嘆息する。まさか、今日いきなり来るなんて……。
玲音が目を細めて僕を見た。
「彼女がそうなのか。ふぅん、へぇ」
「なんだよー……」
「いや? 別に? ただ、押しに弱いんだろうなと思っていた姫宮君の思い人が、まさに押しの強いタイプの女性だったから、面白いと思っただけ」
「面白いと思うなら笑ったらどう……?」
「笑いはしないよ。それは君に失礼だし、なにより……それ以上に、胸の中で嫉妬の炎がめらめらと燃え上がっているからね。ことかに、なのちゃんかぁ……。羨ましいなぁ」
しまった。つい、普段通りの呼び方をしてしまった。
「いや、その、いやね? 子供の頃から、それこそ幼稚園の頃から、ずっとそう呼んでるからね? 今更変えられなくって、ね……?」
玲音のじりじりした圧に冷や汗を掻いていると、叔母が戻ってきた。
「やあやあ、おまたおまた。じゃ、牛丼大盛りよろしく! 紅ショウガと生卵も忘れないでね!」
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